KファイルNO.165: 日本代表選手の現実とフェアネスの必要性

KファイルNO.165: 日本代表選手の現実とフェアネスの必要性

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東京五輪を終演して、

2020年東京五輪は、2013年五輪招致活動から始まり2020年3月のCOVID-19の蔓延に伴う「7月23日開催か延期か中止か」の選択を国民、社会を巻き込んだ決断を迫られました。そこで、最終的には、昨年安倍晋三首相の決断により2021年7月23日に延期するに当たり新たなスローガン「人類がコロナに打ち勝った証し」を提示し、「完全な形での東京オリンピックパラリンピックを開催する事をお約束します」と内外に大見えを切ったのでした

その後、東京五輪・パラリインピック組織委員会(略:TOCOPG)は、森喜朗会長の暴力(女性軽視のパワハラ)スキャンダル、理事、中核役員達の暴力(セクハラ、不祥事)から意味不明な女性理事の追加登用と、相次いでの貧困なアドミニストレイションを露呈し、東京五輪丸は東京湾を漂流し始めた次第でした。このころから主催都市の東京都知事小池百合子氏は、まるで東京五輪の主役から私は降りたとばかりの無関心を装う態度を示し始めたのでした。このような状況下において、橋本新会長は(TOCOPG)は、世界、国民、社会に公約(私は2021年3月25日までに再度開催か中止かに関する判断と決断をスポーツ医科学的な知見を持って説明します事をお約束します)と断言しましたが、履行できず約束を反故にした次第です

この状況下を見て取り自民党政府は、東京都、TOCOPG、JOCの体たらくを逆手に取り、菅新首相の手柄にとばかり国内五輪のイニシアチブを実質は内閣府に移行、その長である菅首相が前面に出て「東京五輪は安心、安全に開催する」と何の根拠も説明もなく世論(70%開催否定)を強行突破したと筆者は肌で感じたのです。これで国民、社会は、騙し討ちに合った衝撃に陥った。

しかし、COVID-19は、その後も終息どころか第3波、第4波、第5波と勢いを増し緊急事態宣言が連続して発令される中、昨年春の五輪開催、延期、中止の判断時とは、全く異なる異常な危機的状態を7月23日の開会式へと、国民・社会を安心、安全とは真逆な方向にミスリードしてしまったのでした。

筆者の本件の結論は、2020年東京五輪開催招致を手掛ける前に「日本国民に東京五輪招致開催に関する賛否のコンセンサス」も得ず、国会議員連盟都知事JOCが政治家の為の政治家による招致活動に手を染めたことが最後まで取り返しのつかない国、国民、社会に損害と精神的ストレスを与えたと考える次第です。五輪開催の有無は、アスリート、IOCJOC、各競技団体だけの物でなく、国内に於ける公正な手順を踏み国民、社会のポジテイブなサポートが有って初めて成立する国際イベントであると確信致します。ましてや、政治家達の金儲けや売名行為の道具で在ってはならないのです。東京五輪の後始末もこれから始まろうとしている最中に、心無い国会議員達は、札幌冬季五輪開催を声高にマスメデイアに書かせ始めている次第ですが、もうこれ以上国民に負担を強いる五輪開催は勘弁してほしいと願うのは筆者だけでしょうか。

目次

KファイルNO.165: 日本代表選手の現実とフェアネスの必要性

海外マスメデイアを驚嘆させたWhat,Why,How?

Ⅰ. 大切にしたい伝統文化と母国語

      はじめに

2020年東京五輪聖火台に立ったのは大坂なおみ選手

     ■聖火台に立った大坂選手に思う

     ■大坂なおみ選手の国籍問題

     ■海外マスメデイアの論点

     ■それでは、何が問題なのか

Ⅱ. 筆者の素朴な疑問と私見

     ■大義無き東京五輪の終演

     ■筆者がイメージした最終聖火ランナー

     ■1964年東京五輪最終聖火ランナー選出コンセプト

まとめ

 

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2021年9月23 日                  公開

KファイルNO.165: 日本代表選手の現実とフェアネスの必要性

無断転載禁止

海外マスメデイアを驚嘆させたWhat,Why,How?

Ⅰ. 大切にしたい伝統文化と母国語

はじめに

近年急速な勢いで日本人アスリートに大きな変化が国際大会を通して表面化して参りました。しかし、TV、マスメデイアは、本件には触れようとしない触れたがらない実態が顕著なのも事実であります。これは、国民、社会に於いてもまた読者の皆さんの中にも既に気付かれ違和感をお持ちの事とお察し致します。この実態は、この度の東京五輪により国内外に日本の代表選手が様変わりした現実を目の当たりにした事を米国の大手マスメデイアの友人から「崩れ行く日本人の伝統が寂しい」と指摘され、何か複雑な思いを抱きました。

KファイルNO.165では、このタッチー(touchy:扱いにくい、厄介な)なテーマに誤解を恐れず触れさせて頂きますのでご容赦いただけましたら幸いです。尚、筆者は、スポーツ・アドミニストレイターとしての視点で現在既に日本国内の教育界、スポーツ界現場で起きている諸般の重要な問題、障害を少しでも無くし、フェアーな共存する環境と社会を構築して頂きたい事を期待して述べさせて頂きます。

何故なら嘗て筆者は、今から約50年前に米国に渡り白人社会の大学に職を得て勤め始めたころ、白人社会から肌色の異なる私に対する何か異質な冷たい視線と感情が至る所で感じる経験をさせられたことが蘇るからです。私は、自身を採用して頂いた大学に対して、成果と結果を出し初のNCAA(全米大学競技スポーツ協会)主催の競技スポーツでチャンピオン盾と全米にTV、マスメデイアを通して告知された事により、翌朝から白人社会の大学で今まで敵であった視線を味方に変革した辛かった時期の思い出があります。これで漸く白人社会で認められたという不思議な感情を今尚心の奥深くに焼き付いています。

本編では、決して偏見、差別、等に関する他意は無い事を先ずはじめに申し添えさせて頂きます

 

2020年東京五輪聖火台に立ったのは大坂なおみ選手

■聖火台に立った大坂選手に思う

筆者は、この光景がTV映像を通して確認した時、脳裏に最初浮かんだのが2019年ワールドカップラグビー日本大会での日本代表選手の大半が肌色の異なる外国人選手であった事に目を疑った記憶が蘇りました。

そして、次なる思いが心を痛めたことを思い出します。それは、この舞台を夢見て幼少期から人生を掛け努力の日々を強化向上して来た日本人選手の心中を察するに余るものがありました。

これは、国際ラグビー協会が認めたルールで勝たんが為の手段と言え、身体能力に恵まれたプレイヤーを外国からリクルートし企業テイームに面倒を見させ国籍を与え日本のパスポートを本人及び家族に与えてこの舞台に立たせることで、何名の日本人選手達がそのポジションと仕事場、夢と希望を奪われているかを思うにつけ、悲しい日本のラグビー界の現実を垣間見考えさせられました。これでまた何人のジュニア―達、父母達がラグビーへの夢と希望を放棄した事かを思うとこれでよいのかと思わざるを得なかった次第です。この協会の会長氏は、かの東京五輪で有名になられた森喜朗氏(元日本国首相、文部大臣、石川県選挙区出身)であった次第です。

しかし、国民、社会は、日本代表テイームが勝利する事で勝利に酔い日本人選手の心の痛みも将来の指針、プラニングも話題もしない関係者、マスメデイアが現存するのも事実です。読者の皆さんは、どのようにこの現実を消化されていますでしょうか。

大坂なおみ選手の国籍問題

大坂なおみ選手は、1997年、大阪中央区で日本人母の環さんとハイチ人の父の間に誕生しました。そして、彼女は、3歳のとき一家はアメリカのニューヨーク州ロングアイランドに移り住んだと記録されています。それ以来、大坂選手はずっとアメリカ(現在はフロリダ州)に住んでいます。

大坂選手は、上記ラグビー選手達とは異なり母親が日本人であり、生まれは大阪ですので日本国籍を有し、父親が米国籍を持っていましたので米国にも国籍を有する即ち二重国籍であったのです。

しかし、日米に二重国籍を有する人達は、日米間の条約、法律により、成人した20歳の誕生日から数えて22歳になる誕生日前迄に米国の国籍を選ぶか、日本の国籍を選ぶかの判断を自ら行い、届け出を行う義務があるのですそこで大坂なおみ選手は、2019年10月16日(誕生日)以前に先ず米国籍を放棄する手続きを行い、日本国籍の承認を得た後日本テニス協会JOCに五輪出場の条件を満たす書類を提出された筈です。これにより、彼女は、晴れて日本人国籍を有し日本での教育を受けていない、母国語を日本語としない日本人が誕生したのです。これで法律的には、何の問題も無く晴れて日本人として承認されたのです。しかし、現実的には、彼女が日本に今後住居を構えて新しい家族と生活されるとは考えにくい、と私は推測します。そして、彼女が米国人と結婚し米国市民権(国籍)を取得し、米国人に復帰する可能性もあると言う事です。

この前例から今後、大坂選手の様な日本を代表するレベルのアスリート達は、日々増してくる事は必然です。これに伴う日本人としての居住の問題、母国語としての日本語の問題、日本国民としての言動、人種差別等を含んだ行動規範(政治的を含む)、等々による内外で引き起こす諸般の問題を如何に日本国民として理解し、調和、共存して参るか問題は山積しています。

大坂なおみ選手は、東京五輪では3回戦で敗退しその後米国に帰りました。年間日本には、何日居住しているのでしょうか。大坂選手の年間所得は、56憶円とも言われています。そしてその中には、この度の東京五輪のメインスポンサーの企業が複数社彼女のスポンサーにもなっている次第です。

国民の義務である税の納付は、どうなっているのでしょうか。国とスポーツ界は、日本人と国籍の定義を今一度国民と社会に明文化し理解できるよう情報公開が必要かと思われますが、如何でしょうか。

■海外マスメデイアの論点

大坂なおみ選手は、米国籍を放棄し日本人となって約10カ月後に2021年東京五輪開会式の聖火台に立った次第です。この事実を基に海外マスメデイアは、驚嘆し批判、反論、擁護の激論が交わされたのでした。

日本のTV.マスメデイアは、東京五輪組織委員会(略:TOCOPG)が聖火最終ランナーとして決めたことであり、特に大手マスメデイアは、組織委員会のスポンサーでもある事からも本件を論じない立場にあるようで、海外では英字での論争が過熱していた次第です

★一例:

   オーストラリアの日刊紙「オーストラリアン」電子版が2021年7月24日に公開した記事が波紋を広げました。「大坂なおみは日本人なのか?」文責は、オーストラリアのスポーツジャーナリスト、ウィル・スワントン氏。

彼は、同国では有名な記者で素晴らしいプロフィールの持ち主です。記事では、大坂なおみ選手を東京オリンピックの最終聖火ランナーに選んだことは「間違いだった」と主張。これに対して、各国(米国、英国、台湾、中国、その他)の大手メディアから記事への批判、擁護、反論が続出しているのです。

大坂選手が最終ランナーとして聖火台への灯火を終えた直後のコメントは、「間違いなく、私がこれまでに経験したことのない最高の運動の成果と名誉です。今の気持ちを表す言葉はありませんが、今は感謝と感謝に満ちていることは知っています。愛してる。みんなありがとう」と述べています。筆者は、この感謝のコメントは彼女の賢明な言葉で表現した本心であると信じたく思います。

■それでは、何が問題なのか

大坂選手が最終ランナーとして聖火台に立つ事が決定する迄、紆余曲折があった事情は、読者の皆さんは気付かれていたかも知れません。問題の根源は、東京五輪組織委員会の開会式プロゼクトの統括責任者が複数回不祥事を起こすたびに解雇、辞任とそのたびに本最終ランナーの人選が変更なっていたようです。云わば、最終聖火ランナーは、ノミネートされて決まっていた最終ランナーが責任プロデユーサーの不祥事により取り消され、最後時間切れで彼女に出演依頼をしたというのがどうも正直な状況だったようです。

その根拠と証は、7月27日のテニス競技第一試合に出場の組み合わせ、対戦相手も確定していたにも関わらず、大坂選手の最終聖火ランナーが急遽決まった為に出場試合まで変更したことにより対戦選手にとっては偉い迷惑であったに違いない、とも言われています。よって、この最終選考は、多分組織委員会側と大坂なおみ選手側(エイゼント)間でビジネス・ネゴシエイションの末の結果だったのだろうと想像します。

この状況下で橋本聖子組織員会会長は、大坂なおみ選手の最終聖火ランナー選考理由として「多様性と調和」の東京五輪が基本コンセプトにマッチした選手であるからです。と何かとってつけたような理屈を付けて急遽発表した事からもドタバタ劇が伺えます。この後、大坂選手は、3回戦で早々敗退して米国に戻ったようです。

此処で、注意深く耳を澄ませると、橋本会長は、東京五輪のコンセプトは「多様性と調和」と強調し既に「復興五輪」をどこかに置き忘れてしまった事を証言している事です。

Ⅱ. 筆者の素朴な疑問と私見

大義無き東京五輪の終演

筆者は、最終聖火ランナー大坂なおみ選手であった事に対する異議は何処にも見当たりませんあえて申し上げるならば、東京五輪組織委員会には、大会の重要な大義と趣旨・目的が最初から欠落していた事です。それがために、本大会の背骨(スケルトン)は、無いに等しく最初から最後まで一貫したビジョンが無かった為ストーリーが描けず、右往左往した東京五輪であったと申し上げて過言でないかと思います。

それは、この式典の一番大事な大会の大義であるべき「東北地震災害復興五輪」を招致活動のメインテーマにしていたにも関わらず、いつの間にかサブテーマか不要テーマの扱いをされ、お蔵入りさせた責任は大罪に値し、何か大人達が詐欺行為を国際的に遣らかしたような気分になるのは私だけでしょうか。

このような屋台骨の無い東京五輪に更なる問題と矛盾を公言したのが、安倍晋三氏の開催か中止か1年延期される告知時に新たなスローガン「人類がコロナに打ち勝った証し」を提示し混乱を招き、後を引き継がれた菅新首相は、安倍氏のスローガンを継承し更なる迷言「安全・安心の大会」を加えたことです

テーマばかりを塗り替えられた東京五輪丸は、更なる混迷を増しコロナ第五波の最大の荒波の中に突っ込み暗闇の中で漂流を強いられることに相成った次第です。

 

■筆者がイメージした最終聖火ランナー

筆者は、最終聖火ランナーを推薦させて頂けるならば、実際に被害を体験され、懸命に生き延び家族の強い絆でこの震災の苦難を乗り越えた方が立派になられてプロ野球選手として活躍されている「佐々木郎希投手(現千葉ロッテマーリンズ球団)」です

彼は、当時幼くして津波で父親を亡くし母親の手で3人の男の子を育てられ、母親と子供達が協力し合って高校を卒業されお母さんの右腕として、皆でお母さんを支えて頑張られている姿は、被災者達のみならず、国内外の人達にも勇気と希望を与えてくれるに違いありません。

また、もう一人は、現在MLBで活躍されている大谷翔平選手、投手(ロサンゼルス・エンゼルス球団)です。彼らは、被災地から世界に向けて発信できた東京五輪の開催の大義、趣旨、目的に沿った、未来の日本の若者達の夢と希望を託すに相応しい若者であったと思いますが、如何でしょうか。

■1964年東京五輪最終聖火ランナー選出コンセプト

嘗て、1964年東京オリンピックの開会式では、当時19歳の早稲田大学陸上部の坂井義則氏だったのです(1945年8月6日に生まれ)。

そして1945年8月6日は、広島への原爆投下の日でした。坂井さんは、原爆投下の1時間半前に、震源地から70キロ以上離れた広島県三次市で誕生したと聞いています。

坂井さんが聖火の最終ランナーとして、当時世界中にTV中継されることで、日本の戦後は終わり大きな成長を遂げたことを知らしめることが出来ました。原爆の恐ろしさと悲惨さを理解して戴き人類に対して使用してはいけないメッセージを発信しました。この坂井さんの起用は、彼の生い立ちの紹介から、最終ランナーに起用したメッセージは大変象徴的な開会式のシーンとして発信された一例であったと思います。

筆者は、嘗てご縁があり坂井義則氏がフジテレビに勤務されていた時に数回お会いする機会があり語り合った思い出があります。お酒大好き人間であった印象が強く残っています。彼は、この度の最終聖火ランナーをどの様な心境で静観されていたでしょうか。

まとめ

筆者は、国民が最も相応しいとする人を最終ランナーとして選考するべきであったと思います。大坂なおみ選手が不適切であるとの意味でなく、選考される関係者は、もっと国民、社会の心に寄り添った感受性豊かな方であって欲しかったと思います。

