K'sファイルNO.111:女子レスリング”巌流島の決闘“それとも?

K'sファイルNO.111:女子レスリング”巌流島の決闘“それとも?

無断転載禁止                            K'sファイルは毎週木曜日掲載予定

前回の中大シリーズに対する読者からの便り~

【河田ゼミの中大シリーズが終わりましたが、感動的なシリーズでしたね。「スポーツ」アドミニストレーションというより、まさに「アドミニストレーション」のゼミ。課題を設定し達成していくという社会、組織活動に必須の汎用的な実学ゼミですね。ここで学ばれた卒業生たちの職業生活に大いに役立っていることが感じられます。清水さんはKDDIとのこと。KDDIの前身の第二電電は、稲盛和夫さんが創業されました。その大きな動機は戦争で苦しんだ沖縄の人々に安い電話を提供したいということだったと思います。当時は海上距離もカウントされて沖縄との電話代は大変高かったのです。そこで、稲盛さんはまず九州―沖縄ルートを開設されました。実は私も長く通信関係の仕事をしており、稲盛さんは郷土の尊敬する大先輩。私も声をかけていただき、鹿児島での開通式典に伺いました。清水さんも働き甲斐のある仕事をなさっていることでしょう。清水さんはじめ卒業生の皆さんのご活躍を祈っております。】

f:id:hktokyo2017041:20190718003102j:plain

          東京五輪では不可能な女子レスリングマッチ

Ⅰ.“巌流島の決闘”女子レス明暗の深層

先ず初めに

この度201976日、埼玉県和光市総合体育館で行われた女子レスリン57キロ級マッチは、世界レスリング選手権(本年9月、カザフスタン)への出場権を賭けた代表選考のプレーオフ(決定戦)として、それも無観客試合(実際は関係者入場)と銘打たれ、日本テレビが急遽生中継した異例な競技大会でした。

このようなシチュエイションマッチは、めったに巡ってくるものでない事は読者の皆様もご承知の通りです。よって、その反響・批評も多種多様となるのも自然な成り行きと言えるでしょう。読者の皆様は、既に経過も結果もご承知の通りです。

この状況、環境は、まさに佐々木小次郎宮本武蔵のあの巌流島での決闘伝説を蘇らせた、それも女性同士による極め付けの真剣勝負が繰り広げられたと申し上げて過言でありません。

しかし、本レスリングマッチは、両選手共に重い過去の「遺恨を背負わされて闘わされた」今回の決闘であったに違いないと評する視聴者が居ても可笑しくありません。それは、当事者選手以外の何か不自然な理性を欠いた指導者の退場処分からも窺えたのではないでしょうか。

筆者は、女子レスリングの技術的専門家で在りませんので、スポーツ・アドミニストレイターとスポーツ・アドミニストレイションの視点で述べさせて頂きますのでご理解とご了承頂ければ幸いです

①決闘は何故注目された

筆者は、本マッチを日本テレビ及びBS日テレの生中継を通して6分間の制限時間(実際は、タイムアウトを入れると約16分間以上)を観戦、観察致しました。

本マッチのCOREである伊調馨選手は、ALSOK所属で至学館大学出身、そしてコーチは、日体大卒の日体大現職指導者です。一方川井梨沙子選手は、ジャパンビバレッジ所属で至学館大学出身、そして前コーチは、前協会強化本部長、前至学館大学監督で日体大卒の現在フリーの立場での指導者です。両選手は、無観客試合でのメインイベントに相応しい緊張感と重圧を背負っての闘いでした。

きりっとした伊調選手は無表情の佐々木小次郎に酷似、川井選手は野性味あふれる宮本武蔵だったと筆者の目には映った次第です。両選手共に心の整理、身支度も整いいざ出陣を今かと精神統一をしていた様子が洞察出来ました。

一歩前に先ず進み出たのは、先輩伊調選手でした。続いて前に出たのは、川井選手でした。丁度小次郎が決闘場に一足先に乗り込み武蔵が現れるのを待つ伊調選手、そして間合いを取り呼吸を整え決死の覚悟で決戦場に現れた川井選手は、まさに近年まれに見る真剣勝負そのものでした。

