K'sファイルNO.75:日本独自の会社・企業スポーツと文化 無断転載禁止

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注:この程は、企業スポーツに付きまして、第一弾から第三弾迄述べさせていただきました。読者の皆様には、日常スポーツ競技には興味と目が向けられても、企業スポーツにまで目を向けたり、興味を持ったりする機会が無かったのではないでしょうか。此れを機会に企業スポーツの存在が在って、今日まで競技選手が生活の糧と環境を与えられている事を認識して下されば幸いです。

第三弾 まとめ編:企業スポーツに変革・存続を期待

1.企業スポーツの特徴

①企業スポーツの最大の特徴は、自ら収益を求めない。

②企業の収益で運営・管理がなされている。

③近年は、会社・企業の競技スポーツの存在意義、目的が不透明。

④企業スポーツには、本来プロ選手の職種は、存在しない。

⑤企業スポーツの管理・管轄は、厚労省である。

読者の皆さんが企業スポーツに接するとき、伝統あるテイーム(生産を主体とした会社、企業)と新興テイーム(主にサービスを主体とした会社、企業)がある事に気付かれるのではないでしょうか。嘗て、バブル経済の時代には、金融機関が男女駅伝テイームを一同に創設し、バブル崩壊後全ての銀行テイームが廃部と化した事もありましたが、これらは代表的な新興テイームの極端な例でした。

伝統あるテイームとは、設立の古さによるケースと、歴史に戦歴が加味され評されるテイームに総称されます。新興テイームとは、設立が遅く、戦歴も浅いテイームで、一般的に選手、テイームを会社、企業の宣伝広告塔にするという趣旨、目的で創設されたケースが多いと思われます。

戦力強化においても伝統あるテイームは、長年構築された財産のあらゆる蓄積により選手供給のネットワークが網羅されており、そこには長年の人間関係と投資が重要な財産の一つになっています。

2.企業スポーツの変革を怠った時期と状況

このような状況をさらに加速させたのが、84年のロスオリンピック開催に伴う商業主義スポーツです。即ち、冠大会といわれるスポンサー付き競技大会が開催されるようになり、参加者、選手には参加報酬の権利が認められたのです。

この国際化の波を日本国内に入れまいと防御したのがJOC以下各競技団体であったのです。その為に選手には参加報酬を認めない(しかし、商品価値のある選手は、テレビ局、広告代理店、大会スポンサー、等から裏金として授受していたが、関係団体はその事実と実体を黙認)、個人の肖像権も認めず2005年まで選手個人の人権、利権を独占して来たのが現実でした。このような閉鎖的な国内の競技団体の対応及び体質が企業スポーツのギアのシフトチェンジを遅らせた要因の一つでもあると思います。このような閉鎖的な体質を持つ各競技団体に於いては、今日社会問題とされる暴力、ハラスメント、等の問題が改善、止められない要因が此処に根強く存在するのです。

日本の企業スポーツは、競技スポーツの組織・団体の運営・管理下のもとに、5060年代は戦後復興の土台として、7080年代は企業のイメージアップ、そして90年代から、今日に至るまで日本スポーツの底辺を脈々と支えてきたのです。しかし、90年代に入り経済的な破綻をきっかけに各企業のスポーツに対するコンセプトが今までの組織構造とシステムに合致しないことが一気に露呈してしまいました。

3.経営状態に左右される企業スポーツは存続か廃部か

会社、企業テイームも親会社、関係会社の経営状態によりテイームの維持が困難となり活動を停止せざるを得なくなったテイームや、社内の動向により縮小を余儀なくされたテイームと様々なケースが廃部の大きな要因となっています。

企業スポーツは、会社の経営状態により大きなしわ寄せを一番受ける活動部署であり、次に広告宣伝部署に予算の粛清が来るのです。そして、その最大の社内に於ける要因には、労働組合の存在です。会社の経営状態の悪化に伴い、経営者は、先ず会社、企業の人件費の粛清に手を付ける事から、労働組合側は、社員の首切りを始める前に社にとって営業利益を生まない競技スポーツ部門の存在の意義を問う形で経営者に対し攻撃を加えるのです。

会社の業績状況をもろに受けるということが、企業スポーツの弱点であると申し上げても過言でありません。もちろん、労働組合は、日々企業スポーツを支援、応援して下さっている社内の大きな組織の一つでもあります。しかし、事がここに及んでは、背に腹はかえられないのも事実です。