そして、組織委員会の責任は、適切で国民社会が心から納得する選考方法により、真の日本人の心と魂を世界に発信して頂きたかったと思う次第でありました。如何でしたでしょうか

 

文責:河田弘道

スポーツ・アドミニストレイター

スポーツ特使(Emissary of the Sports)

紹介:Gfile「長嶋茂雄と黒衣の参謀」文芸春秋社 著 武田頼政

   KファイルNews、Kファイル

お知らせ:

NO.165に関する日本国内の問題は、各教育機関、社会人、日本代表に関する国内外からのリクルート活動、及び日本人、日本国籍、留学生と称する名に於ける許認可問題に関するアンフェアーな問題が増殖している近年です。これらは、長い年月をかけて既に利害、利権というウイルスが蔓延しています現状、現実から、国内を二分、三分しかねないドロドロとした摩擦が既に起きている実態を国民、社会は余りにも無関心か、或いは無責任、無神経を装っているのかも知れません。我々は、次世代の為にも触れたくない厄介な問題にこそ勇気を持って、正面から早期に解決し常日頃から教育機関に於いても議論、討論を通して理解と調和、共存への対応力を培ってゆく必要があるのではないでしょうか

KファイルNO.164:新聞業界とスポーツ界の利害・利権の行方【Ⅱ】

KファイルNO.164:新聞業界とスポーツ界の利害・利権の行方【Ⅱ】

無断転載禁止            第二、第四木曜日掲載予定

読者の声から~

河田弘道

いつもKファイルNews及びKファイルを拝読させて頂いております。

現在行われていますパラリンピックに関して、私は、日体大に勤務していた時から変わらない疑問を持っています。それは、競技する人が高価な装具、器具を手に入れられる財力を持っている人がいる一方、そうでない貧しい人は競技をしたくても出来ないこのアンフェアーな格差実態世界に誰もが目を向けない声をあげない事です。もっと沢山の本当に手を差し伸べてあげるべき人達に何もされていない、しないパラリンピック関係者、教育機関に罪深ささえ感じてなりません。

小職が在職時、パラ陸上競技の関係者が大学に来られた時、このことを聞いてみましたが返事はありませんでした。当時学内に所属する陸上部の学生がリオデジャネイロパラリンピックの後、メディアの注目を浴びました。それ以降この学生は、自身がまるで芸能人になったと勘違いしたかのような態度をとるようになりうんざりしました。

私は、その様子を見ながらパラリンピック五輪に出場する事により本来の理念、目的と相反する指導、教育がなされ、これこそ金(かね)まみれではないかと思わざるを得ませんでした。皆が無償支給された装具、器具で平等に競技に参加し、順位付けなどせず、不自由があってもできることをみる人に伝えることに意義があるのではないでしょうか。パラリンピック大会には大きな疑問を持っています。

装具、器具を付けて競技をする多くの競技種目では、それらが精巧で競技力を強化向上させる装具を着けられる人とそうでない人がいる事の不平等差を誰もが真剣に考えようとしない事です。

この世界でも高価で人為的な装具、器具をつけられる選手が有利である事は事実です。また私は、関係者の多くは何か異なる目的で障がい者スポーツを利用し、商品化しようと間違った方向に導いているように思えてなりません。

日体大にいた時には、東京五輪招致が決まると何か異なる目的でこのような人達を急にかき集める指示が出て集めさせられました。そして、そこには、高額な強化費が何処からか持ち込まれ、平等に配分していなかったことを教育機関に有るまじきことと思っていました。大学管理者には、大学の設備施設が彼らを受け入れる状態と実態にない中で、大学が受け入れを内外部に宣伝・告知するのはおかしいことを意見しました。しかし、彼らの考えは、日体大で受け入れる障がい者は健常者と同じ活動ができるから特別な対応は不要だということでした。

全く無責任極まりない、経営者に都合の良い考えで、入学者数のノルマだけが目的のようでした。これ以外にも、プロのような顔と態度をしたコーチは、専門知識が驚くほど乏しく、現場は悲惨な環境でした。残念ながら大学内には、沢山の専門家の顔をした教員、指導者、職員達は経営者に対する忖度集団で、誰も意見もしないこれが大学現場の実態です。これらも文科省補助金助成金が目当なら学生選手を大学の広告塔としての利用が目的で教育機関の義務と責任を果たしていないと思われます。 読者より (大学で運営、管理をしていた管理者)

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目次

KファイルNO.164:新聞業界とスポーツ界の利害・利権の行方【Ⅱ】

Ⅱ. 紙媒体の限界と新規事業の模索

      今後事業を如何に拡大し収益事業に変革させるか

       ■ご紹介

       ■檄を飛ばす山口寿一新社長

       ■社長挨拶

       ■読売新聞は巨人・長嶋・卵焼きか

       ■読売新聞が「唯一の全国紙」とその根拠

筆者の素朴な私見

      ■ネット社会に飲み込まれた紙媒体

      ■紙媒体の統廃合かそれとも傘下型か

      ■確固たる戦力補給路が必要な東京読売巨人軍

      ■新聞社経営と球団経営の本質的な相違

      ■喉から手が出る程欲しいスーパーヒーロー

      ■次なる獲物は何処に

 

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2021年9月9日 木曜日                  公開

KファイルNO.164:新聞業界とスポーツ界の利害・利権の行方【Ⅱ】

無断転載禁止

新聞社の統廃合は現実的か

Ⅱ. 紙媒体の限界と新規事業の模索

今後事業を如何に拡大し収益事業に変革させるか

■ご紹介

読者の皆様の脳裏には、読売新聞社の名を聞くと何が浮かぶでしょうか。東京読売巨人軍渡辺恒雄氏(通称:ナベツネさん)ではないでしょうか。

山口 寿一氏(やまぐち としかず、1957年3月4日 - )は、読売新聞グループ本社代表取締役社長、読売新聞東京本社代表取締役東京読売巨人軍オーナー、等々と読売グループの頂点に立つ人物です。

同氏は、渡辺恒雄氏からの信頼を得て若くして指名された後継者であります。多分読者の皆様には、あまり耳なれない名前かも知れません。ここに至るまでには、渡辺氏のお墨付きを頂きポスト渡辺として自他共に自負していた人物が私の球団在籍時にもおられました。その方は、その後何か問題を起されたのか地方の系列新聞、TV局に移動して戻れなかったようです。

勿論、現在も渡辺恒雄氏は、隠然たる権力を有していると聞き及んでいます。山口氏は、読売新聞社内では社会部に所属されていました。渡辺氏は、ご存じの通り政治部出身者であります。この事からも社内に置いて社会部所属、出身者は、山口氏の社長就任に大きな期待と高揚感を持っているのは当然でしょうか。

■檄を飛ばす山口寿一新社長

読売新聞社にとって大変大事な年中行事の1つは、読売新聞社と同社の読売新聞販売店(略:YC)代表との会議であります。毎年開催(参加者1000名)される本総会は、コロナ蔓延に伴う事態から昨年は中止を余儀なくされたようです。しかし、本年度も、総会は中止としましたが、今夏7月9日にこの重大会議を40名に絞り、まさに本社幹部とYCの幹部会議の様相で行われたところに会議がいかに重要であったかを物語っています。

筆者は、新聞マスメデイア、出版業界に付きましては全くの素人であります。

此の度は、文化通信社が発行されている業界紙と言われる「The Bunka News」の8月2日(月曜日)発行の新聞「読売東京七日会正副会長会議」なるタイトル記事を拝読させて頂き、引用させて頂きました個所があります事を先ずご紹介させて頂きます

そこには、本会議当日の様子が録音された後に文字起しをされたが如く細かく活字にされていましたので、筆者はこの会議に同席していたかのような錯覚さえ感じる次第です。よって、この新聞から山口社長の挨拶内容が事実であるとした上で本会議の模様を要約させて頂きながら本論を進ませて頂きますので、事実誤認等とは思いません事をご承知くだされば幸いです。

■社長挨拶

冒頭山口氏は、読売販売店(YC)のリーダーシップを取られた方々への労をねぎらう意味で実名を挙げて称え感謝の意を述べられています。

その意図としましては、7月の増紙に多大な貢献をして頂いた実績を紹介されています。それに比して朝日新聞毎日新聞は、7月に定価の値上げをせざるを得なくなった理由をここで述べ、読売新聞社の2年半前の値上げ時に朝毎は、価格を据え置き読売との差別化を試みた。しかし、結果としてこの先送りの判断は、彼らの疲弊を招きこの度の値上げに踏み切らざるを得なくなった。読売新聞は、「常に先を見据えた経営方針を基に判断、決断を躊躇せず行って来ているのは先見の明があるからだ」、と言いたげな論調でスタートされています。

新聞各社は、販売価格に付いてもデジタル化の進む中で電子版の新しい料金体系の提示と紙媒体との絡み合いに於いて、「朝日は地方の販売網を縮小していく既定路線であることから今後販売店に於いての混乱が生じ、崩壊の恐れあり」、と踏み込んでいる所に山口氏の闘争精神が伺える。

また、毎日新聞社は、「朝日より100円安い価格設定にして来た事からこの度は読売でなく朝日を意識しての価格である」と読売は見ている事です。

朝日、毎日は、関東、関西、九州に於いて「預け合い」を進めて来たが、読売は一貫して「自営販売主義」を貫いてきた、と非常に強い口調で朝日、毎日を指摘されている所が特徴です。勝敗の決着は、既に明らかである、と断言している様子が印象的です

:★「預け合い」とは、会社設立の発起人が、金融機関から借入れをして、それを預金に振り替えて「払込み」(引き受けた株式について発行価額分を銀行や信託会社等の払込取扱場所へ預ける行為)にあて、この借入を返済するまで預金を引き出さないことを金融機関と約束する行為のことをいいます。(語彙検索より)

■読売新聞は巨人・長嶋・卵焼きか

山口氏は、読売新聞の目標は「唯一の全国紙」となる事を目標に掲げてきたと明言されています見出しのテーマには、「本社とYC(読売新聞販売店)の緊密な信頼関係で直面する危機を乗り越える」とし、本会議の同氏のスピーチの要旨が凝縮されていると理解できました

本会議は、式辞に沿って進行し主役の長時間に渡る挨拶は段々と「檄(ゲキ)を飛ばす」トーンに変化し、最後は読売巨人軍名誉監督の長嶋茂雄氏の貢献と協力を称える内容で終わっているのが特徴でした。ここには、川上哲治氏、王貞治氏の名前が無かった事が渡辺恒雄氏の意思を継承した証と筆者には読み取れた次第です(Gfile 「長嶋茂雄と黒衣の参謀」文芸春秋社 著 武田頼政 参照)。本会議の主役は、読売新聞グループ本社山口寿一代表取締役社長その人であったのです。

■読売新聞が「唯一の全国紙」とその根拠

山口氏は、この日の会議でのスピーチに於いて一番力説したかったと思われる点を幾つかご紹介致します。それは、「読売新聞が唯一の全国紙である」と強調した事です。そして、それは、今50年に一度のチャンスが訪れたとポジテイブに捉えプラニングを遂行しようとしている事です。同氏の論拠は、読売の増紙のタイミングで朝日、毎日が追い込まれ此の度値上げを余儀なくされた事、そして産経もそれに間もなく追随するという。

日本には、全国紙と呼ばれる新聞が5社ある。この5社とは、読売、朝日、毎日、産経、日経を指しているようです。この5社の全国紙の5月のABC部数を見ると1666万部と山口氏は、数字を読み切っている所です。この中で読売が占めるシェアーは、43%で、朝日と毎日のABCでの合計をすると40%である、との発表をされました。この事から、これ迄のシェアーの伸びからすると今後5年後、10年後には、朝毎の凋落を横目に全国紙は読売新聞が独り勝ちで唯一の全国紙となるのも時間の問題である、との根拠を披露された次第です。

ここで山口氏の注目される論点は、現在読売は全国紙5社の販売部数1666万部の内の43%が読売の販売部数であり、朝日は28%、毎日は12%と大きく落ち込んでいる事を強調しています(但し、この中に今尚何%の押し紙が含まれているのか不明)。そして朝毎の激減した部数は、読売の増紙分だと言わんとされているポイントでないかと思われます。

読売の過去10年前からの全国紙5社の発行部数の動向を調査して来た結果、同氏は、読売の販売部数が全体の50%に達する日も近いと予測していることです。

それにより他全国紙4社のシェアーをもってしても読売の部数に及ばない、即ち、「唯一の全国紙」となるとの根拠を告知されたのではないかと筆者は理解致します。これにより、朝日、毎日は、全国紙から姿を消すのだ、と読売本社幹部とYC幹部(読売販売店代表者達)に檄を飛ばしたと考えられる次第です

 

筆者の素朴な私見

■ネット社会に飲み込まれた紙媒体

紙媒体が近年のインターネット革命により死活問題に追い込まれる事は、四十数年前に既に予測されていました。この度の山口社長のスピーチは、経営者としての立場から熟慮を重ねた結果の戦略とお察し致します。経営者に取って最大の敵は、競争相手です。その相手が弱体化する事は、経営者にとって最大の利益とリスク軽減に繋がる、いわば最短の成功法を選ばれたという事でしょうか。

■紙媒体の統廃合かそれとも傘下型か

この度の同社長の熱弁から筆者は、素朴な仮説が頭の中を駆け巡りました。それは、同氏のこの程のスピーチ内容からも朝日、毎日、産経新聞社の経営破綻のカウントダウンが始まってるとも取れる発言から本音が透けて見えそうです。

同氏は、先代渡辺恒雄氏の政治力とその政治家、政党への太いパイプを継承している事から外枠も固められている様子が伺えます。その一例として、読売新聞社の子会社である印刷会社は、既に長年聖教新聞産経新聞系列の各新聞社、等々と多くのマスメデイアの印刷業務を受注している様子が伺えます。

読売新聞社は、このような戦略的なプラニングが進行している中で拡販の限界も十分に承知しているはずです。そこで事業の拡大には、新聞の拡販を主体としたプロモーション活動と同時に事業収益の増収・増益を目すことは必要不可欠な事態なのです。

この状況が事実とするなら、朝日、毎日は、今後どのような秘策を持って読売に対抗するか、非常に興味深いものがあります。しかし、今後は、ITに異変が起きない限り紙媒体の発展は難しい事から、朝日、毎日の大同団結もあるのかも知れません。 

■確固たる戦力補給路が必要な東京読売巨人軍

東京読売巨人軍は、読売新聞社及びグループ企業(日本テレビ読売テレビ系列局、報知新聞社、等々)にとって最大の拡販事業のソースでありツールとしてのみならず、長年グループの稼ぎ頭として特別扱いをして参りました。この安定したスポーツ・ビジネスCOREが今日では、視聴率の極端な低下とそれに伴うTVスポンサーの確保が困難、ファン離れを起し傾いている要因の一つの様です。

筆者の専門分野でありますスポーツ・アドミニストレイションの視点に於いては、特にテイームスポーツのようなプロ野球の経営に至って競争相手をフェイドアウトする事は、自身の経営が成立しない事を意味します。嘗ては、1リーグ制への構想がまことしやかに打ち上げられましたが、難しかった根拠はここにあったと思われます。そこで起きたのが相手球団の主力選手を獲得する事で自軍の戦力の補強と相手球団の弱体を狙ったアンフェアーな手法が現存するのです。

ここが新聞業界の競争に勝つための最終手段のような、敵を場外アウトする戦略とは基本的に異なる様です

■新聞社経営と球団経営の本質的な相違

此処で再度違いを整理いたします。

特にプロのボールゲームの特徴は、常に戦力が拮抗する対戦相手が編成上不可欠なのです。そして、その参加する球団を組織化するには、リーグ、団体を形成しなければなりません。そのために団体には、各球団が「Justice&Fairness」を維持する為の協約、規則、罰則が不可欠となります。人は、約束を破る動物である事を前提でルール、罰則を明文化しているのです(これは、欧米型合理主義から)。プロの競技スポーツは、この約束事が担保されて初めて「共存共栄」の原理原則が維持されるのです。これは、スポーツ・ビジネスに於ける重要な原則なのです。

これが機能しなければ、このマーケットは、無法地帯(Out of Law)と化し、弱肉強食となり協約、規則は無意味(不正行為の温床)となるのです。

日本プロ野球界は、法の番人に当るのはコミッショナーであり、各球団オーナー会議がこれに当るのです。そして協約、規則、罰則を事務処理するのがコミッショナー事務局の責任者である現事務局長(読売新聞社元運動部社員)なのです。しかし、これが機能しているかと申せば、NOと言わざるを得ないのが日本プロ野球機構であります。一例として、先日の日本ハム球団所属の中田翔選手の球団選手への暴力、讀賣巨人軍への移籍に対する黙認です。

