河田弘道の独り言:東京五輪マラソン代表選考にある「大人の事情」とは~

第二話:栄枯盛衰

    高校、大学を卒業後、大多数の優秀な選手達は、企業に就職し、陸上部に所属して実業団連盟、そして陸連に選手登録をしているのです。そして選手、指導者は、企業から給与として生活の糧を得ています(注:外国人選手は、契約、日本人選手も近年は契約あり)。

世界記録を持った外国人選手だけでは、テレビ視聴率は改善、向上しないのです。そこで国内大会主催者、後援者、協賛関係者は、日本人の商品価値の高い選手達と個々に交渉を行い、成立すると陸連関係者を通して許認可を得て主催者発表となります。

  マラソン選手達は、通常年間2ないし3レースが常識となっていますので、選手数と大会の数との間の需要と供給のバランスが図れない(海外のメジャーレースからのリクルートもあり)ので特別招待選手の奪い合いが見えないところで展開されているのです。また、このような国内外の状況から優秀で商品価値の高い選手への交渉は、ネゴシエーション力(交渉力)が必要で、アピアランスフィー(出場、出演料)、インセンテイブボーナス(成功報酬=世界記録、大会記録、自己新、順位、等により報酬が約束されている)の中身も高騰するわけです。しかし、これら高額の金額明細に付いては、決して発表されないので、提供する側、受領する側の税務処理が気がかりです。これは、日本のプロ野球界のFA選手(自由契約権を取得した商品価値の高い選手)が他球団と移籍交渉する時の条件交渉によく似ています。

 その他、日本国内に於いては、伝統的に選手のみならず、その指導者への「おもてなし」も重要かつ決定的な要素の一つでもあります。また、選手の所属企業は、これらの交渉事に関しては殆ど暗黙の了解事項となっています。

 このような事が1980年代前半から既に行われていながらマスメデイアが事実の報道をできないのは、個々の大会が新聞社及びその系列のスポーツ紙各社、テレビ局各社が自らマラソン大会を主催、後援、等、運営に関わっているのでお互いに批判はしないという不文律が働いてきた伝統が此処にあるのです。

 近年は、この伝統的な構造とその仕組みが大きく崩れて行っている状況が今日の日本マラソン界の現実です。その最大の根源は、日本人男女マラソン選手が世界のレースで勝てなくなった事、通用しなくなった事、それに伴い国内に於いても選手の商品価値が極度に低下した事により、テレビ視聴率の低下と共に、協賛スポンサー、テレビスポンサーが高額な投資をしなくなったことなのです。よって、選手達の争奪戦は、競争力の低下と共に、主催者である陸連への実入り(寄付行為)、新聞社事業部への甘味も以前のそれとは異なる状況と環境になってきたと考えられます。

 このような事情から、嘗てのエリートマラソン大会は、今や存続の危機とまで言われており、今日の東京マラソン(嘗ての東京国際マラソン)のように高額の参加料を徴収する市民マラソンスタイルに移行する動きが加速しているのも事実です。

  日本陸連は、このような環境と状況変化の中で、選考レース改変に着手した要因は各大会関係者、組織・団体側からの圧力が弱くなった証であろうと思われます。 私は、この度マスメデイアを通じて発表された、陸連側が述べた「大人の事情」たる所以は此処にあると思います。しかし、この「大人の事情」を玉虫色にしたままでは、本件について視聴者、読者には理解できず、“今迄の騒動は、一体何だったのか”と再び疑念を抱くのでないでしょうか。本BLOGを読まれた読者の皆さんは、問題の本質をご理解頂けたのでないでしょうか。 他の国内競技スポーツ、大会に於ける類似した問題は、やはりこのような日本独特な構造的な問題が基盤となっていると言えます。

  我が国のスポーツアドミニストレーション及びスポーツ報道には、「JusticeFairness」をコンセプトとした問題の提起、情報公開がされて来なかった為に何時まで経っても物事の本質が灰色、或は黒の状態で時代と時間の経過と共に闇に消されて行くようです。スポーツは、フェアープレーの精神でなければと声高に話される方をマスメデイアを通してよく見かけます。そのような方々は、よく観察していますとグレーゾーンが、特にお好きな方々の代表者の様に感じてなりません。皆さんもよく観察されては、如何でしょうか。

  このような構造的な問題は、2020年開催予定の東京オリンピックパラリンピックを機会に、スポーツアドミニストレーションの根幹をなすべき「正義と公平・公正」を基軸にした万民の理解と協力が得られるクリーンでリスペクトされる新しい日本スポーツ界に改善、変革されるべきでしょう。

  我が国は、先ずこのような現実的な問題から改善、改革し、先進国の中でレベルの低いと揶揄されています、スポーツアドミニストレーションの向上と強化に取り組んで行かなければなりません。その為には、関係者自らの身辺を清潔に致すことから初めて頂く事が先ず第一歩です。また先進国の模倣だけでは、中身の資質の改善と改革に至らない事を忘れてはならないと思います。

  私は、機会があり、読者の皆様からご要望がありましたら、日本の大学競技スポーツの現実と現状をスポーツアドミニストレーションの視点からご紹介致したいと考えています。そしてその一つ大学箱根駅伝の実態も覗いてみましょう。大学箱根駅伝は、はたして大学教育の一環、延長線上なのでしょうか。日本の大学競技スポーツの実態をどうか驚かないで下さい。これもまた、大人のマラソン利権と並走してきた利権の巣窟なのかも知れません?我が国の大学の経営者、管理者、指導者の教育的な価値観は?大変興味深いです。 

                               文責:河田弘道