今日では、日本を代表する電機メーカー最大手の一つの東芝が経営の問題からつい先日、伝統ある野球テイーム、ラグビーテイームの撤退を余儀なくされるとの報道がなされました。これも会社の営業業績、経営の煽りをもろに受ける日本企業スポーツの実態と特徴なのです。本件に付きまして後日東芝は、「野球、ラグビーの撤退は、現在考えていない。2019年度以降は、会社の今後の経営状況によりどうなるか未定」とのコメントを出された次第です。(2018112日現在)

4.企業スポーツとそのあるべき姿

会社、企業は、失われた企業スポーツの理念とコンセプトを明確にする事が大切であると思われます。その意味において企業は、独自のマニフェストを告知し自らの位置付けを明確にする事が重要であるのではないかと思います。

元来企業スポーツは、セミプロと言われて来ていますが、今日外国人選手は完全なプロ契約であり、日本人選手の殆どはプロと称して間違いないと筆者は理解しています。

尚、此処で補足させて頂きます。嘗て外国に於きましては、ステートアマチュア(ステートアマ)と呼ばれる選手達が居ました事をご記憶されていますでしょうか。この選手達は、主に社会主義国に於いて、国家が援助・養成しているアマチュア・スポーツ選手の総称でありました。当時、国際オリンピック委員会IOC)は、これらの選手達をアマチュアとして承認していた事も此所に紹介させて頂きます。

企業スポーツは、伝統的に企業の収益に一喜一憂しなければならない現状から企業スポーツ関係者自らも改革の必要性がますます問われていると思います。

1990年代初期のバブル経済崩壊によって起きました企業スポーツの休部、廃部による衰退、さらに2008年半ばに発生した米国サブプライムローンに端を発した世界経済の危機に伴う日本企業存続の危機は、企業スポーツに対して更なる大きなダメージを与えることとなりました。このように繰り返される企業スポーツの虚弱な体質を今後存続させるためには、体質を改善、改革し現実にあった将来性のあるコンセプトに沿った構造改革をする事が急務であることを申し上げます。

5.企業スポーツの変革に準備は必要不可欠

企業スポーツは、今後地域社会への還元を含めた活動と、それに伴う収益を得るためのスポーツビジネスに事業転換する必要性が急務であります。

所属企業をメインスポンサーとして位置付け、企業の営業利益の増減に関係なく独立した組織として運営・管理する能力を兼ね備える方向への構造改革が先ず望まれます。

複数の企業をスポンサーとして地域社会に根ざした経営、運営、管理を目指し、独立した方向が望ましいと思います。その為にも、企業スポーツに関わる全会社、企業は、競技スポーツを一大統合して共存共栄をコンセプトとした企業スポーツの新組織・団体を構築する事を勧めます。

此処で必要なのは、国がスポーツ立国を宣言する以上これら企業スポーツでの選手、指導者の受け皿をもっと強固且つ長期ビジョンに立った目線で現実的な政策、施策に着手する事がより重要であります。

現在の企業スポーツは、今後生きて行く為の手段として現在の無収益コンセプトから収益コンセプトにギアのシフトをチェンジしなければなりません。収益コンセプトを確立する為の最大の要因は、企業スポーツ及び選手の商品価値を向上する事です。と同時に「観るスポーツ」に対する重要性と必要性を次世代の為にも、家庭及び教育機関に於いて専門的な位置付けをし、育成、指導する事がこれから非常に大切なプログラムであると思います。

しかし、残念ながら企業には、事業転換に必要な人材、即ち専門のスポーツ・アドミニストレイターが居ない為、スポーツビジネス、マネージメント、マーケテイング、等の事業に必要な各専門部門、部署の人材の養成、育成が出来ないのが最大の問題と思います。

今日まで、企業スポーツにかかわる選手、スタッフ、関係者達は、言わば親方日の丸的な金は会社が出してくれる、金を使うのが我々の仕事である的な発想で生活を何十年も継承して来たわけですから、そういう人達をこれからどうトレーニングし、事業転換を図るかが最大の壁であろうかと思われます。

6.競技スポーツの運営・管理に二つのルール

我が国の伝統的な競技スポーツ関係者達は、競技スポーツのルールたるが何かを理解されているのでしょうか。

本来競技スポーツに於けるルールは、大きく区別すると二種類あります。

その一つが競技を成立させるためのルールでありそして、もう一つが競技以外の運営・管理上の約束事の規約、規則(略:ルール)です。そしてこのルールには、罰則が含まれ、明文化されているのがグローバル世界での常識です。我が国の競技スポーツ界には、残念ながらこの後者の構造とシステムがリスペクトされず軽視され、明文化されずグレーゾーン化されているのです。