常識ある読者の皆様は、既に疑問に感じているのではないでしょうか。しかし、何故両球団のファンからは、NOの声すら聞こえてきません。それは、ファンも野球協約をリスペクとしていない証であり、好きなテイームが勝てばよい、トラブル選手は功労者でも早く出て行って欲しいというその姿勢もいかがなものでしょうか。ここがMLBファンと異なる資質です。

■喉から手が出る程欲しいスーパーヒーロー

本読売会議に先立って行われました、常務担当役員の挨拶に続き、就任したばかりの販売局長の挨拶では、MLBで一躍スーパーヒーローとなった大谷翔平選手の二刀流が語られました。同氏は、これを参考に「営業力と宅配力の二刀流で読売流儀を進化させた『読売二刀流』を目指してほしい」と力説したところに注目した次第です

筆者は、この現場を仕切る局長クラスが「東京読売巨人軍の選手名を使わず、大谷翔平選手名を活用した事」は余ほど巨人軍には客を呼べる選手、監督が居ない事の嘆き節を露呈したと理解した次第です。ゆえに、休んでおられる長嶋茂雄氏をことあるごとに起こしてまで、公の場に出て頂いて今も尚嘗てのヒーローに手を貸して頂かなければならない状態であるという事なのです。中田選手狩りに伴う球団の正当性をフォローする為に駆り出された長嶋氏が哀れに思えてならないのは、筆者だけでしょうか。

球団は、ファン獲得とTV視聴率向上の為にも球団オペレイション及び現場に於かれましてはクリーンなイメージが必要です。その為にもクリーンなイメージは、背広組(球団フロント)、ユニフォーム組(テイーム現場)を問わず、欠く事の出来ない最低の倫理規範、商品であると思います。

読売新聞社社長であり、球団オーナーでもある山口氏には、1970年代後半に読売巨人軍球団と読売新聞社が引き起こした江川卓選手入団問題(プロ野球協約のドラフト制度目的に反する行為)から今日迄種々の類似する問題を引き起こし、球団、読売新聞社はダーテイーイメージを引きづって参っています。これらを山口氏の代で是非一掃して頂き、名実ともに日本で唯一の全国紙は、クリーンハンドのプロ野球球団を保有している事を門出にして頂きたく申し添えます。これを遂行しても、巨人軍が勝てる手法、手段はありますのでご心配なく。重要なのは「JusticeとFairness」をリスペクトする勇気です

■次なる獲物は何処に

読売新聞は、大学スポーツに目をつけ「箱根駅伝」名を読売新聞社自ら商標登録しこの利権を手中に収めました。片や、朝日新聞は、福岡国際マラソンを、毎日新聞社は琵琶湖国際マラソンを多分財政的に維持できなくなり放棄した様子です。

読売新聞は、朝日新聞毎日新聞フェイドアウトされると仮定して、次なるターゲットとして春の選抜高等学校野球大会、夏の全国高等学校野球選手権大会を手中にする事が事業計画の中枢に位置しているように思えてなりません

読者の皆様は、本春夏の高校野球大会が少子化による野球人口の減少から来る教育現場の統廃合の実態、自然の摂理(酷暑、災害)、スポーツの多様化、等々から現状での継続開催が今後危ぶまれている事はご承知の通りです。今後春夏を統合した甲子園高校野球大会の将来に付いての議論は、本来なら高校野球連盟が率先して未成年の生徒選手の健康と安全を教育的観点に立ち最優先するべきなのですが、此処に於いても利権、権力争いが絶えない事からあまり期待できない様子です。しかし、高校野球は、教育の一環として避けて通れないテーマなので機会を改めて述べさせて頂けましたら幸いです。

 

文責:河田弘道

スポーツ・アドミニストレイター

ポーツ特使(Emissary of the Sports)

紹介:Kファイル、KファイルNews Comment by Hiromichi Kawada

   Gfile「長嶋茂雄と黒衣の参謀」文芸春秋社 著 武田頼政

お知らせ:

NO.163,164は、如何でしたでしょうか。五輪後のインターミッションになりましたでしょうか。読者の皆様には重い課題と思案を与えてしまったのでしょうか。東京五輪は、コロナ蔓延下で強引に開催されました。そしてパラリンピックも終演した後、残されたのは燃え盛る疫病の更なる拡大と出口の見えない嘗ての日常生活を求めての希望のみです。東京五輪は、日本国民と社会に何をもたらしたのでしょうか。コロナを一時忘れさせてくれる清涼になりましたか。それにしては、4兆円の出費はワクチン、災害防止に使用していれば何人の日本人の命が救われたでしょうか。残念です。

 

KファイルNO.163: 新聞業界とスポーツ界の利害・利権の行方【Ⅰ】

KファイルNO.163: 新聞業界とスポーツ界の利害・利権の行方【Ⅰ】

無断転載禁止             毎月第二、第四木曜日掲載予定

読者からの便り

河田先生

いつもKファイルNews、Kファイルを拝読させて頂いています。

中田翔選手の件では、予測できてたとはいえ、日ハム球団、読売巨人軍双方の対応に失望を禁じえませんでした。原辰徳監督は、反社会的組織ともつながりがあり、不倫トラブルも揉み消してもらっている以上、ああするしか仕方ないのかもしれませんが、野球人として1社会人としてあまりにも指導者として情けないです。中田選手は、髭を剃って、髪を黒く染めていれば中身はなんでもよい、と宣言しているようなものですね。

読売球団、日ハム球団ともファンを自称する社会人の中には、このような協約破りをする球団に対してNOが言えるファンが居ないという事でしょうか。このような反社会的なやり取りを何も感じないのであればこれまた同罪であると思います。ファンが何も言わない、口を閉ざす不正義は異常でMLBでは考えられないです。真のファンなら自ら球団の不正行為を正すために無言の意思表示は、ゲーム観戦をボイコットする事で改まります。それが出来ないファンなら同じ類のレベルであると感じました。

今朝、こんな記事を見ました。4回13失点、指の皮が剥けた20歳の投手に「投げろ」…巨人二軍選手が恐れる阿部慎之助の“アベのムチ” | 文春オンライン (bunshun.jp)―

私は、いくら他の11球団も似たりよったりとはいえ、球界の盟主を名乗らないでほしいです。彼らは、育成の指針もなく、若手をつぶすばかりの現場、それを管理できないフロント、それでもお金が入るから改善する気もない。巨人がこうなら、よそも、高校野球も他の競技種目もそれに倣うだけ。僕らスポーツ医学を真剣に勉強してきた者にとっては、絶望しか感じない本邦のスポーツ界です。闇に光を当てて下さい。読者より (スポーツ医学を現場で実践するトレーナー)

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筆者からのご挨拶

2020年東京五輪は、延期にともない7月23日に開幕8月8日に終演いたしました。この度の東京五輪は、読者の皆様にKファイル、KファイルNewsを通して沢山の情報を2013年の招致活動の歩みから今日迄提供させて頂きましたので、ある程度の知識を持たれていた事とお察し致します。

IOC、日本政府、東京都、東京五輪組織委員会JOC、等が数々の不手際とスキャンダルを抱えての此の度の開催でした。それに加えてCOVID-19の蔓延にともない五輪開催が1年延期と相まって、最後の最後まで東京五輪の「開催か中止」が叫ばれ日本国民、社会を分断する事となりました。

本来は、開催ホスト都市の東京都と運営を委託された東京五輪パラリンピック組織委員会(略:TOCOPG)は、責任のある運営・管理を遂行するべき公益財団法人でありました。しかし、組織委員会内は、森喜朗会長下での不祥事、及び内部関係者の怠慢、不手際、不心得が原因で辞任、解雇、契約破棄、等々を繰り返す度により一段と組織・団体の体をなさなくなりました。

その結果実質的に東京五輪のイニシアチブは、何と日本政府の内閣府がリーダーシップを取り、前内閣総理大臣安倍晋三氏が推進してきた本東京五輪そして延期後を現菅義偉首相が口出し指揮を取り始め、名実ともに東京五輪は「政治家による政治家の為の五輪開催プロゼクト」と歯切れの悪い大会に相成った次第です。しかし、あれだけ選挙公約でコンパクトな東京五輪と予算のカットを声高に当選されたホスト役の小池百合子都知事は、途中から借りてきた猫の様な状態になったのは何か内閣関係者との間で身動きの取れない事態となり、取引に屈した節があったと思われる態度が最後まで見うけられ、口先だけの有言不実行な政治家である事を強く印象付け露呈した次第であります。

東京五輪に参加した国内選手達は、1年延期を余儀なくされても与えられた環境下で最善を尽くし東京五輪で競技をしたいという選手本来の本懐を遂げられたことは大変喜ばしい事でした片や、海外の参加選手には、その多くが各国異なる疫病下の環境事情の中で十分なトレーニング、コンデイショニングが整わない状況下での参加であった事、また最後まで参加国数、参加選手数の発表と告知さえもIOC、TOCOPGが出来なかった事は、東京五輪組織委員会IOCが隠蔽体質で禍根を残した不幸な大会となったのも事実でした

東京オリンピック大会は、この度の不自然な環境と状態の中で「」の幕を下ろしました。日本国民・社会に残された東京五輪と言う満たされなかった空虚感を大半の国民は味わっているのでないかと思われます。日本政府は、最初から最後まで強引且つアンフェアーで不正を伴う東京五輪開催を強行して参りました。

我々国民には、一体何が残ったのでしょうか。総経費4兆円であり、報道されている1兆7600億円の数字は、大会組織委員会の何を持っての数値を集約した金額を述べているのか非常に紛らわしい報道で在ります。東京五輪招致委員会は、国民・社会、世界に対してお約束した総予算は7000憶円でした。

本大会開催プロゼクトにつぎ込んだ大半は、国民、都民の税金であった事からも誰が何にこの血税を湯水のように使ったのかを「正義と公正」の名の下で明らかにし、誠実に全国民が理解できる方法で分かりやすく公開する義務と責任が、日本政府、東京都、公益財団法人東京五輪組織委員会JOCに求められます

これに付いては、もうすでに政府関係者、組織委員執行部関係者、等が重要書類の改ざん、焼却、自身の責務を離脱する準備をされているかの様子が伺えます。近年我が国では、横文字のコンプライアンス、ガバナンス等が流行語の如く声高に叫ばれていますが、この用語が理解、実行出来ていない事をこの度の東京五輪の運営・管理に於いて証明されたようです。

此の国には、「JusticeとFairness」は期待できないのかも知れません。我々国民と社会は、この結末を見守る事と大事なのは積極的に知る権利と彼らの職責、責務の所在を明らかにさせる事、またマスメデイアは国民に情報公開する義務と使命があると思います。海外マスメデイアから日本国民は、羊の群れと揶揄発信されるのは屈辱的です。国内大手マスメデイアには、真のジャーナリストが居るのか、それともジャーナリズムも死に体なのか証明できるか否かの機会を与えて下さっているので期待致しております。 

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目次

読者からの便り

筆者からのご挨拶

KファイルNO.163: 新聞業界とスポーツ界の利害・利権の行方【Ⅰ】

お知らせ

切羽詰まった新聞各社の経営実態

Ⅰ. 紙媒体の生き残りをかけた戦い

       新情報機器に乗り遅れた新聞業界

      ■業界の栄枯盛衰も自然の摂理か

      ■押し紙問題とは

  筆者の素朴な私見

 

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2021年8月26日木曜日            公開

KファイルNO.163: 新聞業界とスポーツ界の利害・利権の行方【Ⅰ】

無断転載禁止

お知らせ

多くの皆様は、猛暑の中COVID-19のデルタ株の蔓延する中、出口の見えない不安な日常を過ごされている事とお察し申し上げます。

Kファイルは、東京五輪延期にともない1年間の空白を余儀なくされましたので読者の皆様には本東京五輪をリマインドして頂く為にNO.152から162迄時々刻々と変化する五輪関連の話題と問題を加味しながら情報と知識を紹介、提供させて頂きました。そしてその中で近年の五輪に大きく関わっている日本企業の広告代理店電通が如何にしてIOC国際オリンピック委員会)、東京五輪に関わっているかの原点をKファイルNO.162迄述べさせて頂いております。まだ広告代理店電通がどの様にしてスポーツビジネス界に参入して今日に至ったかの後編は、今秋から再度暫く連載できれば幸いです。

此の度のKファイルNO.163は、東京五輪も終演したことから国内のマスメデイア事情とスポーツ事業(スポーツビジネス)の変革期の到来に付いてある根拠を元に触れさせて頂き今後の国内に於けるスポーツ・アドミニストレイションの動向を筆者のスポーツ・アドミニストレイターの視点で述べさせて頂ければ幸いです。ご興味がございましたらご笑読下さい。

先ず本編は、日本最大の発行部数を自負する読売新聞社が、朝日新聞社毎日新聞社産経新聞社、日本経済新聞社の経営とその将来をどの様に分析し、彼らが生き残りをかけて何を目論んでいるかを筆者のスポーツ・アドミニストレイションの視点で述べさせて頂きます。今後新聞各社が現在まで主催、共済、後援という名の元で各種競技スポーツを新聞の拡販を目的にした事業が、今後各社の主力ビジネスの急激な変化に伴い、どのような事業展開に至りどのような変革を起すかに付きまして、ここでは、筆者の私見を交えながら展開して行けたらと願う次第であります。読者個々の皆様の思考と異なるかと思われますが、そのような創造(クリエイテイブ)の世界もあるのだなと心の片隅に知識を付与して頂けばこれ以上ない喜びであります。此の度は、その礎をなす新聞社の現状から先ず理解して戴きたく思います。

 

切羽詰まった新聞各社の経営実態

Ⅰ. 紙媒体の生き残りをかけた戦い

新情報機器に乗り遅れた新聞業界

■業界の栄枯盛衰も自然の摂理か

自社の不動産を切り崩し自社経営損失補填に充てているというまことしやかな噂が巷に流布しています今日の新聞社業界であります。

近年特に、新聞購読者の激減は、既存の事実として隠しようのない現実を新聞各社は、真摯に受け止めているようです。しかし、この事実は、新聞各社にとって最大の問題と危機である事を読者の皆様も耳に挟んだことがあるに違いありません。

近年特に雑音が拡散されているのは、読売新聞社朝日新聞社が自社の保有する不動産を切り売りしながら新聞社本体の赤字補填に充当しているとの噂が、聞こえてくる時代が訪れる事など嘗て誰が想像したことでしょうか。しかし、売却する不動産を持ち合わせていない新聞社は、瀕死の状態であるという噂もよく理解できます。

近年の顕著な実態として、筆者が実感するのは、長年早朝午前4時前後になると新聞配達のバイクがけたたましい音を立てて各家庭のポストに朝刊を入れる音が、町内に夜明けの訪れを告げてくれていました。しかし、もうここ二十数年前からバイクの音が単数になり、ポストに入れた後そのバイクの音は隣近所に寄らず遠くに消えていく実態を実感しています。

丁度筆者が東京読売ジャイアンツに在籍していましたころは、確か渡辺恒雄社長、会長から我が社は、1000万部を誇る世界最大のマスメデイアであると得意そうに常に演壇で豪語されていたのを思い出します。そして朝日新聞は、当時700万部と言われていた時代です。しかし、これは、印刷された部数であり販売された真の部数であったか否かは、後に知ることになるのです。もうこの数字を今日業界関係者の中で信じて語る人も居なくなったのは事実です。

押し紙問題とは

その後、業界では、「押し紙問題」が社会問題となった事を皆様も記憶に新しいのではないでしょうか。新聞業界において、新聞の発行部数(印刷部数)を増刷させるため販売店にノルマを押し付け、公表される発行部数は増えるが、実際にはその全部数は購読されていないという疑惑・問題を指すのがこの押し紙用語です。即ち、新聞社が印刷部数を処理する為に各販売店に振り分け配送し、販売店が販売した残りの部数を新聞社に返却するという手法を意味しています。この不必要な新聞は、毎日膨大な部数に及んでいるのです。これは、毎日起きている販売店に取っては非効率的な新聞社から販売店への手法とその作業なのです。

この問題は、新聞社の一方的な押しつけが各新聞販売店にかかるため、販売店は、耐えきれず販売店主が法廷闘争に持ち込んだことがきっかけとなり、国民・社会に知れ渡った次第でした。そこで公正取引委員会は「独占禁止法に基づく厳正な対処」を表明し、後に先ず新聞社に注意を与えたようです。そしてこの闘争は今尚続いているようです。

それでは何故押し紙までして新聞社は、販売店に無理難題を押し付けようとするのかその理由は、新聞社の生命線は発行部数を拡販したいことなので

読者の皆様も既にお気づきの事と思われますが、新聞社の営業利益は読者の購読料が主たる収入源でありました。嘗ての購読者は、激減し経営維持が出来なくなってしまっているのです。その為、社の営業収入を他の事業収入に頼らざるを得なくなっている事です。その伝統的な事業収入が新聞広告と折込チラシ広告なのです。

