KファイルNO.159: IOC五輪憲章改善後の終着駅

KファイルNO.159: IOC五輪憲章改善後の終着駅

無断転載禁止                毎月第二、第四木曜日掲載予定

筆者からのお知らせ~

前回NO.158迄は、如何でしたでしょうか。読者の皆さんには、マスメデイアが報道する事が無い部分を目の当たりにされ、報道される表面と現実が比較でき何か考えさせられましたでしょうか。今日、日々刻々と東京五輪に関するIOCJOC、TOCOPG、東京都、日本国政府電通、各社マスメデイアの言論、駆け引き、矛盾、不可思議な出来事、等々がより鮮明になり、パズルの抜け落ちた穴を埋められるのではないでしょうか。

本NO.160からは、何故今日のような五輪開催に関するブラックとグレーな要素、要因がいかにして醸成されて来たかを時系列で触れる事により、より一層IOC東京五輪の実態が明らかになります。読者の皆様は、この東京五輪を機会にスポーツ・アドミニストレイターの視点で是非スポーツ・ビジネス、オペレイション、ポリテイカルゲーム、等々の真相のみならず人間の限りない野心と欲望の果てを覗いて頂ければ幸いです。

「訃報:6月7日、月曜日朝、日本オリンピック委員会JOC)の経理部長が電車に飛び込み自殺されたとの報道がありました。同氏の自殺に付いては、現時点では解明されていません。ご冥福を心よりお祈り申し上げます。」 

f:id:hktokyo2017041:20190718003102j:plain

読者からの便り~

五輪50日前・アニマル生態観察記

人の口には戸は立てられぬ。

かつてカメレオンと呼ばれた尾身さんは、権威を笠に着た御用学者だったからこそ、少なくとも、ここまでのポストに就けたとか。だからこそ、もはやこれではダメだと思われる苦々しい出来事が積もり積もった結果、堪忍袋の緒が切れ、どう思われようが、言うことは言うと“謀反”を起こした今は“麒麟がくる”?あるいは、はじめから最も効果的なタイミングで、必ず身を挺して星一徹顔負けの五輪潰しのちゃぶ台返しをする覚悟で、可能な限りいい子を演じ、発言権のある立場を守ってきて、今に至っているのか、よくわかりませんが。

令和おじさん、改め、ガースーが、もはや風前の灯火たるJAPANのメンツにかけるふりをしながら、結局はボッタクリ男爵の権威をタテに事態を押し切ることになる、と判っていてなお、五輪開催反対の日本の声を世界に届けるために捨て駒となることを、どの時点かで決意したのでは?とは勝手に想像されます。コマはいくらでも取り換え可能ですが、コマはコマなりの譲れない思いがあるのだとせめて信じさせてほしいと、大衆は浪花節的に願っています。

丸川タマちゃんは、アザラシではなく、コマに過ぎませんが、権威と保身と出世が何よりも大好き。そうであるがゆえに、その権威には極めて忠実という、いわゆる従来の”男”らしい価値観にあふれた男社会の中で懸命にこれを学習し、しかし、生物学的には女であるがゆえに、男とは違って可愛がられるという武器も上手に使いながら、ここまで何とか浮上してきた21世紀カテゴリーの生き物です。何食わぬ顔で時々飛び出す人を小バカにしたような大笑いが生態の大きな特徴です。

往年の五輪の申し子・聖子ちゃんも若干似てなくはないですが、元々スポーツしかない自分を、実父に代わって政界でゼロから育ててくれたボスが窮地に陥り、乞われて、これに報いるため、好きでもない今の役職に諦め半分で就いている点で、生い立ち的にも、ある種の浪花節を背負っているところが、タマちゃんとは異なります。

ただし、もともと、彼女は、だから一人では何もできないサイボーグで、まかり間違っても、尾身氏のように謀反を起こす山っ気もアタマもない、そのことが本人も含め周囲に十二分に最初から伝わっている、その安心感から適任であっただけですので、所詮、権威もなければ、期待など背負えるはずもありません。