これは、2020年東京五輪女子レスリングの優勝決定戦を前年に観てしまった感がいたしたのは、筆者だけでしょうか勿論、これ以上の女子レスリングの極みは、東京五輪では絶対にお目にかかれない、これが最初で最後のただ一度の決闘だったかも知れません。それは、それぞれの大人の「遺恨」を背負っての決闘だったからかも知れないのですしかし、可能性として9月の世界選手権の結果次第では、本決闘の再戦が理論的には可能であるが、幻になる可能性が現在に於いては高いとされています。

ただこの決闘に挑んだ両者は、共に女性で在った事が何とも言えない悲壮感と切ない運命を背負ったように映りました。二人のレスラーの心境を察しながら息を潜めて画面を食い入るようにただ一点に集中させられたのは事実です。

粋な川井選手は、その姿が「吉田沙保里選手」の名代にさえ映ったのは、筆者の強い思いだったのかも知れません。本件に付きましては、次週パワハラ問題のまとめで述べさせて頂く予定です。

この二人の対決は、利害と利権に塗れた教育機関、企業、組織・団体の深く関わっている代理戦の様相を成していたところが、巌流島の決闘とは異なる何とも言い難い物悲しさを醸し出していたところです。その反面、この様な様相は、TV中継のビジネス価値を高めた皮肉さを垣間見る事に成ったのも事実でした。

筆者は、両者にはこのようなしがらみを背負わせること無く、世界選手権代表決定戦として一点の曇りも、遺恨もない状態で悔いのない闘いをさせてあげたかったと、両選手がマット上で一礼した時に強く感じた次第でした。読者の皆様は、如何でしたでしょうか。

②筆者の素朴な疑問と回顧

★嘗てのパワハラ事件を背負った二人の代理決闘

パワハラ問題では、既にK’sファイルNO.47の特別寄稿、「レスリング協会の謝罪会見に思う~」で明確に改善の必要性と問題点を述べて参りました。

本件の問題の本質は、まさにスポーツ・アドミニストレイションの根幹になるスポーツ・アドミニストレイターとしての資質に起因している事を指しています。指摘されても今尚改善できない、しない理由は、伝統的な利権体質が横たわっているのかも知れません。一体このような組織・団体を改善、指導する立場の機関及びその責任者は、我が国に於いては何処の何方なのでしょうか。現状では、組織・団体の改善、改革は何も変わらないのが現実だと思います。

パワハラを受けたとされる伊調選手は、一切前に出て主張をせず全て同選手の取り巻きの人達が告発をしたという異常な状況下で進められました栄和人氏(当時強化本部長、至学館大監督)は、解雇、辞任のみで本重大問題は蓋をされ今も何も変わっていない状態でこの度のプレーオフが行われたのです。

此の程の二人の女性レスラーによる試合は、伊調選手のコーチによる試合中断の行為からも競技スポーツの組織・団体のスポーツ・アドミニストレイションのレベルをまたしても露呈してしまったと言えます。パワハラ問題の告発は、第三者委員会のレポートによる協会の最終判断、結論後、具体的な改善、改革も無く双方に根深い「遺恨」を残したに過ぎなかったかに見えるのは筆者の思い込みなのでしょうか。

本問題の根子には、両選手の指導者達が日本体育大学の同門の先輩、後輩である事、伊調選手が至学館大学出身であるにも関わらず、何か日体大に連れて来ようとする意図が見え隠れしている事が本件の特徴のように思えるのです。今後伊調選手の動向により本件の舞台裏が明らかになるかも知れません。これは、まさに体操協会のパワハラ問題、コーチの暴力事件に酷似の構図と様相である事も見逃せない事実だと思われます。

★真剣勝負中に「レッドカード」退場を受けたコーチ

これは、決闘の後半に於いて伊調選手不利に傾いた時、伊調選手のコーチ・セコンドを務めていた田南部力氏が審判に暴言を吐いた事により、レッドカードが出され、一発退場処分となった事件です

このような事は、指導者としてあるまじき言動と行為でありテレビ中継を通じて全国に配信されたのは御承知の通りです。この行為の最大の被害者は、真剣に闘っている両選手であり、それは背信行為であったと思われる事です

田南部氏は、嘗て伊調選手と自身へのパワハラ栄和人氏から受けたとする告発状を弁護士に託して内閣府に送付した関係者とされている人物でもあります。此のような行為は、通常現場の1指導者が思考し、行動に移すとは考えにくいように思われます。