しかし、これも新聞の拡販在っての収入源で、今日紙面に多くの広告宣伝のページが割かれ、折込チラシが毎朝雑誌一冊分挟まれている次第です。よって、発行部数が購読料金に大きく跳ね返り、部数により広告料金、折込チラシの料金が設定されているのです。これは、丁度TVの視聴率とCM料金の設定に酷似と申し上げた方が理解し易いでしょうか。

そこで新聞社は、いつまで経っても1000万部、700万部発行を言い続けたい根拠がここにあるようです。これらの部数は、いまじゃもう見れない夢となってしまっているのです。そこで大手新聞社は、新聞拡販の限界を知りそれによる広告料金の限界を認識した結果、次なる事業(ビジネス)展開を模索する中で結論に達したのが、読売新聞の基本方針であったと筆者は推論致した次第です

Kファイルの読者の皆様の中には、背もたれのある心地よい椅子に腰かけて、朝刊を手に取って、一ページずつゆっくり目を通すそんな一時を過ごされている方がどれ程いらっしゃるでしょうか。これは、もう過去の思い出で記憶からも去ったかもしれません。

筆者の素朴な私見

筆者の専門分野でありますスポーツ・アドミニストレイションに於いては、特にテイームスポーツのようなプロ野球の経営、運営、管理では競争相手を削除する事は経営が成立しない事を意味します。ボールゲームの競技スポーツの特徴は、常に対戦相手が不可欠なのです。そして、その参加する球団を組織する為には、団体を形成しなければなりません。その団体には、各球団が「Justice&Fairness」を維持する為協約、規則が不可欠となります。人は、約束を破る動物である事を前提でルール、罰則を明文化しているのです(これは、欧米型合理主義から)。プロの競技スポーツは、この約束事が担保されて初めて「共存共栄」の理念が維持されるのです

しかし、これを遵守させる為には、連邦保安官最高裁判事が不可欠なのです。これが機能しなければ、このマーケットは、無法地帯(Out of Law)と化し、弱肉強食となり協約、規則は無意味となるのです。日本プロ野球界の場合は、コミッショナーでありコミッショナー事務局長、各球団オーナー会議がこれに当るのです。

この度の様な日本ハム球団の4番打者が、テイームメイトに暴力をふるい球団は、その選手に対してプロ野球協約の条文を持ち出し、球団経営者自らが協約違反に当たることを認めたのでした。これは刑事事件も視野に入れた一大問題なのです。その舌も乾かぬ間に日本ハム球団と東京読売球団との間で裏取引を行い業界のコンプライアンス、ガバナンスを無視した行為が白昼堂々と起こした新たな事件でした。暴力を起した選手を引き取り発表、即登録、出場と自軍で即戦力として使い、長嶋茂雄名誉監督が片棒担いでいるかに見せかけ、マスメデイアを活用して美談で終わらせるという手法は、プロ野球を夢見て励む青少年達の教育的観点に於いて、大人は如何に説明できるのでしょうか

これが日本球界では罷り通ってしまうのです。東京読売巨人軍は、既に球界の盟主、紳士としての看板と純血主義を降ろして、競争相手の主力を手に入れ、他国籍軍で勝利を勝ち取る方が育てるより、手っ取り早い方法を選ぶことにしたのです。これを遂行する為には、コミッショナー及びコミッショナー事務局までも巻き込んだ手荒な手段を選択されたのかも知れません。コミッショナー、事務局長(元読売新聞社運動部所属)は、どの様な正当性を持って黙認されたのでしょうか。まさか1970年代の「空白の一日」論理を思い出したでは、説得力に欠けるでしょう。

以上第一弾とさせて頂きます。

次回は、第二弾「檄を飛ばす山口寿一氏」のスポーツ事業戦略を新聞拡販戦略より推論させて頂きます(山口氏は、読売新聞グループ本社代表取締役社長、読売新聞東京本社代表取締役東京読売巨人軍オーナー、等々と読売グループの頂点に立つ人物)

 

文責:河田弘道

スポーツ・アドミニストレイター

ポーツ特使(Emissary of the Sports)

紹介:Kファイル、KファイルNews Comment by Hiromichi Kawada

   G‐file「長嶋茂雄と黒衣の参謀」文芸春秋社 著 武田頼政

お知らせ:Kファイルでは、7月より新たにKファイルNews、 Comment by Hiromichi Kawadaを時事の話題からFacebookTwitterに投稿を始めました。お陰様でTwitterへのアクセスは、毎月160000回を超えています。此れも読者の皆様が興味を持って下さる一つの証であるとポジテイブに捉えています。まだお気付きでない皆様には、機会がありましたら是非FacebookTwitterを覗いてくだされば幸いです

KファイルNO.162: 広告電通をスポーツ電通に変革したサムライ達

KファイルNO.162: 広告電通をスポーツ電通に変革したサムライ達

無断転載禁止              毎週第二、第四木曜日掲載予定

2020東京五輪開幕

開催・中止と何れも根拠無きなだれ込み開催

2020東京五輪パラリンピック組織委員会(略:TOCOPG)は、開催都市の東京都と国際オリンピック委員会(略:IOC)、日本オリンピック委員会(略:JOC)の委託を受けた公益財団法人として2015年1月に設立発足されました公益財団法人TOCOPGは、同競技大会の準備及び運営に関する事業・業務を取り行うことをその目的としています。

JOCは、元来国際オリンピック委員会(略:IOC)の下部組織・団体であり、日本国内に於けるオリンピックに関する事業と業務をIOCから委託された団体です。またIOCは、開催都市東京都が契約の責務を履行できない場合の補償(主に財政面)として日本政府にその責任の所在を担保させるため契約書に署名させている次第です。

TOCOPGは、設立と同時に広告代理店電通と国内に於ける企業スポンサーを集める事を主たる目的で随意契約を交わしている事です。その内容については、公益財団法人であるにも関わらず情報公開が十分になされていない事です。これにより招致決定から今日迄8年間に起きている数々の事業運営、管理問題、スキャンダルは、この隠蔽された組織委員会電通間に於いて執り行われてる下請け事業に関する不透明な契約に起因しているのではないかと言わざるを得ないようです。

そこで森喜朗前会長(橋本聖子現会長)、武藤敏郎事務総長兼副会長(元大蔵省官僚)、山下泰裕副会長兼JOC会長、日本政府の前安倍首相(現菅首相)、五輪担当相、内閣五輪担当役人達は、起きる全ての問題に対する根拠ある説明が出来ないのはこの隠蔽された電通との契約にあるかにお見受けします。勿論、東京都は蚊帳の外なのかも知れません。

IOCは、広告代理店電通をオフィシャルビジネスパートナーとして契約を直接結びIOCのスポンサー契約に関するエイゼントであります。

TOCOPG、JOC、前招致委員会は、2013年の東京五輪招致決定以前から今日迄、数えきれない程の未解決のスキャンダル、問題を抱えたまま今日に至っています。その理由は、電通との共同運営・作業が裏舞台で行われている様子が伺えます。この事からも日本のTV・マスメデイアは、広告電通への忖度が強く働くので、TOCOPGに対して情報公開を求められず、海外マスメデイアの影響力に委ねるしか手段、方法が無いのがその証なのかも知れません。

読者の皆様は、ご承知の通り開会式の前日まで次から次と隠されていた問題がスキャンダルとして内外に告知し続けているのが東京五輪組織委員会の特徴でないかと思われます。これらの問題を引き起こす最大の要因は、本大会招致に関する「大義」の欠落に伴う「理念」が伴わない事に起因する組織の構造的な問題であると筆者は確信致しております

その証としては、今日迄重要な問題、スキャンダルが起きても誰もがその責任の所在を明確にしない隠蔽体質がその根拠といえるでしょう。これらの問題の根拠には、組織委員会は名ばかりで実質業務は電通とその各子会社に丸投げ状態であるところが大であるので、事件、事故が起きても詳細を把握できていないのでないかと思われます。会長、事務総長が広報役を務めても説明も出来ないのが実態でないかと思われます。

そうでないならば、組織委員会電通、及びその各子会社との間に業務委託契約書が公益財団法人として存在する筈なので情報公開すればそれで済む問題です。しかし、それが出来ないのは出せない何か陰湿な「随意契約」がなされている様子が伺えます。五輪後、これら重要書類は、長野五輪同様に焼却処分されません事を願う次第です

一例として、日本全国に疫病が蔓延しているさなか、電通の子会社が仕立てた数台の五輪スポンサーの宣伝看板を貼り付けたトレイラーが五輪の聖火リレーと称する名のもとに公道を貸し切りで行進する滑稽な様子をご覧になられたと思われます。あのような危険極まりない行為に対しても誰もNOが言えない約束事が出来上がっているからなのです。

今後は、今まで以上な問題と決定的なスキャンダルが「汚れた地下水が湧き出るが如く吹き出して来るかも知れない」と思えてならないのは筆者だけでしょうか。選手や関係者達が事故無く安全にそれぞれの故郷に帰国できる事を心より祈念致しております。

現在2020東京五輪は、COVID-19の影響のため1年延期し、2021年7月23日に開催され開会式を終え、無観客で競技がスタートしている次第です。 

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目次

84ロス五輪プロゼクトはスポーツ電通の生誕

1.電通マン魂を持った仕事人とそのお側用人

  ■今日のスポーツ電通を築いた真の侍達

2.電通最前線部隊の存在と特攻精神

  ■ジミー・福崎氏の存在と人柄

  ■服部庸一氏の人柄

  ■ジミー・福崎氏の人となりと立ち位置

3.日系二世の重要な後ろ盾が橋渡しを

  ■勝負の切り札的な人物を味方に

  ■F・和田氏が電通を信頼したのはJ・福崎氏の努力の賜物

 

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KファイルNO.162: 広告電通をスポーツ電通へと導いたサムライ達

無断転載禁止

84ロス五輪プロゼクトはスポーツ電通

生誕

1.電通マン魂を持った仕事人とそのお側用人

■今日のスポーツ電通を築いた真の侍達

それまで縁もゆかりも無かったP・ユベロス氏(LAOOC会長)に電通は、如何にして接触できたのかに付いて、読者の皆さんの興味にお応えしなければなりません。

元来、電通と84ロス五輪組織委員会・会長のP・ユベロス氏との間には、何の接点も関係も持ち合わせていなかった事に付いて嘗てKファイルで触れました。よって、本プロゼクトの作業は、電通側に取っても白紙からのスタートで在ったと申し上げて過言でありません。

先ず電通側の本プロゼクトの最前線の責任者であり、プロデユーサーは、服部庸一氏で在りました。服部氏は、本企画プロゼクトの責任者に突然なった訳ではありません。同氏は、ここに至るまでの長い実践キャリアと実績がありました

 服部氏は、音楽の才能が豊かで、プロ顔負けの声量の持ち主で在ったとうかがって言います。大学時代から仲間たちとジャズバンドを結成、演奏活動をしていた事は、以前ご紹介申し上げた記憶があります。そして、この戦後間もない時代彼はジャズバンド(名称:ハワイアンバンド)によってその後の人生と人間関係を広める大きなツールとなるのです。当時バンド時代には、座間の進駐軍(米軍キャンプ)にまで出かけて行って演奏活動をしていたようですが、そこで駐留兵士達のために、米国本土からタレント、歌手達を招聘、プロデユース担当をしていた日系人と出会います。この出会いが、服部氏のその後に大きな変化と電通にスポーツビジネス世界の扉を開ける事になるとは、勿論当時は本人も想像もできなかった事でしょう。この出来事を読者の皆さんは、是非記憶して置いて下さい。

大学卒業後、服部氏は、縁あって電通に就職します。そこで彼はまた、趣味で在り得意の音楽で水を得た魚の如く、道を切り開いて行くのです。此処では、筆者が音楽界及びその知識には疎いため、音楽事業における功績は割愛させて頂きます。しかし、彼のキャリアの中でも筆者が輝かしいと思ったのは、当時大阪万博や沖縄海洋博でプロデユーサーを手掛けられ、成功を収められた事です。このような話題になりますと、服部氏と夜が更けるのを忘れてロスのホテルで話し込んだ懐かしい記憶が蘇ります

服部氏は、当時の電通社員特有な傲慢で誰に対しても上から目線の社員とは異なり、人当たりがよく、ソフトで、人の話に耳も傾けるタイプでした。特に彼の経験の少ないスポーツ界の話題には、ことのほか好奇心が旺盛な方でした。私の個人的な印象では、本当に電通マンとは思えない程、物腰が低く温和な雰囲気の方でした。しかし、時々見せる鋭い眼光の奥からは、この業界世界で生きる人間特有の臭覚と鼓動をビンビンと肌で感じ取れました。

大先輩に対して大変僭越ですが、私は同氏と即意気投合して何十年も昔からの信頼できる友のような親しみを覚えた記憶が今も色濃く残っております。彼は、決して深酒をせず興味ありと思った人に対して目線を外さず耳は鋭く開いているタイプでありました。多分当時、P・ユベロス氏との契約の見通しにメドが付き、あの日はホッとされた夜だったので舌も滑らかだったのかも知れません。勿論、彼の成功には、電通という巨大な看板が後ろ盾となっていた事は語るまでもありません。

2.電通最前線部隊の存在と特攻精神

ジミー・福崎氏の存在と人柄

服部氏については、如何に実績のある辣腕プロデユーサーと云えどもそれは日本国内での事であり、彼一人では、何も出来ない事を百も承知であったようです。

そこで、彼は、学生時代から旧知の中であった、そして当時は座間キャンプからロサンゼルスに戻っていたジミー・福崎氏にコンタクトしたのです。そこでの服部氏の福崎氏への期待は、何とかしてLAOOC会長のP・ユベロス氏に服部氏自身が直接会える可能性を模索し、そしてその方法、手段を探すことを頼み込んだ様です。

服部氏の側でいつも控え目に同席し、物静かに含み笑いを浮かべている長身の日系人のおじさんがいつも座っていたのが先ず大変印象的でした。何も知らない観光客がその光景を見たなら、ホテルのロビーの片隅で東洋系マフィアのボスに寄り添うボデイーガードと誤解されそうな光景でした。そのおじさんこそが、今日世界のスポーツ電通の礎を構築した服部氏の陰で心血を注いだ日系二世のジミー・福崎氏その人であったのです。

ジミー・福崎氏は、電通の本プロゼクトの担当責任者の服部庸一氏と一心同体で、P・ユベロス氏に如何にして服部氏を会わせる事ができるかのリサーチから始めた人物です。ここで、本論に突入する前にジミー氏と服部氏(電通)の関係に付いて先ずは、整理をして置きましょう。これは、当時私がロサンゼルスでお会いしたころに彼らから教えて頂いた記憶を基にご紹介させて頂きます。

このジミー氏なくしては、如何に辣腕の服部氏でもこのBIGスポーツ・ビジネスプロゼクトをまとめ上げる事は、不可能に近かったと私は、今もそう確信しています。服部氏は、どこでこのジミー氏と出会ったのかと不思議でしたので、ある日、ジミー氏が休日にロスの私邸に小生を招いて下さった時にお茶(アメリカンコーヒー)を頂きながら雑談の中でストレートにお聞きしました。それは、何とあの座間の進駐軍の駐留兵士への慰問招聘のマネージメントをしていた時に服部さんのジャズバンドとの出会いから始まった事が判り、漸く点が線で繋がった訳です。

服部庸一氏の人柄

以前にも述べましたが、服部氏は、電通人とは全く異なるタイプでしたので最初の出会いから大変好感を持ちましたが、ジミー氏の話を聞くにつけて、彼の人柄と温かさ、そして責任感とまるで電通マンのイメージとは対極の人物であったことを確信しました。彼は、決して私に対しても見下した言動態度を取らず、高圧的で肩で風切る仕種もしない本当に優しい方でした。

このような事を十二分に理解しているジミーさんは、服部さんには全幅の信頼を寄せ、服部氏も電通という組織から外部に位置するジミー氏を最後の最後まで守られている様子が服部氏の言動と物腰からも見て取れました。このように服部・ジミー福崎コンビは、お互いにリスペクトし合い、厚い信頼と強い絆が在って、一大プロゼクトに挑んでいたのだとも思います。

服部氏は、丁度私が西武・国土計画で堤義明社長秘書としてお世話になっていた時に出会った当時の西武ライオンズ監督、根本陸男氏に風貌、物腰、言葉使い、眼差しと大変酷似していたところもありました。しかし、根本氏の問題の処理、解決方法は、服部氏と比べると異質でした。勿論、人間として本質的な部分は、生まれも育ちも人間関係も異なりますので、あくまでも表面的な物腰の部分が似ていると申し上げます。

ジミー・福崎氏の人となりと立ち位置

筆者は、ジミー・福崎氏の事はロスの日系人コミュニテイーのスポークスマン達から事前に知識を頂いていましたので、お会いする前にある程度のイメージは整っていたと思います。