競技スポーツは、厳しいルールがあって初めて競技がフェアーに運営・管理されます。よって、ルールがない競技スポーツは、競技として認められないし競技そのものが成立しないのはご承知の通りです。

ここで忘れてならないのは、競技スポーツは競技中にのみあるのでなく競技を行う以前に既にルールが存在することです。競技者、指導者、管理者のみならず、関係者、観客にもルールがあり適用されることにより競技及びその経営、運営、管理が成り立つ事を忘れてならないのです。

組織をあずかる運営、管理者(各競技種目のスポーツ・アドミニストレーター達)の環境の中で常にテイームを強化する立場の運営、管理者は、先ず戦力の強化を図らなければ勝利には近づけないのです。その為にも、各競技スポーツを預かる全ての関係者は、規約、規則、及び罰則をまとめたルールブックを作成し、そのルールに沿った経営、運営、管理を共通の認識として遵守する事が、スポーツ・アドミニストレーションの根幹なのです。ルールブックは、競技スポーツに於けるトータルバイブルなのです。

7.時代の流れに伴い選手の評価と価値が移行

このような状況下で東京オリンピック後(1964年)、ロスオリンピック(1984年)までとその後今日までとでは、競技者、指導者、管理者達の動向、評価、価値が選手獲得の面においても大きな変革を余儀なくされて来たのです。

何故なら資本主義の論理から最終的に選手は、大きな商品価値があったという事です。

その中でも74年に国際オリンピック委員会(略:IOC)の「オリンピック憲章」からアマチュアの定義が削除されて以降は、その傾向が大変強くなり、80年代、90年代と姿を変えてこの問題(プロ選手出場許可、大会、選手は、スポーツビジネスとしての商品価値を認められた)が肥大化した為に、企業スポーツの運営・管理、等に大きな影と負担になり、いまやこの負担を背負いきれないテイーム、企業は勝利から見放され、やがて廃部、休部、等に追い込まれる環境と現状を生んでいるのも企業スポーツ衰退の要因の一つであります。

8.日本選手の価値基準は野球選手か

70年代のこの分野で大変価値のある選手は、野球選手でした。そのほかのスポーツ選手は、まだ就職活動が大変優位になるという程度でした。また、その選手の周辺の関係者にとっては何か儀礼的な品が動く程度であったことを記憶しております。

しかし、この時代の野球界は、甲子園組の選手の獲得をプロ球団、大学と実業団(企業テイーム)が争い、その実情は21世紀になった今日も同じです。特に甲子園組、大学での有名選手の殆どがその所属高校、大学の監督、或いはその経営者、指導者、卒業生、支援者、時には両親が窓口になり実業団への就職に関与。プロへの就職と称しては、後見人、お世話人(現代の代理人的存在)が選手との間に常に立ちはだかるのは、この業界にいた人間なら大なり小なり経験された事と思われます。その第三者は、選手を商品と見做し、選手と家族のためならず、自らの利益と利権のためにモラルを逸脱した目に余る言動、行動を取る事も少なくありません。近年この悪しき慣習は、他の競技スポーツ、選手達にも悪影響が蔓延している次第です。

今日においても、同様であり、いや当時より一層陰湿且つ巧妙な手口で取引されている事も事実であります。

このような野球界の市場を他競技団体の指導者、管理者の多くは目に耳にしているのも事実です。また競技スポーツの関係者達は、この悪しき野球界の慣習・習慣をまね、企業スポーツの選手獲得競争の激化に伴い個人的な権益の拡大に動く現実も見逃してならないと思います。

この状況下での競技団体のルールは、一体どのように作用作動しているのか。また、これに伴う違反者に対する罰則規定は、何故明文化されないのか、これらも我が国の社会の構造的な問題であると思うのは筆者だけでしょうか。これが日本の競技スポーツの改革改善が今日なお進まない大きな障壁であることを忘れてはならないと思いす。

9.大学競技スポーツへの変革と充実が急務

発想を転換するならば、これからのスポーツビジネス、マネージメントを得意とする、情熱を持ち学んでいる若い世代こそ今が企業スポーツの転換を図る大きな戦力となりうる可能性を秘めているのも事実です。

大学での専門教育を受けている専攻学生達は、これからは実践に則した授業、演習体系をプログラミングでき、実践指導が出来る教員、指導者がいる大学を選びそこで学ぶ事を勧めます。

