NO.12 河田弘道の限られた体験より:日本の大学の経営者と管理者

NO.12 河田弘道の限られた体験より:日本の大学の経営者と管理者

                                      Ⅱ:私立大学の経営基盤と情報公開の必要性

 

1.収入源と許認可問題:

     日本の私立大学は、何を収入源として大学経営を行っているのでしょうか。読者の皆さんは、こんな疑問を持ったことがありますか。

    私立大学の経営基盤は、学生達からの①受験料(現在一校一人当たり35,000円)、②入学金、③授業料、④文部科学省(略:文科省)からの私学助成金(国民の税金から)、⑤各種寄付金が主たる収入源となっています。このような事から、私学に於いては、受験生、受講生を増やす事により増収するのです。その為か、ある時期から大学が全国にやたらと増設され、今や大学の数が飽和状態になって需要と供給のバランスが取れない事態に至っています。にもかかわらず、今日では、中小規模の大学は、学部、学科を強引な手法により増やす大学が見受けられますが、許認可を出す文科省は、どのような基準で許認可を出されるのでしょうか。

    このような許認可問題は、今日社会問題として白日の下に曝されています。これらは、起きるべくして起き、そこに起因する関係者の利害と利権が潜んでいるように思えてなりません。此処では、森友、加計学園を話題にするつもりはありません。

     認可を与えた文科省は、各大学法人に「後は全て任せます」ではなく、「各大学が認可に基づいた約束事を遵守しているか否か」をチェックする独立機関を設置し、厳しく指導、管理するべきです。これは、監督官省庁としての許認可責任が問われてしかるべきだと思います。これを行わない限り、日本の大学は、資質の低下に歯止めがかからないと思います。

    これらの構造的な問題は、文科省スポーツ庁が起点となり改善、改革しない限り、いつまで経ってもアンフェアーでグレーな利権と利害が教育界、スポーツ界に蔓延し、良くならないのが我が国のアドミニストレーションのレベルを物語っていると思われます。

 

2文科省の大学助成金

     このような今日の現状に於いても今なお、大学は、どんどん学部、学科増設の申請を毎年されて、認可を受けている特定の大学が大変多い事をご存知ですか。何故このような事が罷り通るのでしょうか。これらの経営者は、大学という公的な看板の下で実は学生達を集金マシーン化しているのでないかと思われる大学が目立ち始める昨今のように思えてなりません。

      文科省の不明瞭な私学助成金制度は、もっとわかりやすく国民、社会に情報公開がなされるべきです。特に本助成金は、各大学にどのようなプロセスと規約により配分されているのか、また学生の為にどのように各大学で有効に活用されているのかの開示が必要であります。何故、本件に付いて誰もが話題にされて来なかったのでしょうか。

     文科省は、本制度以外にも事業として文科省独自の課題、テーマを大学側に提供、告知されています。最終的に事業実施の許認可を受けた大学は、本事業課題を遂行する指定校に任ぜられます。問題は、この審査過程の情報を公開しないので最後までアンフェアーなグレーゾーンの中での審査と受け止められかねないのです。指定を受けた大学は、文科省と数年間の契約で事業課題、テーマを学内外で遂行する為の新たな補助金(数億円単位以上)を受けるのです。しかし、この金の流れが本当に指定大学で有効活用されているかと申し上げますと非常に疑問に思える体験を私も致しました。

 

3.情報公開の必要性:

     今日起きております少子化問題により、今後ますます私学の経営は、死活問題となって来ていると申して過言でありません。このような状況から、大学経営者は、補助金(国民の税金)を得るための秘策、施策を巡らすことから、どのような助成金であれ、公金を拠出する側も受ける側も情報を公開する義務があります。これは、その金の流れと使途が明らかになることで不正抑止になる事は間違いありません。本公金は、学生達の教育の為の助成が本来の目的なのです。本当に学生、教員がその恩恵にあずかっているか、その証を公開して欲しいと願います。しかしながら、このような教育利権にまで、政治家の名前が学園内に漏れ聞こえてくるのが不思議な現実です。