権威というキーワードで分けると、このような種類別は、いかに小さな社会にも認めることが可能です。トップ以外は、どれもコマに過ぎませんが、コマの仕事を通じて、どのように自分を表していきたいと考えるか。顔を付き合わせて仕事していると、その点だけは非常によく見えてきますね。よくも悪しくも。

権威とは縁遠いように見えても、いざ、それに近づいた途端、“何とかグリーン”に豹変するネコの眼もあれば、トップの権威が残念ながら正しく働いていない猿山も決して少なくはないでしょう。大部分が欠点だらけの人間なのですから、推して知るべし。互いにできのよくない者同士、せめて表向きだけでも仲よしごっこをできる技量があればまだよし。人のふり見て我がふり直せ、とはよく言ったもので、人さまは自分の鏡。

ありがたきかな、人間模様・・・。え、人間?いえいえ、これ実は、あと50日でオープン間近のキツネとタヌキの化かし合い競争動物園のお話でしたよね~。あー、よかった。(エセ・イソップ)

 

目次

KファイルNO.159:IOC五輪憲章改善後の終着駅

東京五輪に群がる越後屋さん達

1.五輪の一大革命とその決断

マチュアリズムの崩壊

 ■五輪をビジネスCOREにした罪作りなおじさん達

 ■カリスマBIG3が世界のスポーツ界を席巻

 ■アマチュアリズムの功罪

 ■アマチュアとの決別

2.五輪ビジネスの本格始動

今日のオリンピック・ビジネスの礎

 ■五輪にスポーツ・ビジネスアドミニストレイターが出現

 ■84ロス五輪はオリンピック・ビジネス元年

3.P・ユベロス氏はオリンピックの救世主

 ■P.V.ユベロス氏の略歴

筆者の私見

 

===================================

KファイルNO.159:IOC五輪憲章改善後の終着駅

無断転載禁止             毎月第二、第四木曜日掲載予定

 

1.五輪の一大革命とその決断

 東京五輪に群がる越後屋さん達

 マチュアリズムの崩壊

五輪をビジネスCOREにした罪作りなおじさん達

1970年代の世界のスポーツ界は、当時の世界的な経済の動向に強い影響を受けていました。70年代は、スポーツに関連する事業形態が、それまでとは異なるその名も「スポーツ・ビジネス」として産声を上げようとしていた時期でした。これは、丁度私が米国の大学に留学してまもなく米国に於いてもスポーツの変革の時期と時代を同じくしていたように肌で感じました。

70年代に入って、本格的にスタートしたスポーツ・ビジネスは、その後新しい可能性を求めて次世代に引き継がれ今日に至っています。

カリスマBIG3が世界のスポーツ界を席巻

オリンピック大会(略:五輪)のスポーツ・ビジネスの新しい可能性は、1966年に国際オリンピック委員会(略:IOC)委員に就任、70年に理事に昇進、そして80年には、第7代IOC会長に選出された、アントニオ・サマランチ(Juan Antonio Samaranch、1920~2010スペイン、バルセロナの生まれ)のリーダーシップにより変革されて行きました

同氏は、その過程に於いて、IOC内外での政治的手腕を最大限発揮し、将来のオリンピック発展構想の推進役を担った人物です。1998年の長野オリンピックは、サマランチ氏と堤義明氏(当時西武・国土計画会長)との間の公私に渡る関係で成立した事は有名です。そして、長野五輪開催によりモナコに黄金の御殿が建てられたとまで揶揄された人物でも有りました。

サマランチ氏は、世界のスポーツ界の変革に貢献したBIG3の1人です。しかし、同氏はIOCにボッタクリ精神と日本流な越後屋的な御用商人、御用弁護士を醸成させる土壌作りを自ら実践した会長でもあったのでした。