その為には、先ず日本の大学にその分野、部門に於ける社会での実践キャリアのある人材を教員、指導者として採用する必要があります。その分野に於いて社会での実践キャリアの無い指導者では、興味と情熱のある若者達に実践演習活動を体験させることが非常に難しいかと思われます。大学運営、管理者は、スポーツ及び競技スポーツに於ける各種スポーツ・アドミニストレーションを先ず学科としてスタートして、根付かせる為にも実践キャリアのあるエキスパート達を雇用する事も今後一考の価値ありと思います。

現在の大学に於いて本分野を指導、教育されている方々を批判している意味ではありませんので悪しからず。これは、筆者が日本の大学に於きまして、約10年間スポーツ・アドミニストレーションの講義授業、及び実践ゼミ演習を経験させて頂き、学生達から得た貴重な実践経験に対する評価・価値を読者の皆様にセアーさせて頂いている次第です。

机上の情報、知識のみでは、若者達の個々の能力を導きだすのは難しい時代になって来ているのではないでしょうか。この新しい実践能力のある人材は、企業スポーツの転換を図る大きな戦力と成りうる人材とチャンスであることも付け加えさせて頂きます。

このような現実が長年日本の大学競技スポーツをも陰で支えてきた企業スポーツであったので、昨今の大学競技スポーツにも大きく影を落としてしまったと思われます。そのことに早く気づき大学競技スポーツの根本的な組織構造とシステムの改善、改革が求められているのです。

筆者からの提案

企業スポーツがこれ以上改善、改革されないのであるならば此処に新たなスポーツ・アドミニストレーションを提案いたします

その骨子は、大学競技スポーツの改革を先ず変革(Change)できるかどうかが重要なポイントになります。

JOCNGBは、今日まで多大な負担を企業スポーツに強いて来たことを改める事です。オリンピック大会、世界選手権の代表選手は、基本的に日本オリンピック委員会JOC)及び各競技団体(NGB)は、各競技種目別に代表選手、指導者と4年契約を結び、選手達、指導者達をスポンサードする方式です。

そして、代表選手達は、毎年各競技種目別にナショナルテイームへの入れ替え選考(トライアウト)を実施する事でフェアネスを維持することです。

JOCの財務は、今日の公的資金の導入は各競技団体を通して強化目的で主に選手個々にランク付けして支給されています。この強化費に加えて生活の糧(一定額)を保証する事と民間資金を導入し、テイーム、個人競技スポーツへの環境を整えることです。この契約の趣旨、目的は、あくまでナショナルテイームを運営、管理することであり、通常の個々の選手達には、ナショナルテイームとの契約に障害とならない範囲で企業スポーツ、内外のプロ競技団体、個人の肖像権の利用を自由にするものです。

此処で重要なのは、JOCは今日のような組織・団体ではなく、文科省スポーツ庁、スポーツ振興財団から委託された公益法人として、一元化された権限を有し、強いリーダーシップを持つ事です。その為にも現体制の人事選考方式でなく、プロの人材と集団に変革(Change)する事が急務である事を合わせて提案させて頂きます。本提案に関しては、機会がありましたら具体的な提言、プラニングの用意も可能です。読者の皆様も上記筆者の提案に一考して下されば幸甚です。

 文責:河田弘道

スポーツ・アドミニストレイター

スポーツ特使(Emissary of the SPORTS

 お知らせ:次回からは、日本伝統の冬の風物詩としてのロードレースの1つであります駅伝のシーズンと成りました。そこで、読者の皆さんから沢山の要望を頂いております。昨年本K'sファイルに於きまして、連載で大学競技スポーツの一つ大学箱根駅伝を掲載させて頂きました。大変好評を頂いていました。多くのK'sファイルの新しいファン、読者の皆さんから、この大学箱根駅伝をテーマにしたK'sファイルを再度掲載して欲しいとの問い合わせを頂いております。そこで、昨年掲載の各テーマを修正と加筆をして連載する予定に致しております。今年も大学スポーツ界には、沢山の不祥事、事件、事故等が世間を沸かせましたが、本箱根駅伝の問題も依然改善されている様子が見受けられません。読者の皆様には、本行間並びにその奥に潜む大学教育機関として在ってはならない大学競技スポーツ活動の現実を理解して頂き、健全な大学本来のキャンパスを大学関係者は元より、国民、社会の皆さんの手で取り戻して頂くことを切に願う次第です。