それは、ロス日系社会には、古き良き親友達が沢山いますので、必要な情報には事欠きませんでした。ジミー・福崎氏は、日本人気質をよく理解し、日本流のビジネスコンセプトを理解していた方でした。彼は、最初は電通の本プロゼクトの責任者であった服部庸一氏の通訳として、次にコーデイネーター(調整役)として、そして遂にはネゴシエーター(交渉人)として電通側の立ち位置で服部氏の分身として活躍された重要な役割を担った中心人物の1人です。即ち、服部氏のシャドーマン【影の人】の存在だったのです。その証として、ジミー氏の存在は殆ど今日も本件に関して電通内に置いても、ましてや外部に置いて語られることなど耳にしたことがありませんでした。

服部氏は、米国人が同席する場所では一度も英語での会話を聞いたことはありませんでした。同氏は、米国人との会話に於いてもジミー氏が丁重に通訳をされていました。勿論、挨拶時には、こんにちは、有難う。またお会いしましょう。等は、英語で会話されていたのを記憶しております。

服部庸一氏を電通の本プロゼクトの仕掛け人としますとこのジミー・福崎氏は常に側に居て陰で支える参謀とあえて申し上げる事に致します。この二人の関係は、後の私の東京読売巨人軍時代の長嶋茂雄氏と小生の関係とは、最終的には異なっていたように思います

ジミー氏は、服部氏をP・ユベロス氏に会わせる為のアレンジメント、そして交渉、契約と完璧な黒子に徹した人物でした。私がこの方に初めて会ったのは、小職が丁度堤義明社長(西武・国土計画)の野球担当秘書としてロスの日系人スポークスマン達を訪問していた時期でした。それは、また時を同じくLAOOCと電通の間で略交渉、契約の見通しが付いた頃であったと記憶しています。彼のロスのご自宅に招かれ、休日に美味しいお茶を頂きながら数々の世間話をして下さった事は、その後の私の人生にどれ程貴重で価値ある財産になったか計り知れませんし、今も深く感謝申し上げております。

3.日系二世の重要な後ろ盾が橋渡しを

勝負の切り札的な人物を味方に

ジミー・福崎氏は、服部氏から依頼を受けた当時、P・ユベロス氏とは、何の面識も関係も無くしばし努力はするが確信は持てなかったようでした。 しかし、彼は、LAOOCのメンバーの中に日系人オピニオンリーダー的存在のでもあり、米国西海岸に於ける日系人社会の成功者の1人として、その社会では絶大な信頼と尊敬の念を持たれていたフレッド・勇・和田氏(日系2世)がいる事に気付いたのです。

和田氏は、2世として数々の功績をご自身の血のにじむような努力で勝ち取られて来られた方でした。筆者と同氏とはロス日系人社会の著名なご家族と小生が親しかった関係で、パーテイーでご紹介を受け、それ以降何度か会食の機会をいただきました。お会いする度に若輩の小生に「頑張りなさい」と声を掛けていただき、苦労話や、日本人でありながらの日本人との人間関係の難しさ、日本のスポーツとの関わり、等を本当に親身になって指導下さりました。この会話の中には、森喜朗氏がご迷惑をお掛けしたことのお話がいまだ記憶に残っていますが、私自身当時より森氏とはご縁がありませんので気にもしていませんでした同氏に付きましては、また機会がありましたら、如何に素晴らしい人間味溢れる方であったかのエピソードをご紹介出来たらと思います。

このような事があった後に、私は、親友日系人の一人から「フレッドがP・ユベロス氏に電通を紹介してあげたんですよ」という話を伺ったので、服部氏、ジミー氏とその後お会いして話をお聞きする時には、何か不思議な人間関係や、ご縁の大事さを肌で感じずにはいられませんでした。勿論、服部、ジミー両氏は、小生が既に日系人から真の情報を得ていたと知る由もありませんでした。

ジミー氏は、服部氏からのたってのお願いを断る事はできず、どのようにして先ず自身がP・ユベロス氏に関する情報を収集するか、どうしたらフレッド・和田氏に近づき、親友服部氏の望みを伝え、協力が得られるかを、暫くの間、入念に思案したとのことでした。

ロサンゼルスの日系人コミュニテイーは、広域で当時は確かリトル東京日本文化会館を建設する話題と資金集めにコミュニテイーのリーダー達が心血を注ぎ活動し、着工していた時期であったと記憶しております。本コミュニテイーも日本の社会同様に幾つもの勢力、派閥が融合する社会を形成していますので、リーダーの1人の和田氏、親友ご家族からいろいろと巷の話をお聞きする事は、自身の見聞を広め、人間関係の難しさを学ぶ大切な機会となりました。

ジミー氏の結論は、日系人社会で確固たる実績を持たれ、日本のスポーツ界にも深く通じ、そして何よりもP・ユベロス氏の委員会の重鎮としても迎えられ、日系人である事から電通(服部庸一)を紹介してもらうのにフレッド・和田氏がうってつけの人物だと結論に至ったようです。

■F・和田氏が電通を信頼したのはJ・福崎氏の努力の賜物

勿論、ジミー・福崎氏は、電通の為に一肌二肌脱ぐのでなく、自分に声を掛けてきた親友の服部庸一氏の為に、服部氏にクレデイットを得て欲しいがために引き受けたのだろうと、その後服部氏との強固な信頼の絆を目の当たりにしながら、肌で感じた次第です。ジミー氏は、既に多くの日本人が失っている義理人情を大変大事にされているようでした。特に日系二世には、当時彼のような義理堅い道徳観念を両親から教育され日本人の誇りとして受け継いでいる方々が沢山いらっしゃいました。近年の我が国の政治家、スポーツ関係者には、是非日系二世の方々が大事にされている日本人のよき道徳観念を忘れないで欲しいと願う次第です。

ようやくジミー氏の準備が整いました。和田氏のロス自宅を目して服部氏と向かいます。いよいよ戦略に沿った手順で電通ロス五輪プロゼクト(ロス電通支局)の最前線部隊が突入を敢行するのです。ジミー氏は、部隊の工作員として相手方の懐に入り、地ならしを完了していました。そのため、表の参謀が仁義を切りに訪問した時には、既にジミー氏から本件のイントロダクション(日本的には、根回し)は和田氏に伝わっており、当日は服部氏の挨拶、本論を確認した後、快くP・ユベロス氏にご紹介して下さることと相成ったのです。

 

文責:河田弘道

スポーツ・アドミニストレーター

スポーツ特使(Emissary of the Sports)

紹介:G file「長嶋茂雄と黒衣の参謀」文芸春秋社 著武田頼政

 お知らせ:次回Kファイルは、和田氏を味方に付けP・ユベロス氏への橋がかかり、双方の思惑が進行する中、新たなBIGプロゼクトに参戦しなければならない事態が発生するのです。

KファイルNO.161:特別寄稿 トップアスリートを支えるPNF手技

KファイルNO.161:特別寄稿 トップアスリートを支えるPNF手技

無断転載禁止             毎月第二、第四木曜日公開予定

筆者からのお知らせ

本KファイルNO.161 特別寄稿は、此の度東京五輪代表選手団の主将、副主将に選ばれました山縣亮太選手(男子100メートル陸上競技)と石川佳純選手(女子卓球競技)二人を陰で支えて来られた市川繁之氏(PT、PNF)を読者の皆様に異なる視点と角度からご紹介させて頂こうと思います。

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目次

KファイルNO.161:特別寄稿 トップアスリートを支えるPNF手技

怪我と闘うトップ競技者達の駆け込み寺

PNF工房はレースカーのピットの役目か

はじめに

     ■筆者の視点

     ■市川繁之氏とは

     ■Physical Therapist(略:PT=理学療法士)とは

     ■PNFとは 

     ■筆者のPNFに関する理解

     ■市川氏の指摘~

市川氏を球団コンデイショング担当に迎える

市川繁之氏のプロフィール紹介

 

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2021年7月15日木曜日            公開

無断転載禁止               毎月第二、第四木曜日公開予定

KファイルNO.161:特別寄稿 トップアスリートを支えるPNF手技

怪我と闘うトップ競技者達の駆け込み寺

PNF工房はレースカーのピットの役目か

はじめに

日本オリンピック委員会(JOC)は、7月6日、東京五輪日本選手団の結団式と壮行会を行うにあたり、主将は陸上男子の山県亮太選手と副主将は卓球女子の石川佳純選手を指名し発表しました。

此の度のKファイル特別寄稿は、2020東京五輪に代表として出場が決定しました陸上競技100メートル男子の山縣亨太選手(29、セイコー所属)と卓球女子の石川佳純選手(28、全農所属)の結果に対して心よりお喜び申し上げます

そして五輪全選手団の主将と副主将として大役を任された事は、これまたこの上ない重責と光栄な生涯の勲章であると思います。また、この両選手の共通する点は、日ごろの自身の努力に加えて、怪我による長年の苦しみとの戦いの中から最後の駆け込み寺を見つけて駆けこんだ先が同じ優秀な信頼できるスポーツ医科学の第一人者であった事です。これは、日ごろの努力と苦しみを観察されていた天の神様が市川氏に導いて下さったのかも知れません。筆者は、このような各種競技選手達を沢山見て参りましたのでこの二人も何かデステイニー(Destiny)を感じずにはいられません。

筆者の視点

日本の競技スポーツ界では、何故か競技選手は日ごろ縁の下でサポートして頂いている大切な裏方さんを、目的、目標に達しても全く公に紹介したり感謝の意を公表したりされない伝統的な習慣があります。これは、スポーツ、競技スポーツを通しての人間教育の問題なのか、或いは選手が所属する教育機関の指導者、企業、組織・団体、或いはマネージメント会社の利害と利権により隠蔽したがる理由がよく理解出来ません。これでは、競技選手自らが人としての礼儀を否定し価値評価を下げている事を周辺も理解出来ていないのでしょうか。読者の皆様は如何でしょうか。

海外の選手達は、全く屈託のない表情で自分をサポートして下さっている指導者、トレイナー、医師、等の方々を公の場で自然に感謝の意として「Thank You、、誰それ」と実名で称える事で自らも称えられるのですが、日本では何か他意を感じます。これらは、ただ文化の違いとして理解、片付けるには余りにも寂し過ぎませんでしょうか。

筆者は、長年このように本来表に出して当然の方々が何か隠されているようで暗いイメージから脱却できていない事は残念に思います。読者の皆様は、成果とその結果を出される選手達を支え導かれているその方々の存在、お名前に興味はございませんか。

選手達は、ピークを過ぎるころから常に故障、怪我に悩まされます。そして、その苦悩との戦いの下で潰れないで更なる成長を遂げる選手もいるのです。しかし、そのような選手は、本当にまれです。彼らは、専門家の手を借りていると申し上げて過言でありません。決して自分だけで勝ち得た成果と結果ではありません。

■市川繁之氏とは

駆け込み寺の主人は、西洋医科学に精通しその推移を集めたPNF理論が選手達の身体能力を怪我から復帰させ、より進化させ競技者の潜在能力を引き出され成果と結果に導かれたコンデイショニングの専門家であった事です。

この二人がこの度の東京五輪全選手団の主将、副主将を務められる事は、これまた手を差し伸べて下さった市川繁之氏も喜ばれている事と思います。両選手の陰では、コンデイショニングのスペシャリストとして静かに粘り強く支えて来られた市川繁之氏(PT、PNF)の存在無くして語れない事をご紹介致します。

同氏の専門分野、部門は、西洋医学の領域であるリハビリテイション(整形外科及びスポーツ整形外科)の部門に属します。市川氏を知らない方は、業界では居ないといわれる程の理学療法士(略:PT=Physical Therapist)であり、PNFの大家で業界では一目も二目も置かれる人物であるからです。また、彼は、国際PNF協会(本部スイス)の中枢役員であり、協会公認の世界で複数名しか認定されていないPNFのシニアインストラクターの称号を有する方です。

勿論アジアでは、唯一のシニアインストラクターであります。日本国内におきましては、PT有資格者の中から新たにPNFの資格を取得する志望者(数百名)が、市川氏から理論、実践演習を通してプログラムを段階的に受講しながら、高度なPNF技術を日々取得している次第です。また、同氏は、国際PNF協会の幹部役員であることからアジア地域のPTへのPNFの普及活動にもご尽力されています。その為に現在は、アジアを拠点にPT資格者達のPNF資格認定の為に指導に出かけている多忙な方であります。

日本国内では、日本PNF協会を創設され後進を育てる意味で若手のPT達に協会の運営・管理を譲られ指導的な立場をされているようです。国内スケジュールは、毎週火曜日に高島平中央病院のリハビリテイション科で理学療法士(PT)として勤務され、木曜日は東京衛生学園専門学校と藤リハビリテイション学園でPT資格取得を目的とする受講生に対する講師をし、その他の曜日は自身が経営する「ヒューマン・コンデイショニングPNFセンター」で治療及びコンデイショニングの仕事をされています。多分大多数の読者の皆様は、市川氏をご存じでないと思います。或いは、お世話になっている方がいらっしゃるかも知れません。

その主たる理由は、市川繁之氏のポリシーの中に「自らは売名行為はやらない。身体的問題を持ち人の手を借りなければ行動・生活に不自由を来している人に手を差し伸べたい。脳性まひのお子さん達に自らの意思で食事ができるようにして挙げたい。即ち、PNFの手技の原点」がそこにあると確信致します

この度の山縣、石川選手は、多分幸運なアスリートであったのでご縁があってお引き受けする事になったのだろうと思われます。

■Physical Therapist(略:PT=理学療法士)とは

 理学療法とは病気、けが、高齢、障害などによって運動機能が低下した状態にある人々に対し、運動機能の維持・改善を目的に運動、温熱、電気、水、光線などの物理的手段を用いて行われる治療法です。理学療法士及び作業療法士法」第2条には「身体に障害のある者に対し、主としてその基本的動作能力の回復を図るため、治療体操その他の運動を行なわせ、及び電気刺激、マッサージ、温熱その他の物理的手段を加えることをいう」と定義されています。(公益社団法人日本理学療法士協会

■PNFとは

PNF(Proprioceptive Neuromuscular Facilitation=固有受容性神経筋促通法)

1940年代に米国で考案開発された、脳性麻痺脳卒中などの重い障害を負った患者に対するリハビリ技術で、専門の訓練を受けた理学療法士(Physical therapist)と作業療法士(Occupational Therapist)だけに学ぶ資格が与えられる手技です。 市川氏は、ことのほかリハビリと比べて、このPNFを受けた脳卒中の患者の手足の動きが見る見るうちによくなることに驚いたのです。スプーンを持って自分自ら食事ができるようになり、やがてベットから起き上がって会社復帰してゆく劇的な場面に数多く遭遇しました。自分は、PNFを学ぶ事に興奮と志を抱いたころだったのだそうです。

市川氏は、何度も米国行きを決意し、カリフォルニア州サンフランシスコ近郊にあるカイザー・ファンウデエイション・リハビリセンターでPNFの研修を始めた。PNFは、国際PNF協会の規定により、そのテクニックの習熟度と経験によって何段階かのステージが用意されている。インストラクターになるまでには、何年もの歳月が必要です。市川氏は、1985年にPNFを学んで以来、略毎年米国、ヨーロッパ(主にドイツ、スイス他)各国に赴き技術の鍛錬に打ち込みました。

筆者のPNFに関する理解

本解説は、少し専門的に成り読者の皆さんには分かりずらいかと思われますので、例として野球の投球動作を一例に挙げて見ました。PNFは、筋肉や関節中にある感覚受容器に働きかけて関節とその周辺にある筋肉を充分に機能させることをその目的としていますPNFの資格を持ったPhysical therapist=理学療法士(略:PT)が声を掛けてその掛け声(コマンドと呼ぶ)に合せてパターン化された動作、例えば掌を返して、肘を伸ばして、腕を外転させるといったことを行います。掛け声で「もっと速く」と言われればより速い動作を求められ、その反対に「ゆっくり」と言われれば、スローなペースで行わなければなりません。勿論これには、PT(PNF資格者)と患者の間での信頼関係が不可欠である事は言うまでもありません。

例えば野球の投手では、角速度0度/秒を想定し、PNFでは手足の末端を掴んで抵抗(Resistance)を与えます。選手の動作は作用(Action)として働き、PTの手には反作用(Reaction)として同時に同じ量と質の力が返ってきます。この作用、反作用の働きでPTには選手がどれほどの能力があるか、あるいはどのくらい努力をしているかが分かります。そして筋力だけでなく関節の可動範囲(Range of Motion)など含めて、PNFによって得られる情報は、筋力測定器より桁外れに大きいのです。しかもPNFは、より実践的で怪我をしにくい動作、身のこなし、可動範囲を学習することで、安定した(コントロール)、しかも速い球を投げる投手になる可能性が高まります。ベンチプレス等のウエイトトレーニングは単調な運動ですから、実際の投球フォームにおける「ため」から「リリース」に至る一連の流れの動作が実現出来ませんが、PNFでは、それが可能になり、安定したフォームが生み出されます。PNFは、厳密には筋力トレーニングではないのです