マチュアリズムの功罪

スポーツという概念は、元来ヨーロッパの騎士道の精神に由来して白人の文化社会の流れを受け、アマチュアリズムが19世紀に英国で生まれたと言われています。このような白人(アングロサクソン)の特権階級の精神を「マチュアリズム」として長年継承して来たのです。

ピエール・ド・クーベルタン男爵(フランス、1863年~1937年)は、フランスの教育者であり、古代オリンピックを復興させ近代オリンピックの基礎を築いた創立者です同氏が提唱した「オリンピック憲章」の「アマチュア規定」は、オリンピック大会及び選手、競技関係者達の自由をアマチュアという枠組みで縛って来た為に段々とオリンピック大会の開催自体を疲弊させていきます。財政的な赤字を伴う事で各国の主催都市は招致に消極的になり激減します。この事がIOCにとって最大の問題の一つとなっていくのです。

マチュアとの決別

マチュアのコンセプトは、そもそも「選手は、スポーツによる金品の授受及び生活の糧として受けてはならない事、指導者、関係者は、スポーツによる一切のビジネスは認められない事、また、それによる金銭の授受及び生活の糧を受けてはならない事」でした

このアマチュア精神が形骸的に名残りしているのは、我が国に於けるスポーツ競技団体の役員、関係者の無給でバランテイアと言わしめている所以が此処にあるのです。よって、この競技団体の役員達は、バランテイアー(無給)なので責任は無いのだと言いたいのです。それならば何故、人は役員になりたがるのでしょうか? そこには、有給では味わえない甘い蜂蜜があるから群がるのです。2020東京五輪組織委員会の理事及び役員、スタッフは、無給に見せかけた高額所得者たちの様です。

そこでA・サマランチ氏は、自身がIOCの委員時代から本オリンピック憲章のアマチュア規定の問題を検討課題とし、1970年のIOC理事昇格後には憲章からアマチュア規定の削除を提案し、それ以降強力に推進して行きます。その結果、1974年にオリンピック憲章の五輪参加資格から「マチュア」という文字を削除する事になったので

丁度この時期のスポーツ界のポリテイカルな様相はIOC会長のA・サマランチ氏(スペイン)を筆頭に国際競技連盟(略:IGB)のメジャー競技スポーツとされる国際サッカー連盟(略:FIFA)の会長にジョアン・アベランジェ氏(ブラジル)、国際陸上競技連盟(略:IAAF)の会長にプリオ・ネビオロ氏(イタリア)と白人主導からラテン系主導へと歴史が移行した事もサマランチ氏にとっては追い風となり、改革がスムーズに遂行出来た要因でした。当時、国際マスメデイアは、こぞって彼らを「ラテン系スポーツマフィア」と呼び、また彼らの言動、行動が積極的且つ手荒かったのも事実でした。

★これは、オリンピックをビジネス、商品(Merchandising)として捉え、また競技選手(Athlete)も商品であり、プロフェッショナルとしての出場を公認する出来事へと発展させた、オリンピック革命と言われるスポーツ界最大の変革の時期であったのです

日本に於いては、このような世界の動向から約10年後の1986年5月に、日本体育協会 (略:JSA、現日本スポーツ協会)が従来の「日本体育協会マチュア規程」を廃止し、代わりに「スポーツ憲章」制定し,加盟競技団体の登録競技者の資格規程を改めます。しかし、今日に於いては、この新しく制定した資格規定も中途半端な規定であり、プロ競技者、企業スポーツ競技者、大学教育機関に所属する学生選手、高校教育機関に所属する生徒選手、及びそれらの指導者、運営、管理者に於いて、規定内容は明文化されておらず、また罰則規約が皆無に等しく、ただ単に混乱を来している状態であると思われます。そして、このような状態が今日、我が国のスポーツ界、競技スポーツ界の不祥事を色濃くしている最大の要因の一つであると考えられます