 

4.教育の独自性による資質の低下:

     学生数が6000人前後の私学では、あらゆる経費削減の狙いから、大学の資質に影響を及ぼす事態が既に起きています。資質の問題では、教員数を減らす事に手を付けるが為に、各学部共通の履修科目を増やし、一クラスに履修学生を詰め込む方式へと転換しています。また、ゼミに於いては、選択制を採用し、ゼミのコマ数を減らし、少人数のゼミは、レベルの異なるゼミまで統合して1担当教員が同クラス、同時間に複数学年の面倒を見るという大学も出始めております。

    また、16年度より日本の伝統的な大学生、教員のステイタスでもあった卒業論文(別名:卒論、内容は別として)は、今や必修から選択科目となり、これにより殆どの学生達は、論文を選択しないという方向に急速に今後進むと思われます。

    何故文科省は、長年大学生に対しての卒業論文を義務付けて来たのでしょうか。今日もなお大部分の大学では、卒業論文を必修としていると思われます。文科省は、独自性を尊重する事からこれらの判断を各大学法人に任せているのかも知りません。これもまた、文科省、大学の告知、説明無きアドミニストレーションなのです。論文選択科目は、やがて全国の大学に拡散するのは時間の問題だと思われます。

    これにより、専任教員のコマ数が減少、教員の負担の軽減にはなると思われますが、経営者側は、専任教員のコマ数を減少する事で、人員の削減、強いては経費削減に大きく前進する事になります。これにより、大学では、教員本来の個々の学生達に提供すべき指導内容、及び個人指導が行き届かくなる事も重要な問題です。

 

     此処で米国の例をご参考までにお伝え致しますと、米国の大学は、伝統的に「卒業論文」なる物を求めていません。現在の米国大学約1275校の内、5校が卒業論文らしきもの(Graduation Thesis or Report)を提出させているという報告はあります。本件に関する米国大学の平均的な意見は、「大学生は、必要でない。意味を成さない」が伝統的な見解のようです。当時私は、米国の大学に勤務しておりました時に、「学部生(Undergraduate Student)の卒業学年には卒論を書かせないのですか」と学部長に訊ねた事が昨日のように思い出されます。学部長に「日本では、全大学で必修です」と申し上げると、学部長は、「何を書くのですか」と逆に聴かれた事が大変強い印象として記憶にあります。また、米国の大学学部に於けるゼミは、見かけません。逆に米国の大学に河田ゼミを紹介致したところ、これは、我々の大学にも必要で魅力的だと褒められました。

 

5.大学選びのキーコンセプト:

     これから大学進学を希望される皆さん及び父母諸氏は、お子さんの将来を左右する大学選びは事前調査が大事であり、不可欠です。本BLOGでは、皆さんが大学を選ぶに当たっての大学の経営者側と大学管理者側の現状と問題、そして文科省からの助成金補助金に関する現状をも加味させて頂きました。しかし、皆さんの授業料は、大学経営、運営の屋台骨を支えます重要な資金源である事に違いありません。

    その経営と管理の現実と現場には、大変大きな格差が各大学により起きている事を理解した上で、ご判断をされた方が賢明です。もちろん、出口であります就職先は、最大の興味とゴールの一つであります。日本社会は、まだまだ個人の能力、資質のみで採用を判断する企業ばかりとは限らない事を心の何処かにお受け留めおき下さい。その為にも、大学に進学する前に将来の出口迄のプランニング(準備)を怠らない事が大学選びに於いても大切だと思います。皆さんは、今から事前に目指している大学の資質と指導者を精査し、高額な授業料に見合う大学を選択する事をお勧め致します。

BLOGが、皆さんに取りまして大学選びの、お役に立てば幸いです。

                               文責:河田弘道