脳と筋肉を結ぶ神経系の接続ポイント(receptor)に手技をもちいて直接働きかけ、本人すら気付かない脳内からの誤ったメッセージを修正する、あるいは必要な指示をだすよう働きかけるのです

市川氏の指摘

市川氏曰く、脳は筋肉の動きを覚えているのでなくて、運動そのものを覚えているのです。だから上腕二頭筋をどのように動かしたかは憶えていないけれど、肘が曲がったり伸びたりする記憶だけはあるのです。筋肉に疲労が蓄積していた場合など、微妙に動きがずれているのに脳はそれにまったく気づかないのです

例えば、投球やバッテイングフォームはデリケートなものです。微妙なずれが生ずると如実にそれが結果にあらわれる。球速が落ちる、スライダーの切れがよくなくなる、あるいは球をとらえるミートのポイントがずれて凡打の山をつくる。選手は、いつものようにやっているつもりでも、何が原因なのかその理由が少しも分からない。そしてスランプに陥ってむやみに悩み苦しむ。

上手くすれば偶然に元の動きを取り戻せるが、だめなら負のスパイラルの深みに入る。

例:1994年3月、「松井秀喜選手の怪我による緊急復帰計画」を約10日で復帰させた。その後9年間、同選手の「コンデイショニング、肩、膝」に加えて、そして松井秀喜選手は、其の後毎週3回、365日一回1時間以上に及ぶ「バッテイン練習」を9年間NYヤンキースに行くまで継続し、巨人軍での最終年で本塁打、打点、打率と自己最高の結果を残して東京読売ジャイアンツを去って行ったのです

筆者は、市川繁之氏が4年間の球団との契約(コンデイショング担当として)後も松井秀喜選手のたっての願いで、「コンデイショニング、打撃指導者」として合計9年間松井選手に心血を注がれた事に対して敬意を表します。にも拘わらず、身内のスポーツマスメデイア、他社のTV、マスメデイアは、取材もせず度重なる報道松井秀喜選手の打撃の師匠は、長嶋茂雄監督で師弟関係だとまことしやかな報道」をするたびに本人も市川氏も私もよく爆笑した事を思い出します。(誤った情報提供)

しかし、このような虚偽の報道が連日なされても、師と称される長嶋氏が否定されないのですから致し方なかったのが真実です。勿論、長嶋氏は、松井選手のバッテイング指導も膝、肩の治療もコンデイショニングも全て市川氏が行っている事を百も承知していました。当時の打撃コーチの武上氏は、その結果を数値が証明するのでいつも驚嘆していた事は既に「Gファイル:長嶋茂雄と黒衣の参謀」文芸春秋社 著武田頼政氏に筆者は報告、明記させて頂いています。

PNFの受講の手続き、資格は

PNFの資格取得方法は、国際PNF協会の規則に基づき行われております。国際PNF協会のホームページ参照(https://www.ipnfa.org/

市川氏のコメント

クライアント様はスポーツ選手に限らず、一般の方や障害を持たれた方、健康促進、障害予防の方々迄様々なジャンルの方々がいらっしゃいます。スポーツ選手は、野球、陸上競技、卓球、水泳選手などアマチュアからプロ選手の一流選手までいらっしゃっています。

市川氏を球団コンデイショング担当に迎える

丁度この時期(1994年)、ご縁があり私は、東京読売巨人軍監督の長嶋茂雄から懇願され、東京読売巨人軍の「球団編成本部常務取締役兼監督補佐」として球団と契約を致す事になったのです。当時NEC SPORTSのスポーツ・アドミニストレイターとして在籍致していました関係で、一応社への了解と確認をいたしました。その結果、NEC社の社長が丁度巨人軍長嶋茂雄監督を応援する会(燦燦会)の幹事でもあった事から球団との契約の了承もスムーズに致した次第でした。

勿論、市川繁之氏がプロ野球選手のコンデイショニングに適任かどうかの調査は事前に行った次第です。スポーツ医科学は、長年米国に於いても自身の専門分野の1つでもあったのでその専門部門には多くの友人、知人がいますので総動員した記憶が蘇ります。私の最初に取った行動は、米国にいる何人かのスポーツ医療技術者のエキスパート達に直接コンタクトしました。例えば、シアトル・マリナーズのヘッドトレイナーのリック・グリフィン氏、同じく元マリナーズのトレイナーだったブラッド・エグラップ氏、それからパシフィック大学のヘッドトレイナーでコンデイショニングの大家でもあるボブ・グラム氏、そしてサンフランシスコのカイザー病院でチーフインストラクターを務めるPTのケント・カイザー氏らの見解を総合したところ、実績、力量共に日本人随一とされるある一人の名前で一致したのでした。その方がPNF研究所(現:ヒューマン・コンデイショニングPNFセンター代表)の市川繁之氏だったのです。

 其の後、市川氏を東京読売巨人軍のコンデイショニング担当として契約して頂き河田が退任するまで桑田真澄投手をはじめ投手陣、松井秀喜選手を始めとする打撃陣と、特に松井秀喜選手は、1993年オフに痛めた背中の怪我で1994年のキャンプにも参加できない状態であったので、市川PTのジャイアンツでの仕事が松井秀喜選手復活計画の第一歩であった次第です。松井選手と市川繁之氏との関係は、その後松井選手が2002年12月に突然退団する迄9年間松井選手のコンデイショング及び、バッテイング指導者として真剣にエネルギーを費やした真の師弟関係であった事は、私が証人であります

よって、身内マスメデイアが今日も尚松井秀喜選手と長嶋茂雄監督が真の打撃指導者(師弟関係)であるかの報道が常になされているようですが、あの報道は、真実ではありません事を申し添えさせて頂きます。長嶋茂雄監督は、全選手達を師弟と表現されるのあればフェアーな表現であると思います。長嶋氏は、マスメデイアに対して「自分が松井選手の打撃指導をした特別な師弟関係である」など仰った事はありません。マスメデイアが作り上げた虚像です

市川氏は、1995年以降野茂英雄投手のドジャーズとの契約以降、同選手のコンデイショニング担当としても同選手がメジャー引退まで尽力された事は大変有名です。また、テニス界では松岡修造選手、バレー界では中田久美選手、等々ご紹介するときりがありません。筆者と市川繁之氏との関係は、今日迄約三十数年になるかと思います。1994年のメイクミラクル、1996年のメイクドラマは、市川氏のご尽力に大変助けられましたことをご紹介致します。

市川繁之氏のプロフィール紹介

市川氏は、野球選手として千葉県立木更津中央高校(現在の木更津総合高校)の捕手として、後に社会人野球野球の電電関東(現NTT東日本)の捕手として活躍されていました。彼の目標であったプロ野球入団は腰痛に侵されて野球生活を断念しました。

1983 東京衛生学園 リハビリテーション科卒業  理学療法士の国家資格取得 

         伊藤病院リ  ハビリテーション部勤務

1985 アメリカ カリフォルニア州 バレーホ・カイザー・ファウンデーション・リハ

          ビリテーション・センター( KFRC ) にて PNF テクニック6ヶ月コース修了

1986 森山脳神経外科病院勤務 リハビリテーション部部長となる

1993 高島平中央総合病院 (非常勤、現在も継続)

1995~1998 東京読売巨人軍コンディショニングアドバイザーを勤める

1997 国際PNF協会認定コースを日本で初めて開催

1999 ヒューマン・コンディショニング PNF センター開設

※アジア、日本で初めての 国際PNF協会認定インストラクターとなる

2000 日本PNF協会会長となる。

2004 国際PNF協会認定アドバンスインストラクターとなる

2008 NPO法人日本PNF協会理事長となる。

2017 NPO法人日本PNF協会会長退任

2018 国際PNF協会シニアインストラクターとなる(アジアで1人)です。

 

 

文責 河田弘道

スポーツ・アドミニストレイター

スポーツ特使(Emissary of the SPORTS)

紹介:G file「長嶋茂雄と黒衣の参謀」文芸春秋社 著 武田頼政

お知らせ:次回は、何故電通はP・ユベロス氏に近づけたのか、如何にして電通は、今日の世界のスポーツ・ビジネス(オリンピック、ワールドカップ・サッカー、世界陸上、等)を一手にできたのか、そこには、電通のプロデユーサーの参謀役戦士が居た。華やかな舞台裏には、何かが匂い、何かがうごめき、そこには必ずひっそりとシャドーマン(影の人)が寄り添っている。

KファイルNO.160: 東京五輪は斯くあるべきだった

KファイルNO.160: 東京五輪は斯くあるべきだった

無断転載禁止             毎月第二、第四木曜日掲載予定

筆者からのお知らせ~

いつも読者の皆様から沢山のコメント、読後感、ご意見を賜り深く感謝申し上げます。2017年Kファイル公開時より、筆者は、東京五輪開催については賛成であることを先ず明記させて頂いていました。但し、スポーツ・アドミニストレイターとしての視点で本国家的スポーツイベント・プロゼクトに付いての問題点、疑問点を招致活動当初より厳しく述べさせて頂いております。

2020年初春以来の重度の疫病蔓延下での東京五輪開催、中止に関しての賛否に付きましても真面な議論が政府、TOCOPG、東京都、JOCに於いてなされる事はありませんでした。また、TV、マスメデイアに於いても論理的且つ明快な情報は、国民、社会になされないまま、今日政府の見切り発車的な戦略に乗せられて開催日残り30日に至っている次第です。

開催にしろ、中止にしろ、延期にしろ、Kファイルは「その判断と決断の基準となる、それらの根拠をスポーツ医科学的な知見で説明する事が大事」で、そうしなければ競技スポーツのビジネスも運営、管理に関するマネージメントも成立しないと述べている次第です。「Justice &Fairness」は、競技スポーツの基軸であります。スポーツ・アドミニストレイションの「共存共栄の原理原則」は、スポーツ・ビジネスアドミニストレイションに於いても不可欠です。ご理解して頂けていますでしょうか。

即ち東京五輪招致活動より今日に至る重要な問題の主たる要因は、スポーツ・アドミニストレイションを根幹にしたスポーツ・アドミニストレイターの不在が今日混乱を引き起こしている事に気付いて頂きたい次第です。その為にもこのように何度もロス五輪のP・ユベロス氏を例に、このような強いコンセプトと信念を持ったリーダーが必要かつ不可欠であることをご紹介させて頂いています

NO.160は、少し長文となりました。読者の皆様には、前半と後半に分けてご笑読下されば幸いです。筆者より

 

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読者からの便り~

KファイルNo158拝読いたしました。今週も東京五輪を巡ってIOC重鎮たちの人種差別ともとれる傲慢な態度や、五輪憲章などどこ吹く風的な武藤五輪事務総長の「経済効果」発言、と冷静ではいられなくなるようなニュースばかりの中、ようやく朝日新聞がスポンサー企業でありながら「中止提言」と焼石に水ではありますが、そういった声が上がるようになりました。しかし、先日は山下泰裕会長(JOC東京五輪組織委員会副会長、等)の「選手は努力してきたのだからやらせてあげてほしい」発言を報道で見て、ああ、この人も競技だけやっていればいい、で育ってきた人だったんだな、と今更ながら再認識致しました。同様な環境の下で育ったのですから、Kファイルで取り上げられている室伏広治氏も役職を沢山抱え込んで、どうしてよいのか解らないのも理解できました。 

大学教員を13年やった経験から、その底辺も「文科省がいうから」でしか動かない教育界、スポーツ界というのも十分承知しております。もう本当にこの国のスポーツの未来に絶望感すら感じる気がします。東京五輪後、スポーツが世の中からどう見られるか、それを思うと不安で仕方ありません。政治家達による東京五輪の暴走を我々スポーツ関係者が止められないのでしょうか。我が国のスポーツ医科学専門分野の関係者の意見を述べる場も与えられない東京五輪とは、一体何のために開催国となったのか。誰もが声を上げないのも、これら政治家、関係者達と同罪なのかも知れないと思います。

読者より(大学教員から現場に戻ったスポーツ医科学専門家)

 

目次

偽りプレゼンを論議しなかったのは組織委員、評議員達の重大過失か

先ず初めに

1.1984年ロス五輪大会は近年の成功モデル

  ■P.ユベロス氏の手法と決断力

  ■P.ユベロス氏の宣言

  ■新しいスポーツ・ビジネスの理念と明快なコンセプト

  ■権利の重要なポイント

2.ユベロス氏の成功の秘訣と着眼点

  ■広告代理店の選定

3.何故広告代理店に電通を選定したか

4.LAOOCが電通に与えた対価とは

5.P・ユベロス氏のキャリアと頭脳センスの勝利

  ■GIVE&TAKEの取引成立

まとめ

 

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2021年6月24日    公開

KファイルNO.160:東京五輪は斯くあるべきだった

無断転載禁止

偽りプレゼンを論議しなかったのは組織委員、評議員達の重大過失か

先ず初めに

16年招致活動の大義は、確か「震災復興」を掲げました。そして20年招致は、これまた震災復興を掲げてのプレゼンテイションがなされたのです。費用の掛からない無駄のない、コンパクトなオリンピック・パラリンピック東京大会は、招致の為の旗頭と謳い文句に掲げてきました。しかし、いつの間にか大義の震災復興は、何処かに消え、予算は、とんでもない莫大な公金(約4兆円)が実費として流し込まれ続けているのです。

筆者は、2020東京五輪招致時のプレゼンテイション通り、20東京五輪組織委員会(略:TOCOPG)、東京都は実行運営・管理を遂行するべきであったと思います。その骨子は、プレゼンで発表した予算は7700憶円であったと記憶しています。そして世界1コンパクトなオリンピック大会と会場が謳い文句で無かったか。それを遂行する為の経費は、民間資本(国内スポンサーシップ)で十分賄えた筈でした

しかし、公益財団法人2020東京五輪組織委員会の評議委員会も理事会も偽りのプレゼンについて何も論議しなかったのは重大な過失と申し上げるしかないと思います。これから再度ご紹介致します嘗ての1984年開催されたロス五輪大会のロス方式を何故検討もせず、背を向けて過去五輪最大の4兆円も掛けた五輪開催に極端に傾いて行ったのか、委員達の誰も指摘しストップすらしなかった。

確か現小池百合子東京都知事は、この問題の改善を選挙公約の一つで勝利した筈でしたが、派手なパフォーマンスをすれども実態は何も改善できず肥大するのをただ黙認した次第です。

4兆円の明細書は、いつどのような方法で国民、社会に公益財団法人として公開されるのでしょうか。1998年の冬季長野五輪関係者のような犯罪行為「全ての重要書類を大会後焼却処分した」との事でしたが、誰も何の罪にも問われなかった。東京五輪は、よほど国民・社会が監視しなければ同じことが繰り返される体質と関係者であることをスポーツ・アドミニストレイターとして申し添えたい。

プレゼン当初の予算告知額(7700憶円)は、いったい何を根拠に試算された数字であったのか、最初から予算告知額は、結果として招致を通すための偽りの予算提示に過ぎませんでした。残念ながら招致委員会、組織委員会も、このような重大且つ莫大な国家予算を扱うに当たっての公益財団法人に査察機関さえも設置されていないようです。これらを精査もせず、政府、省庁は、法人認可を承認してしまったのです。

この宴の後には、また先日のような人命の犠牲者が出るのでないかと危惧する次第です。現関係者(IOCを含む)の誰一人もが偽りのプレゼンに対する異議も、精査の必要性も事実の検証も全く興味を示さない人達により東京五輪は今日を迎えている事を忘れてはならないと思います。

 

1.1984年ロス五輪大会は近年の成功モデル

P.ユベロス氏の手法と決断力

84ロス五輪大会組織委員会(略:LAOOC)の委員長は、選考基準の公開や、

選考方法の事前告知を経て、応募者600名の中から厳重な審査の基に選考されました。重要な選考委員会は、ロサンゼルス市民を代表する審査委員の選考に於いて、利害、利得を得る可能性の低い、その分野と社会、市民からリスペクトされている人物(マイノリテイを含む)がフェアネスを基に選出されました。勿論、審査委員に対する報酬は無く、日本的な第三者委員会とは異なり純粋な市民の代表が審査委員でありました。