2.五輪ビジネスの本格始動

今日のオリンピック・ビジネスの礎

五輪にスポーツ・ビジネスアドミニストレイターが出現

このようなオリンピックの歴史を背景に、1980年にロサンゼルス・オリンピック大会組織委員会(略:LAOOC)の委員長に任命されたP・ユベロス氏はIOC会長のサマランチ氏の掲げたオリンピックのビジネス化を自らの手で実践され、確立されたカリスマ的人物と申し上げても過言でありません

今日のスポーツ・ビジネスの源は、この時代にこのような人達によってモデル化され体系付けられたのです。

★1980年よりP・ユベロス氏がロス五輪で実践したスポーツ・ビジネスは、オリンピックだけでなく世界のスポーツ界のビジネスコンセプトを根底から変革するに十分な実績を残したのです。世界のスポーツ界のBIG3のもう1人です

84ロス五輪はオリンピック・ビジネス元年

1984年ロサンゼルス・オリンピック大会は、オリンピックのビジネス元年と称される所以なのです。それまでのオリンピックは、常に開催国の赤字負担によるもので、段々と五輪大会が開催国、主催都市の重荷になり、IOCでは、大幅な縮小が声高に叫ばれるようになっていた時代です。しかし、サマランチ会長のリーダーシップにともない、それまで定説となっていました「アマチュアと呼ばれていたコンセプト」を五輪憲章から削除した事によりスポーツ界のあらゆる面に於いて一大変革を起こしたのです

これにともない1980年にロサンゼルス・オリンピック組織委員会(LAOOC)の委員長に就任したP・ユベロス氏は、サマランチ会長のIOC改革の急先鋒としてスポーツ・ビジネスを実践し偉大なる成果と結果を残したのです。

3.P・ユベロス氏はオリンピックの救世主

P.V.ユベロス氏の略歴

ピーター・ヴィクター・ユベロス(Peter Victor Ueberroth)は、1937年9月2日生まれ、米国実業家、1984年ロサンゼルス・オリンピッ大会組織委員長、赤字続きのオリンピックを黒字に転換した人物、その後第6代MLBメジャーリーグコミッショナー、等々を歴任。

彼は、オリンピック創設者のP・クーベルタン氏が死去した1937年9月2日に米国イリノイ州で生まれる。この事からも人は、彼を長じてフランス人貴族のピエールが産み、育てたオリンピックの救世主と呼ぶようになったのです。この奇妙な因縁を人は語り継いでいるのです。

IOCは、1978年5月、アテネで開く総会で84年開催都市を決める予定でいたのです。しかし、立候補は、ロサンゼルス市のみ、しかも、申請書によればロサンゼルス市は、財政を保証せず、一切の責任を負わない。民間の任意団体、南カリフォルニア・オリンピック委員会(SCCOG)が民間資本を導入、運営する予定になっていたIOCは、困惑しました。長い歴史で考えてもみなかった事態が起きたのです。その理由は、76年モントリオール大会の巨額赤字、加えて冬季大会開催予定の米国デンバー市の大会返上でした。

ユベロス氏は、カリフォルニアで育ち、高校時代はフットボール、野球、水泳で活躍。大学は、サンノゼ州立大に進み、水球で活躍、1956年メルボルン・オリンピックの代表候補、代表にはなれなかった。卒業後、トランス・インターナショナル航空に就職、63年に自ら旅行会社設立、その後北米NO.2の旅行会社に成長させた。1980年、その手腕を評価されロサンゼルス・オリンピック大会組織委員長に就任した。(以上、P・V・ユベロス氏バイオグラフィーより~)

■84ロス五輪大会組織委員会、委員長選考基準項目

 1.40歳から55歳 

 2.南カリフォルニア在住

 3.企業経営経験を有す

 4.スポーツ好き

 5.経済的に独立

 6.国際情勢に通じる

上記選考基準を基に全米600人もの候補者から厳正な審査により選ばれたのがP・ユベロス氏でした。ユベロス氏は、当時42歳。ロス郊外に住み、従業員1人から始めた旅行代理店を北米2位に育てた実業家。