本事案をスポーツ・アドミニストレイターの視点で申しあげますと、伊調馨選手は、現在社会人となり警備会社(ALSOK)に在職し、同社のレスリング部に所属、同社のレスリング部は実業団連盟、公益財団法人日本レスリング協会に加盟登録している企業テイームであり社会人選手です。

プレーオフには、同社、同部の大橋監督が現場の責任者として帯同していました。競技中の審判へのクレーム、アピールは監督に与えられた権限であります。

何故、伊調選手のコーチとして登録されている田南部氏が監督の専権事項を犯してまで競技規則に反する行為を犯すのか、犯せるのかは以前にも疑問視した事でした。本競技の規則・ルールは、責任審判をリスペクトする事に始まり、疑わしき場合は選手を管理、監督する選手側監督の専権事項であり、協会に対して正式に不服申し立てが出来る事になっている筈です

部マスメデイアでは、「伊調がマットから降りたため、試合結果が覆ることはない」との論調を目にしましたが、「申し立て」が効かないとでも言いたげな論調に筆者は疑問を呈します。あの競技中の場面で、伊調選手が審判に異議申し立てが出来る筈もありません。

現に、日本協会の斎藤修審判委員長は「審判として適切な判断。抗議なりが出たら対応する」と述べている事から、同コーチに不満があるなら規則・ルールに則った方法で堂々と正式なアピールを行い、審判部の最終結論を受けることが正論であったのです。片や、川井選手は、セコンドに妹の川井友香子選手を付け、正式な立場のコーチすら付けていない中で闘っているのです。

嘗てのパワハラ告発問題、この度の違反行為は、同社レスリング部の責任体制と田南部氏との関係が明快に公示、説明されていないところに同コーチの指導者としての立場に問題が潜んでいるのでないかと筆者は疑念を抱く次第です

真剣勝負の最中に選手が不利な流れになったタイミングでの指導者の此の感情的な行為は、決してフェアネスの観点からも認められる行為ではありません。ましてや、同氏は大学という教育機関で指導、教育している立場からもこの振る舞いは如何なものでしょうか。所属大学は、どのような指導者指導がなされているのか大学管理者にお聞きしたいポイントの1つでもあります。(全米大学競技スポーツ協会、略NCAAには、女子レスリング競技種目は存在しません)

パワハラ問題以降、協会は何を改善したのかを、この程の事件で再度疑念を抱いた次第です。競技スポーツの主役は、あくまで競技者でありサポーター役のコーチではない事を未だ学習出来ていな事が残念です。

この行為は、真剣勝負をしている両選手達に対する冒涜であり且つ精神的な動揺と負担を強いた事に対する責任において逃れることは出来ません。不平、不満、不正があるならルールに則った手段、方法がある事を指導者として何故理解し、弁えなかったか。或は、当該コーチは、目立つ為のスタンドプレイであったなら、それはまた別の次元の異なる問題なのかも知れません。

清くクリーンに闘った二人の女子レスラーの勇姿

マットに上がった両者は、最初から最後までクリーンでフェアーに闘った事を関係者、TV視聴者は見届けました。

終始甲乙付けがたい両者には、両者を勝者として称えてあげたかったと評するのは一般視聴者の偽らざる気持ちであり本音ではなかったでしょうか。

本当に伊調、川井両選手は、全身全霊を持って最後まで集中力を切らすことなく闘ったあの姿は、真の個人競技スポーツの格闘技の真髄に相応しい内容であり、フェアーなアスリートの真の姿であったと感動させられました

これぞアスリート本来の姿であり、スポーツファンとして、視聴者、国民としても心より称賛に値する両者の闘いであったとプラウドする次第です

本来なら両者に主催者、イベントスポンサー、TVスポンサーから日本記録更新に値する賞金、商品を他の競技スポーツ同様に贈呈する事が近年のグローバルな競技スポーツ界の常識であると思うのですが、そのような発想がないのが、この組織・団体、関係者の悲しい現実を垣間見た思いがします。

試合後、TV関係者が勝者にマット上で申し訳なさそうに手渡す「グッズ」を観るにつけ両選手へのリスペクト精神、そして最高の闘いをしたアスリートへの価値評価への対価としてはお粗末な姿と内容であったのが残念です。