2020年東京大会の組織委員会・会長は、どのようにして選考されたかご存知ですか。少なくとも私は、存じ上げません

東京五輪組織委員会は、会長の選考方法も情報公開も国民、都民にはなされず、いつの間にか森喜朗氏が鎮座してしまったような記憶しかありません。この事からも我が国は、自由主義国家としてグローバル化を声高に叫びながら実は伝統的な隠蔽体質と談合体質から抜け出せない悲しい現実が、21世紀の今日も尚、現存している証です。このような現状と体質は、いつまでも改善される事無く続いているという社会構造のままです。国民は、このような実態について良しとは思っていません。しかし、国民の安心、安全を確保する唯一の「正義と公正」に対しては、発言も行動もしないという現実を本東京五輪プロゼクトを通し生きた教材として教えられています。

この事からも真の自由主義国と21世紀に於いても今尚社会主義国家体制と揶揄、比較されて仕方のない我が国の政治、社会であることを国民の我々も読者の皆様も認めざるを得ないと思いますが、如何でしょうか。

 

P.ユベロス氏の宣言

P・ユベロス氏は、「このオリンピック大会開催では、アメリカ合衆国カリフォルニア州、ロサンゼルス市の公金である税金を1セントたりとも使わず、黒字化する」と委員長就任時に掲げ宣言したのです。

一方2020年東京五輪組織委員会・会長の森喜朗氏は、就任時に「現在の開催に必要な予算では十分でない」と資金投入の必要性を声高に掲げ、まさにユベロス氏と対極のリーダーであったことを皆さんはご存知でしたでしょうか?何故、レガシーの必要性を声高に唱えて、箱物の建設をむやみやたらと推進したのか? 東京五輪招致の本音は、自身のレガシー即ち箱物をむやみやたらと建設する事で公金をバラまく事に有った様に思われてなりませんでした。この目的は、既に完了しています。

新しいスポーツ・ビジネスの理念と明快なコンセプト

P・ユベロス氏の着眼点を示すのに、分かりやすい有名な言葉があります。それは、「オリンピックに必要なのは、競技場でなく、その競技場に何台のカメラを持ち込めるかだ」と断言したのです。これは、まさにビジネス・アドミニストレイターとしてのクリエイテイブな発想の証しであります。

P・ユベロス氏の新しいスポーツ・ビジネスの理念と明快なコンセプトとは、「権利=Right」を最大限生かす為の手段と方法に特徴がありました。

そのコンセプトは、何かが「制限」されて初めてその「制限を制限すること」ができる。つまり「権利」の意味が生じることです

権利が与えられても、権利を持たない者との区別がなければ、やはり意味はないのです。権利の有無により区別が無いなら、なんとかして「差別化」を図って区別を作り出す事が必要であると考えたのです。権利を持たない者に対しては、制限を強くする程、その「制限を免除される権利自体の価値が高くなる」ことは明白です。誰もが使えると言うのは、誰にも使えないというのと同じに、その使用自体には価値が生じないのです。

権利の重要なポイント

「権利」という商品は物理的に存在しないのです一般の商品とは性格が異なる点に着眼したのです。無体財産権」は、「知的財産権」とも呼ばれ、知的にしかその存在は認められないのです。その意味は、「権利=Right」の質、価値は、価格(お金)でしか評価できない」と言う事を実践して見せたのがユベロス氏なのです

即ち、スポーツに権利ビジネスを持ち込んだのがユベロス氏のスポーツ・ビジネスアドミニストレイションの特徴なわけです。(以上、同氏のビジネスコンセプトより)

このようにP・ユベロス氏は、確りとした論理的なコンセプト基盤を持って実践された、いわゆる知的戦略、戦術家であったと思います

2.ユベロス氏の成功の秘訣と着眼点

ユベロス氏は、「オリンピックに必要なものは、大きな競技場ではなく、問題は、その競技場に何台のテレビカメラを入れられるかだ」と断言したのです。

①一つ目の着眼点

彼の視点は、スポーツ・ビジネスを如何にして実践し、成果を出すかの徹底したコンセプトが伺えます。それは、オリンピック自体をテレビ放送用のスポーツ・エンターテイメントとして位置付け、放送権利の売買を行うビジネスの道を開拓したのです。この大会以降、スポーツイベントの放送権料が右肩上がりを始めたのは、ユベロス氏の功罪のうちの罪の部分であるところと言えます。

 

②二つ目の着眼点

スポンサーシップという形で民間資本を活用する事が、唯一の財源を確保する術であると位置づけた事です。そして、その為には、巨大な広告代理店(Advertising Agency)の協力とその活用方法に着目したのです。

重要項目の一つの民間企業から得るスポンサーシップに付いては、権利をより強固にするため、一業種一社制を取り入れた事です。これにより、スポンサー広告の価値はより効果的且つ、競争原理導入でより効果が高まる事を期待したのです。(例:車のスポンサーは、世界で一社のみ)

広告代理店の選定

広告代理店には、ビジネス的な権利を与える代わりに、ロス大会を成功させるために必要最低限のギャランテイー(保証)方式を取り入れて、大会成功の財政的な基盤を担保させた事でした。その為には、代理店を先ず選考、指名することを最優先としたのです

ユベロス氏は、当時日本がバブル経済を迎え、日本企業がまさに海外にマーケット(市場)を求めている事を強く認識していました。そのため、ターゲットとして日本の広告代理店「電通」を心の底では期待していたのではと推測します。しかし、誰にも心中を明かさず、彼の賢さが伺えます。そこへ、まんまと飛び込んでいったのが電通でした。P・ユベロス氏に直接、接触を求めて行ったわけです。

3.何故広告代理店に電通を選定したか

   P・ユベロス氏と広告代理店電通との関係は、元々縁もゆかりもありませんでした。よって、ユベロス氏は、最初から電通ありきで動き出したわけではなかったのです。ユベロス氏のビジネスコンセプトに米国の広告代理店制度(AE制度)は、不都合であった

①AE制度とは

米国の広告代理店制度は、日本とは異なり非常に厳しい制度の下で成り立っている業界です。その最大の特徴は、米国の広告代理店は、AE(Account Executive)制度が法律によって守られており、即ち一業種一社制度の事なのです。一業種一社とは、一つの広告代理店が同じ業種の代理店になれない事を意味しています。例えば、A広告代理店がフォード社との代理店契約をした場合は、同じカテゴリーのトヨタ社の代理店にはなり得ない事を意味します。

つまり、米国の広告代理店ではスポンサーセールスに於いて、ユベロス氏が考えるような競争原理を活用する事が出来なかったのです。それに比べて、日本の広告代理店制度は、AE制度がなく各広告代理店が一業種一社の枠を超えた一業種複数社制度であったため、好都合であったのです。即ち、日本の広告代理店は、例えば車の業種に於いてトヨタ、ホンダ、日産、マツダ、鈴木、等と何社でも取り扱えるという意味です。丁度、この時期のIOC規約、規則には、この種の規約、規則が無く、今日のIOCに於けるこの種の規約、規則(TOP)は、84ロス五輪を参考に85年以降に出来たルールなのです。

電通内部の葛藤

電通内部に於いては、一枚岩で在った訳でなく電通組織の体制、体質から内部での競争、闘争は激しく、常に群雄割拠の中で、やるかやられるかのパワーゲームが横行していました。つまり、戦略的な内部組織構造であったわけです。

此れを称して、業界では、電通方式と呼ばれています。これは、筆者が所属していた当時の西武、国土計画の会社・企業コンセプト(企業内に於ける競争の原理原則を活用)とも酷似しています。この企業コンセプトを取り入れることは、企業内外に於いてハイリスク・マネージメント並びに危険なモラルハザードを起こす要因になる可能性を含んでいる事を忘れてはならないのです

 既に当時から米国に於いては、各競技スポーツのトップアスリートを内外からかき集めたスポーツ・エイゼンシ―(スポーツ代理店、IMG社:International Management Group)を立ち上げ活動し始めた時期であったのです電通内部の本プロゼクトのオリジナルグループのプロデユーサーは、服部庸一氏を中心とした営業企画室グループでした。しかし、別の社内グループのリーダーは、本来のグループの機先を制するが如く、このスポーツ代理店のCEO(最高経営者)のマーク・マッコーマック氏(Mark McCormack)を対LAOOCのP・ユベロス氏のネゴシエーター(交渉人)とするべく動き出したのです。

しかし、この動きの情報を既に察知したP・ユベロス氏は、電通とIMGに対して“NO”の警告を発したため、IMGを前面に立てようと策を弄した電通内の別のプロデユーサーの画策は、事前に潰されたのでした。後にこのプロデユサーは、電通を離れて何故か体育学部のある私大に移籍。これにより今迄以上にユベロス氏と服部氏との関係は、絆を深め、服部氏は社内の闘いを制していよいよ本格的な交渉へと駒を進めたのです。

4.LAOOCが電通に与えた対価とは

ユベロス氏は、さすが一筋縄では行かないビジネス・アドミニストレイターであり一流のネゴシエーター(交渉人)でもあったのです。ビジネス交渉が具体的に動き始めたのは、確か1979年秋ではなかったかと思われます。此れは、電通側の焦りが、プロのネゴシエーターであるユベロス氏の罠に入っていくことを意味します。此処で付け加えますと、LAOOCの唯一の総責任者は、P・ユベロス氏であり、対電通に対するネゴシエーターでもあった事がこの人物の強烈な個性とパワーを感じさせる次第です。

ここが20年東京五輪大会組織委員会の会長のような神輿に鎮座して、全ての実務は、他の政治家、役人、企業人にやらせる手法とは異なり、P・ユベロス氏は、真に全ての指示、最終決断を自らの責任に於いて実行、遂行するビジネス・アドミニストレイターだったのです。よって、他意の在る第三者に隙を与えなかった強い信念の持ち主であったからです。

①最終的に、ユベロス氏が電通側に手渡した権利の中身

1.公式マスコット、エンブレムを使ったライセンス権

2.公式スポンサーとサプライヤー

3.アニメ化権

4.入場券取り扱い権

以上が合意事項であり、放映権、入場料収入権は、与えられませんでした。此れもユベロス氏のしたたかなプロのネゴシエーターの一面だったと思います。

大義達成の為の準備

ユベロス氏は、本大会委員長を受託した後、早速に手掛けたのが大会を成功させる為に必要な自身が掲げた大義を如何にクリアーするかでした。

それは、「公金は使わない、黒字にする」のハードルを越えなければ自身のコミットメントを解消できないことを十分に承知していたのですそこで先ずは、予算を概算でなくアクチュアル(本当に必要)な数値を設定したのです。この数値(金額)目標を電通にコミットさせれば、その時点でユベロス氏の勝利となり、ゲームオーバー(勝負あり)となると試算して、対電通とのネゴシエーションに臨んだのです

5.P・ユベロス氏のキャリアと頭脳センスの勝利

P・ユベロス氏は、当時バブル期を迎えていた日本経済に目を付け、広告代理店をLAOOCの公式広告代理店に指名したのです。日本の広告代理店は、電通でした。何故博報堂、その他でなかったのか。

GIVE&TAKEの取引成立

ユベロス氏と電通の間では、双方丁々発止のネゴシエーション(交渉)が積み重ねられ、最終的に、ユベロス委員長は、電通の提示に満足し、組織委員会(LAOOC)は電通側のギャランテイー(保証)を担保し、リスクマネージメントを回避、スポーツ・ビジネスとしては、ここでユベロス氏の一大勝利となったのです。即ち、P・ユベロス氏が提示した権利(1,2,3,4)を電通に渡す対価としてLAOOCの赤字の可能性は、無くなった事です。此れで、ロス大会開催前に大会予算は、電通により保証(ギャランテイー)を担保させ、後は、黒字化を考えるだけとなったのです。

最後に黒字化の最大の要因は、ユベロス氏が最後まで電通側とのネゴシエーションから切り離して渡さなかった、TV放映権、及び入場料収入(テイケット収入)が彼の最後の国民、州民、市民に公約した黒字化の要因となったのです。そして、本黒字となった財源(440億円)は、全てカリフォルニア州、ロサンゼルス市の社会厚生施設に還元されたのです。

このように三十数年前に、P・ユベロス氏に寄って公金を使わず、民間資本のみにてオリンピック大会を招致、開催したスポーツ・ビジネスアドミニストレイションのモデルを完成させていたのです。

 以上「河田弘道のスポーツ・アドミニストレーション論:現代のスポーツ・ビジネスの巨大化原因とその歩み編より抜粋~」

まとめ

 P・ユベロス氏は、本スポーツ・ビジネスアドミニストレイション手法により、市、州、連邦の政治家達の利権へのつけ入る隙を与えなかった事で余計な利権絡みのスキャンダル、疑惑、等からも大会組織委員会並びにロス五輪をクリーンなイメージを確保した事は隠れた最大の功績として、今も尚関係者、市民、州民から称賛されている次第です。また、此の事は、無駄な予算、意味不明な人件費、諸経費の節約に直結していたのでした。

そして、同氏のアドミニストレイターとしてのセンスは、此れだけにとどまらずロサンゼルス市民に対して財務状況を定期的に情報公開する気配りを忘れなかった事です。これは、彼が組織委員会・委員長に任命された時に選考委員会、組織委員会との間で取り交わされた「契約書」を誠実に遵守した証しでもあるのです

2020東京五輪組織委員会・会長には、責任者としての所在を明確にする契約書なるものがあるのであれば、公開する義務があります何故ならば、本20東京五輪組織委員会は、公益財団法人である事から明文化された書面があってしかるべきだと筆者は思う次第です。しかし、日本式談合文化は、契約書なる書面は自身、関係者の首を絞めるような証拠は残さないのです。これでは、もう国際社会から疎んじられるのも無理からぬことでしょうか。

我が国には、残念ながら2020年東京大会開催に於けるロードマップを完成できるスポーツ・ビジネスアドミニストレイターが居なかった、という事ではないかと思われます。

そして、結論として何故東京五輪に関与する政治家及び、関係者がロス方式に興味を示さなかった真意を読者の皆様には理解されたのではないでしょうか現在関係されている組織員会、JOC、東京都の関係者には、理解できている方が見当たりません事を申し添えます。

文責:河田 弘道

スポーツ・アドミニストレーター

スポーツ特使(Emissary of the SPORTS)

紹介:Gfile「長嶋茂雄と黒衣の参謀」文芸春秋社 著 武田頼政

お知らせ:次回は、何故電通はP・ユベロス氏に近づけたのか、如何にして電通は、今日の世界のスポーツ・ビジネス(オリンピック、ワールドカップ・サッカー、世界陸上、等)を一手にできたのか、そこには、電通のプロデユーサーの参謀役戦士が居た。華やかな舞台裏には、何かが匂い、何かがうごめき、そこには必ずひっそりとシャドーマン(影の人)が寄り添っている。

 

KファイルNO.159: IOC五輪憲章改善後の終着駅

KファイルNO.159: IOC五輪憲章改善後の終着駅

無断転載禁止                毎月第二、第四木曜日掲載予定

筆者からのお知らせ~

前回NO.158迄は、如何でしたでしょうか。読者の皆さんには、マスメデイアが報道する事が無い部分を目の当たりにされ、報道される表面と現実が比較でき何か考えさせられましたでしょうか。今日、日々刻々と東京五輪に関するIOCJOC、TOCOPG、東京都、日本国政府電通、各社マスメデイアの言論、駆け引き、矛盾、不可思議な出来事、等々がより鮮明になり、パズルの抜け落ちた穴を埋められるのではないでしょうか。

本NO.160からは、何故今日のような五輪開催に関するブラックとグレーな要素、要因がいかにして醸成されて来たかを時系列で触れる事により、より一層IOC東京五輪の実態が明らかになります。読者の皆様は、この東京五輪を機会にスポーツ・アドミニストレイターの視点で是非スポーツ・ビジネス、オペレイション、ポリテイカルゲーム、等々の真相のみならず人間の限りない野心と欲望の果てを覗いて頂ければ幸いです。

「訃報:6月7日、月曜日朝、日本オリンピック委員会JOC)の経理部長が電車に飛び込み自殺されたとの報道がありました。同氏の自殺に付いては、現時点では解明されていません。ご冥福を心よりお祈り申し上げます。」 

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読者からの便り~

五輪50日前・アニマル生態観察記

人の口には戸は立てられぬ。

かつてカメレオンと呼ばれた尾身さんは、権威を笠に着た御用学者だったからこそ、少なくとも、ここまでのポストに就けたとか。だからこそ、もはやこれではダメだと思われる苦々しい出来事が積もり積もった結果、堪忍袋の緒が切れ、どう思われようが、言うことは言うと“謀反”を起こした今は“麒麟がくる”?あるいは、はじめから最も効果的なタイミングで、必ず身を挺して星一徹顔負けの五輪潰しのちゃぶ台返しをする覚悟で、可能な限りいい子を演じ、発言権のある立場を守ってきて、今に至っているのか、よくわかりませんが。

