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河田弘道の見解:日本版NCAAに付いての報道 2017年5月10日

河田弘道の見解:日本版NCAAに付いての報道 2017510

 

     私は、長年米国大学に於いて競技スポーツ(フットボール、バスケットボール、野球、バレーボール、体操競技、等々)のスポーツアドミニストレーターとして、NCAA(全米大学競技スポーツ協会)に大学代表の1人としても関わって参りました。

  この所、急にマスメデイアを通じて「日本版NCAA」の必要性についての話題を提供されているかに聞き及んでおります。小生は、当時(1977年)文部省体育局長の主催で日本体育学会会長、体育協会競技力向上委員会、大学スポーツ関係者を交えた講演会に招かれた当時より既に今日まで、我が国にはNCAAのような統括組織団体、スポーツアドミニストレーションによる人材の指導、育成、各大学には、アスレテイックデパートメントの必要性を唱え続けて参っています。また、近年に於いて2008年には、日本体育大学の招きにより講演会で上記内容を強く提言、進言して参って来ております(ネットサイトで紹介済み)。

   本件は、本質的な部分を先ず熟考しなければ、唯単に大学競技スポーツを「お金を稼ぐ道具」としてしか目が向いていないのでは、大義を見失った大変貧弱なコンセプトであると思います。これは、多分長年我が国に於いて、NCAANational Collegiate Athletic Association)を「全米大学体育協会」と誤った理解と認識、誤訳もさることながら、スポーツアドミニストレーションの貧困がこの根底にあると確信致しています。当時、小職がNCAAの会議で、我が国(日本)では、NCAAの名称を全米大学体育協会National Collegiate Physical Education Association)とスポーツマスメデイアは公称として使用していますが、どうしますか。と議題にした事が昨日の様に思い出されます。

    日本がまだ明治時代(1900年ごろ)、日本の大学に於いては、体育の余暇活動、そして課外活動として始まったころに、米国に於いては、既にNCAA(全米大学対抗競技協会が1905年)が設立されていて、既に800校が加盟して運営、管理が行われていたのです。現在は、NCAAのルールブックの下に全米1275校の大学が加盟しているのです。このような歴史からも、NCAAは、お金を稼ぐことがその趣旨、目的として設立されたわけではありません。

    私は、長年、NCAAの各カンファレンス(日本のリーグとは実質異なる)、NCAAに於いて大学の代表、管理者として業務を遂行して参りました経験者として、日本版NCAAの発想を思考されている方々に一言申し上げます。

    現在の我が国の本件を推進しようとされている方々は、将来の日本のスポーツ及び、大学競技スポーツを見据えた大義が必要だと思います。その大義が、2020東京オリンピックパラリンピック後の新たな利権と金儲けであるならば、この度世界の笑いものになったオリンピック招致活動、その関係者と同じ轍を踏むことになり、やがて組織として機能しなくなり、既存の国内のスポーツ関連組織、団体同様なクリーンなイメージの構築と継続が難しくなると思われます。

 

   大学競技スポーツは、本来大学教育の一環であり、その延長線上に位置するものです。大学競技スポーツのアドミニストレーションの基軸は、何なのかを先ず学び、理解した上で本論を議論して頂きたく願う次第であります。

    多分、米国大学競技スポーツ、NCAAに米国大学の責任者の一人として関わった人間は、日本国内において小生が先駆的でないかと思います。日本の大学競技スポーツの発展の為、微力ですがお役に立てるならご遠慮なくお声をおかけくだされば、何かお役に立てるかと思います。

                               文責:河田弘道