改めて、伊調馨選手、川井梨沙子選手には、心より競技選手の鑑で在った事を称賛させて頂きます両選手のこの度の決闘は、「令和元年の歴史的決闘」に相応しい闘いであり、今後語り継がれると確信します

伊調馨選手が真剣勝負後に語った「やるべきことをやって準備してきた。悔いなく挑戦できた。梨沙子が強かった」と勝者への賛辞を送って敗戦を認めた。このコメントこそが、嘗ては至学館大学の同門で同じコーチの指導を受け育った女王が、後輩に送る最大かつ愛情の籠った言葉では無かったかと思う次第です。立派でした。

片や、川井梨沙子選手は、無心で闘った様子が試合後短いコメントに込められていました。川井選手の精神的な抑圧は、それは受けた本人にしかわからないとてつもない重量であったと察します。その重量には、女王伊調選手、パワハラの遺恨のみならず、引退して行った吉田沙保里の心中をもキャリーしていた事でしょう。それらを跳ね除けるその努力と我慢強さには、胸を締め付けられる思いがしました。これからまだまだ57キロ級の世界の頂点を極める為の険しい闘いが待っています。身心の健康には、くれぐれも自己管理を怠る事無く、常にベストを尽くす川井選手の信念に対して心より健闘を願っています。

Ⅱ.スポーツ・ビジネスの視点から

①主催者の対応に異議あり

ただ、今回のプレーオフには疑問点が残りました。

何故、無観客試合と銘打っての試合となったのか。主催者の公益財団法人日本レスリング協会の発表では、日程や場所の問題、等から和光市総合体育館(収容人員:700人)しか確保できなかったそうです。

残念ながら主催者が確保できるキャパシテイーは、700名収容の体育館であったという事が同協会の実力なのかも知れません。

スポーツ・アドミニストレイションのスポーツ・ビジネス(事業)マネージメント部門に於きましては、このような商品価値の跳ね上がっている国内の競技スポーツイベントのビジネス化は当然真剣に考えられなければいけない時代と状況であります。

特に2020年東京五輪を控え、東京五輪を盛り上げるためにも、また日本レスリングの強化、向上対策に於いてもこんな美味しい商品価値のあるイベントを何故誰もが認識しなかったのでしょうか。この度の男女レスリングの最終決戦は、東京五輪組織委員会がスポンサーになっても全く遜色なかったこの上ないイベントで在ったのです。

競技スポーツのレスリングに於いては、プロゴルフ競技同様に女性選手に人気度が偏重しているのは事実です。双方共通する問題は、男子選手にスター選手が居ない事もその最大の要因なのかも知れません。

②スポーツ・ビジネスの活用と選手への対価

筆者がもし、日本レスリング協会のスポーツ・アドミニストレイターであったとしたらどのように対処したでしょうか。日本に於けるこのオリンピック競技スポーツ種目が、それも国民、社会が注目する本レスリンプレーオフ大会を日本レスリング協会の本年度の最大のメインイベントとして、最大限の商品価値のある事業として、複数の大手広告代理店にセールスしたと思います。

勿論、その企画の最大の商品は、メインイベンターの「伊調VS川井」の対戦です。勝者への対価は、勝者に3000万円、敗者に1000万円の価値は最低限の金額ではなかったでしょうか

本企画の趣旨・目的は、20東京五輪へのプロモーション活動の一環として、日本レスリング協会の事業拡大及びジュニアーレスラー育成、COREとなる選手個々への対価と慰労を掲げる事になります。

しかし、公益財団法人日本レスリング協会には、スポーツ・ビジネスのノウハウの持ち主が不在の為、今回大きなチャンスを逃してしまった次第です。協会役員の皆さんは、個々の利害、利権にばかりあくせくせず、協会の資金づくりにもっと目を向けられる人材の発掘・育成が不可欠だと思います日本レスリング協会は、今後の日本レスリング界の発展に寄与できる才能ある経営者と、真に選手の事を最優先できる運営、管理者の確保が明るい未来への組織作りになるのではないかと提案させて頂く次第です。

 

文責:河田弘道

スポーツ・アドミニストレイター

スポーツ特使(Emissary of the SPORTS

お知らせ:読者の皆様は、女子レスの世紀の決闘をどうご覧なられたでしょうか。少なくとも筆者は、近年にない記憶に残る真剣勝負を両選手により見せて頂きました。次回NO.112では、パワハラ問題の整理をまとめてみたいと考えています。