令和おじさん、改め、ガースーが、もはや風前の灯火たるJAPANのメンツにかけるふりをしながら、結局はボッタクリ男爵の権威をタテに事態を押し切ることになる、と判っていてなお、五輪開催反対の日本の声を世界に届けるために捨て駒となることを、どの時点かで決意したのでは?とは勝手に想像されます。コマはいくらでも取り換え可能ですが、コマはコマなりの譲れない思いがあるのだとせめて信じさせてほしいと、大衆は浪花節的に願っています。

丸川タマちゃんは、アザラシではなく、コマに過ぎませんが、権威と保身と出世が何よりも大好き。そうであるがゆえに、その権威には極めて忠実という、いわゆる従来の”男”らしい価値観にあふれた男社会の中で懸命にこれを学習し、しかし、生物学的には女であるがゆえに、男とは違って可愛がられるという武器も上手に使いながら、ここまで何とか浮上してきた21世紀カテゴリーの生き物です。何食わぬ顔で時々飛び出す人を小バカにしたような大笑いが生態の大きな特徴です。

往年の五輪の申し子・聖子ちゃんも若干似てなくはないですが、元々スポーツしかない自分を、実父に代わって政界でゼロから育ててくれたボスが窮地に陥り、乞われて、これに報いるため、好きでもない今の役職に諦め半分で就いている点で、生い立ち的にも、ある種の浪花節を背負っているところが、タマちゃんとは異なります。

ただし、もともと、彼女は、だから一人では何もできないサイボーグで、まかり間違っても、尾身氏のように謀反を起こす山っ気もアタマもない、そのことが本人も含め周囲に十二分に最初から伝わっている、その安心感から適任であっただけですので、所詮、権威もなければ、期待など背負えるはずもありません。

権威というキーワードで分けると、このような種類別は、いかに小さな社会にも認めることが可能です。トップ以外は、どれもコマに過ぎませんが、コマの仕事を通じて、どのように自分を表していきたいと考えるか。顔を付き合わせて仕事していると、その点だけは非常によく見えてきますね。よくも悪しくも。

権威とは縁遠いように見えても、いざ、それに近づいた途端、“何とかグリーン”に豹変するネコの眼もあれば、トップの権威が残念ながら正しく働いていない猿山も決して少なくはないでしょう。大部分が欠点だらけの人間なのですから、推して知るべし。互いにできのよくない者同士、せめて表向きだけでも仲よしごっこをできる技量があればまだよし。人のふり見て我がふり直せ、とはよく言ったもので、人さまは自分の鏡。

ありがたきかな、人間模様・・・。え、人間?いえいえ、これ実は、あと50日でオープン間近のキツネとタヌキの化かし合い競争動物園のお話でしたよね~。あー、よかった。(エセ・イソップ)

 

目次

KファイルNO.159:IOC五輪憲章改善後の終着駅

東京五輪に群がる越後屋さん達

1.五輪の一大革命とその決断

マチュアリズムの崩壊

 ■五輪をビジネスCOREにした罪作りなおじさん達

 ■カリスマBIG3が世界のスポーツ界を席巻

 ■アマチュアリズムの功罪

 ■アマチュアとの決別

2.五輪ビジネスの本格始動

今日のオリンピック・ビジネスの礎

 ■五輪にスポーツ・ビジネスアドミニストレイターが出現

 ■84ロス五輪はオリンピック・ビジネス元年

3.P・ユベロス氏はオリンピックの救世主

 ■P.V.ユベロス氏の略歴

筆者の私見

 

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KファイルNO.159:IOC五輪憲章改善後の終着駅

無断転載禁止             毎月第二、第四木曜日掲載予定

 

1.五輪の一大革命とその決断

 東京五輪に群がる越後屋さん達

 マチュアリズムの崩壊

五輪をビジネスCOREにした罪作りなおじさん達

1970年代の世界のスポーツ界は、当時の世界的な経済の動向に強い影響を受けていました。70年代は、スポーツに関連する事業形態が、それまでとは異なるその名も「スポーツ・ビジネス」として産声を上げようとしていた時期でした。これは、丁度私が米国の大学に留学してまもなく米国に於いてもスポーツの変革の時期と時代を同じくしていたように肌で感じました。

70年代に入って、本格的にスタートしたスポーツ・ビジネスは、その後新しい可能性を求めて次世代に引き継がれ今日に至っています。

カリスマBIG3が世界のスポーツ界を席巻

オリンピック大会(略:五輪)のスポーツ・ビジネスの新しい可能性は、1966年に国際オリンピック委員会(略:IOC)委員に就任、70年に理事に昇進、そして80年には、第7代IOC会長に選出された、アントニオ・サマランチ(Juan Antonio Samaranch、1920~2010スペイン、バルセロナの生まれ)のリーダーシップにより変革されて行きました

同氏は、その過程に於いて、IOC内外での政治的手腕を最大限発揮し、将来のオリンピック発展構想の推進役を担った人物です。1998年の長野オリンピックは、サマランチ氏と堤義明氏(当時西武・国土計画会長)との間の公私に渡る関係で成立した事は有名です。そして、長野五輪開催によりモナコに黄金の御殿が建てられたとまで揶揄された人物でも有りました。

サマランチ氏は、世界のスポーツ界の変革に貢献したBIG3の1人です。しかし、同氏はIOCにボッタクリ精神と日本流な越後屋的な御用商人、御用弁護士を醸成させる土壌作りを自ら実践した会長でもあったのでした。

マチュアリズムの功罪

スポーツという概念は、元来ヨーロッパの騎士道の精神に由来して白人の文化社会の流れを受け、アマチュアリズムが19世紀に英国で生まれたと言われています。このような白人(アングロサクソン)の特権階級の精神を「マチュアリズム」として長年継承して来たのです。

ピエール・ド・クーベルタン男爵(フランス、1863年~1937年)は、フランスの教育者であり、古代オリンピックを復興させ近代オリンピックの基礎を築いた創立者です同氏が提唱した「オリンピック憲章」の「アマチュア規定」は、オリンピック大会及び選手、競技関係者達の自由をアマチュアという枠組みで縛って来た為に段々とオリンピック大会の開催自体を疲弊させていきます。財政的な赤字を伴う事で各国の主催都市は招致に消極的になり激減します。この事がIOCにとって最大の問題の一つとなっていくのです。

マチュアとの決別

マチュアのコンセプトは、そもそも「選手は、スポーツによる金品の授受及び生活の糧として受けてはならない事、指導者、関係者は、スポーツによる一切のビジネスは認められない事、また、それによる金銭の授受及び生活の糧を受けてはならない事」でした

このアマチュア精神が形骸的に名残りしているのは、我が国に於けるスポーツ競技団体の役員、関係者の無給でバランテイアと言わしめている所以が此処にあるのです。よって、この競技団体の役員達は、バランテイアー(無給)なので責任は無いのだと言いたいのです。それならば何故、人は役員になりたがるのでしょうか? そこには、有給では味わえない甘い蜂蜜があるから群がるのです。2020東京五輪組織委員会の理事及び役員、スタッフは、無給に見せかけた高額所得者たちの様です。

そこでA・サマランチ氏は、自身がIOCの委員時代から本オリンピック憲章のアマチュア規定の問題を検討課題とし、1970年のIOC理事昇格後には憲章からアマチュア規定の削除を提案し、それ以降強力に推進して行きます。その結果、1974年にオリンピック憲章の五輪参加資格から「マチュア」という文字を削除する事になったので

丁度この時期のスポーツ界のポリテイカルな様相はIOC会長のA・サマランチ氏(スペイン)を筆頭に国際競技連盟(略:IGB)のメジャー競技スポーツとされる国際サッカー連盟(略:FIFA)の会長にジョアン・アベランジェ氏(ブラジル)、国際陸上競技連盟(略:IAAF)の会長にプリオ・ネビオロ氏(イタリア)と白人主導からラテン系主導へと歴史が移行した事もサマランチ氏にとっては追い風となり、改革がスムーズに遂行出来た要因でした。当時、国際マスメデイアは、こぞって彼らを「ラテン系スポーツマフィア」と呼び、また彼らの言動、行動が積極的且つ手荒かったのも事実でした。

★これは、オリンピックをビジネス、商品(Merchandising)として捉え、また競技選手(Athlete)も商品であり、プロフェッショナルとしての出場を公認する出来事へと発展させた、オリンピック革命と言われるスポーツ界最大の変革の時期であったのです

日本に於いては、このような世界の動向から約10年後の1986年5月に、日本体育協会 (略:JSA、現日本スポーツ協会)が従来の「日本体育協会マチュア規程」を廃止し、代わりに「スポーツ憲章」制定し,加盟競技団体の登録競技者の資格規程を改めます。しかし、今日に於いては、この新しく制定した資格規定も中途半端な規定であり、プロ競技者、企業スポーツ競技者、大学教育機関に所属する学生選手、高校教育機関に所属する生徒選手、及びそれらの指導者、運営、管理者に於いて、規定内容は明文化されておらず、また罰則規約が皆無に等しく、ただ単に混乱を来している状態であると思われます。そして、このような状態が今日、我が国のスポーツ界、競技スポーツ界の不祥事を色濃くしている最大の要因の一つであると考えられます

2.五輪ビジネスの本格始動

今日のオリンピック・ビジネスの礎

五輪にスポーツ・ビジネスアドミニストレイターが出現

このようなオリンピックの歴史を背景に、1980年にロサンゼルス・オリンピック大会組織委員会(略:LAOOC)の委員長に任命されたP・ユベロス氏はIOC会長のサマランチ氏の掲げたオリンピックのビジネス化を自らの手で実践され、確立されたカリスマ的人物と申し上げても過言でありません

今日のスポーツ・ビジネスの源は、この時代にこのような人達によってモデル化され体系付けられたのです。

★1980年よりP・ユベロス氏がロス五輪で実践したスポーツ・ビジネスは、オリンピックだけでなく世界のスポーツ界のビジネスコンセプトを根底から変革するに十分な実績を残したのです。世界のスポーツ界のBIG3のもう1人です

84ロス五輪はオリンピック・ビジネス元年

1984年ロサンゼルス・オリンピック大会は、オリンピックのビジネス元年と称される所以なのです。それまでのオリンピックは、常に開催国の赤字負担によるもので、段々と五輪大会が開催国、主催都市の重荷になり、IOCでは、大幅な縮小が声高に叫ばれるようになっていた時代です。しかし、サマランチ会長のリーダーシップにともない、それまで定説となっていました「アマチュアと呼ばれていたコンセプト」を五輪憲章から削除した事によりスポーツ界のあらゆる面に於いて一大変革を起こしたのです

これにともない1980年にロサンゼルス・オリンピック組織委員会(LAOOC)の委員長に就任したP・ユベロス氏は、サマランチ会長のIOC改革の急先鋒としてスポーツ・ビジネスを実践し偉大なる成果と結果を残したのです。

3.P・ユベロス氏はオリンピックの救世主

P.V.ユベロス氏の略歴

ピーター・ヴィクター・ユベロス(Peter Victor Ueberroth)は、1937年9月2日生まれ、米国実業家、1984年ロサンゼルス・オリンピッ大会組織委員長、赤字続きのオリンピックを黒字に転換した人物、その後第6代MLBメジャーリーグコミッショナー、等々を歴任。

彼は、オリンピック創設者のP・クーベルタン氏が死去した1937年9月2日に米国イリノイ州で生まれる。この事からも人は、彼を長じてフランス人貴族のピエールが産み、育てたオリンピックの救世主と呼ぶようになったのです。この奇妙な因縁を人は語り継いでいるのです。

IOCは、1978年5月、アテネで開く総会で84年開催都市を決める予定でいたのです。しかし、立候補は、ロサンゼルス市のみ、しかも、申請書によればロサンゼルス市は、財政を保証せず、一切の責任を負わない。民間の任意団体、南カリフォルニア・オリンピック委員会(SCCOG)が民間資本を導入、運営する予定になっていたIOCは、困惑しました。長い歴史で考えてもみなかった事態が起きたのです。その理由は、76年モントリオール大会の巨額赤字、加えて冬季大会開催予定の米国デンバー市の大会返上でした。

ユベロス氏は、カリフォルニアで育ち、高校時代はフットボール、野球、水泳で活躍。大学は、サンノゼ州立大に進み、水球で活躍、1956年メルボルン・オリンピックの代表候補、代表にはなれなかった。卒業後、トランス・インターナショナル航空に就職、63年に自ら旅行会社設立、その後北米NO.2の旅行会社に成長させた。1980年、その手腕を評価されロサンゼルス・オリンピック大会組織委員長に就任した。(以上、P・V・ユベロス氏バイオグラフィーより~)

■84ロス五輪大会組織委員会、委員長選考基準項目

 1.40歳から55歳 

 2.南カリフォルニア在住

 3.企業経営経験を有す

 4.スポーツ好き

 5.経済的に独立

 6.国際情勢に通じる

上記選考基準を基に全米600人もの候補者から厳正な審査により選ばれたのがP・ユベロス氏でした。ユベロス氏は、当時42歳。ロス郊外に住み、従業員1人から始めた旅行代理店を北米2位に育てた実業家。

我が国の五輪組織委員会は、何故このような民主的なフェアーで透明化した組織委員会、会長の人選を行わなかったのか(実質は、密室での談合により決められた)。また、P・ユベロス氏と2020東京五輪組織委員会森喜朗会長を選考基準から比較して、どのような人物が適任者であるかは、一目瞭然であると筆者は、スポーツ・アドミニストレイターとして確信致す次第です

同氏の信条は、伝統を破壊せず。革新的であっても伝統を破壊してはならない。無駄を省き経費をかけないが、親しみやすさのなかにも威厳も必要だ産経新聞特別記者 佐野慎輔氏より)

筆者の私見

上記LAOOC会長のP・ユベロス氏と2020年東京大会組織委員会森喜朗会長とのプロフィール(既に皆様はご存知の通り)を比較して下されば、その違いは、歴然と理解できるのではないでしょうか。

この様な透明で国民、社会に開かれたLAOOCのような組織・団体は、日本の公益財団法人2020五輪東京組織委員会に必要不可欠な構造とシステムだと思います国民、社会から選ばれたクリーンで一流のスポーツ・ビジネスアドミニストレイターが率いる組織では、我が国で起きる様な「諸般の疑惑並びにアンフェアーな所業」は起きにくい事を読者の皆様に理解して頂けましたら幸いです。

我が国のスポーツ組織・団体にこのような構造とシステムを兼ね備えた組織・団体が出来ない主因の一つは、国民、社会がスポーツ・アドミニストレイションに無関心を装う事にあるのではないのでしょうか。「Justice(正義)とFairness(公正)」は、我々国民、社会に「共存共栄」をもたらす根幹を成していることへの理解と認識が薄いのでないか、また理解、認識していても如何改善、改革するかのスポーツ・アドミニストレイション力と行動する勇気が欠落していると筆者は思わずにはいられません。よって、図々しく強欲な政治家に美味しいところを持ち逃げされるのかも知れません。

これらは、やはり人が組織を作る事から、関係する人の資質がどのような組織、団体を構築するかの手本となった例ではないかと筆者は、考える次第です。

しかし、2020東京五輪招致委員会、組織委員会は、この民主的で国民、社会の為になるロス五輪方式に目もくれず、今日の利害、利権構造の組織委員会、団体へと強引に推進した責任者達の罪は計り知れないと思われます。そしてこの莫大な負担を今後国民、社会に強いることを我々は認識すべきなのです。

かくも強引な政府、政治家、委員会関係者に対して、しかしながら、我々国民、そして社会の側も、なぜ強硬な“NO”を突き付けられないままでいるのか。ここに、今日の腐敗した東京五輪のアドミニストレイションを招いた一因があるとは考えられませんかしたがって、スポーツ・アドミニストレイションの様々な側面や動向に関する、必要最小限ではあっても、正しい知識及び情報の提供を通じて、国民、社会の皆様方が、このような組織の無責任なまでの堕落ぶりを、断固として許さない民意を、より大きく向上させていかれますための、お手伝いが少しでもできるのであればと、Kファイルを日々発信させていただいている次第です。

文責:河田弘道

スポーツ・アドミニストレーター

スポーツ特使(Emissary of the SPORTS)

紹介:Gfile「長嶋茂雄と黒衣の参謀」文芸春秋社 著 武田頼政

 お知らせ:残念ながら東京五輪は、とうとう国民社会を分断させてしまいました。そして、最終的には、東京都、五輪組織委員会でもない日本国政府東京五輪のイニシアチブを取り、強引に疫病で苦しむ国民社会の中で「不完全な東京五輪大会」を試みようとされています。これは、ハッピーエンドで終演する事が難しい情勢です。

読者の皆様は、本Kファイルをご笑読頂きながら現実起きている問題が何処に起因しているかイメージできるのではないでしょうか。それだけでもKファイルを書き続ける事の意味と使命をご理解して頂き、ご支援、ご協力に深く感謝申し上げます。