我が国の五輪組織委員会は、何故このような民主的なフェアーで透明化した組織委員会、会長の人選を行わなかったのか(実質は、密室での談合により決められた)。また、P・ユベロス氏と2020東京五輪組織委員会森喜朗会長を選考基準から比較して、どのような人物が適任者であるかは、一目瞭然であると筆者は、スポーツ・アドミニストレイターとして確信致す次第です

同氏の信条は、伝統を破壊せず。革新的であっても伝統を破壊してはならない。無駄を省き経費をかけないが、親しみやすさのなかにも威厳も必要だ産経新聞特別記者 佐野慎輔氏より)

筆者の私見

上記LAOOC会長のP・ユベロス氏と2020年東京大会組織委員会森喜朗会長とのプロフィール(既に皆様はご存知の通り)を比較して下されば、その違いは、歴然と理解できるのではないでしょうか。

この様な透明で国民、社会に開かれたLAOOCのような組織・団体は、日本の公益財団法人2020五輪東京組織委員会に必要不可欠な構造とシステムだと思います国民、社会から選ばれたクリーンで一流のスポーツ・ビジネスアドミニストレイターが率いる組織では、我が国で起きる様な「諸般の疑惑並びにアンフェアーな所業」は起きにくい事を読者の皆様に理解して頂けましたら幸いです。

我が国のスポーツ組織・団体にこのような構造とシステムを兼ね備えた組織・団体が出来ない主因の一つは、国民、社会がスポーツ・アドミニストレイションに無関心を装う事にあるのではないのでしょうか。「Justice(正義)とFairness(公正)」は、我々国民、社会に「共存共栄」をもたらす根幹を成していることへの理解と認識が薄いのでないか、また理解、認識していても如何改善、改革するかのスポーツ・アドミニストレイション力と行動する勇気が欠落していると筆者は思わずにはいられません。よって、図々しく強欲な政治家に美味しいところを持ち逃げされるのかも知れません。

これらは、やはり人が組織を作る事から、関係する人の資質がどのような組織、団体を構築するかの手本となった例ではないかと筆者は、考える次第です。

しかし、2020東京五輪招致委員会、組織委員会は、この民主的で国民、社会の為になるロス五輪方式に目もくれず、今日の利害、利権構造の組織委員会、団体へと強引に推進した責任者達の罪は計り知れないと思われます。そしてこの莫大な負担を今後国民、社会に強いることを我々は認識すべきなのです。

かくも強引な政府、政治家、委員会関係者に対して、しかしながら、我々国民、そして社会の側も、なぜ強硬な“NO”を突き付けられないままでいるのか。ここに、今日の腐敗した東京五輪のアドミニストレイションを招いた一因があるとは考えられませんかしたがって、スポーツ・アドミニストレイションの様々な側面や動向に関する、必要最小限ではあっても、正しい知識及び情報の提供を通じて、国民、社会の皆様方が、このような組織の無責任なまでの堕落ぶりを、断固として許さない民意を、より大きく向上させていかれますための、お手伝いが少しでもできるのであればと、Kファイルを日々発信させていただいている次第です。

文責:河田弘道

スポーツ・アドミニストレーター

スポーツ特使(Emissary of the SPORTS)

紹介:Gfile「長嶋茂雄と黒衣の参謀」文芸春秋社 著 武田頼政

 お知らせ:残念ながら東京五輪は、とうとう国民社会を分断させてしまいました。そして、最終的には、東京都、五輪組織委員会でもない日本国政府東京五輪のイニシアチブを取り、強引に疫病で苦しむ国民社会の中で「不完全な東京五輪大会」を試みようとされています。これは、ハッピーエンドで終演する事が難しい情勢です。

読者の皆様は、本Kファイルをご笑読頂きながら現実起きている問題が何処に起因しているかイメージできるのではないでしょうか。それだけでもKファイルを書き続ける事の意味と使命をご理解して頂き、ご支援、ご協力に深く感謝申し上げます。