Kファイル・スポーツドクトリンNO.328:Gファイル「長嶋茂雄と黒衣の参謀」は何故出版されたか
無断転載禁止 10月15日木曜日公開

河田 弘道
スポーツ・アドミニストレイタ-
スポーツ・アドミニストレイションの基軸は“Justice正義&Fairness公正
日本にスポーツ・アドミニストレイション論の必要性を紹介 日米で実践してきたスポーツ・アドミニストレイターの先駆者 (プロフィールは別途ご検索下さい)
目次
Gファイルは何故出版されたか
先ず初めに
Ⅰ.契約は人の尊厳を守る担保
契約書の意義とその目的
Gファイルの露払いとしてのプレジデント誌
Gファイル出版とその因果関係
契約更新とその矛盾
Ⅱ.Gファイル出版の決断
Gファイル出版の目的
Gファイルは5800ページであった
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Gファイルは何故出版されたか
先ず初めに
Gファイル「長嶋茂雄と黒衣の参謀」は、2006年10月13日に文藝春秋社より出版されました。本書籍は、1993年からそれまでの藤田元司監督の後を受け長嶋茂雄氏が二度目の監督を受諾した事を受けてスタートした次第です。本著は、「長嶋ジャイアンツ」にベースボール・アドミニストレイター(略BBA)として任された日々の業務と、そこに起きる数々の現実を実名で文章に残した記録の書です。
私は、あえて1年間準備期間を頂き1994に契約し業務をスタートしました。
今日では言わば「GM役」を、渡邊恒雄最高経営者(読売新聞社社長)と長嶋監督から常務取締役兼監督補佐として正式に招かれ、お引き受けさせて頂いたという事です。本著は、河田弘道(略:BBA、Baseball Administrator)のドキュメント物語です。この役目を「黒衣の参謀と名付けられた」のは、著者の武田頼政氏でした。
Gファイル(File)は、当時私が過去8年間に渡り米国の大学勤務と日本の西武・国土計画の堤義明氏の野球担当秘書として二足の草鞋を履いていた時の経験と体験からの教訓をもとにした、実践における職責・責務のエビデンスであったとあえて申し上げた方が分かりやすいかと思います。
Ⅰ.契約は人の尊厳を守る担保
契約書の意義とその目的
東京読売巨人軍の仕事を受託するに当たり、契約書に基づく業務を遂行する為には、全ての「業務内容は書面で残す」事が契約を全うする上で責任の所在が明快であると確信したからです。此のことは、常務取締役兼監督及び球団組織を守り、強いては自身の身を守る唯一無二の方法である事を自身の過去の経験、体験から得た知恵であったと思います。
この根拠は、嘗てお世話になった西武・国土計画の業務において契約書があってもそれを遵守しないという日本独特な身勝手文化とそれに伴う脅しの文化が組織の底流を支えている、言わば契約書は形式的なもので契約なる文言に尊敬の念を持たない事を初めて知り、自ら担当していた相手に多大なご迷惑をおかけしてしまった事を体験して来ていたからです。
Gファイルと命名した理由は、丁度このころ米国のテレビ映画で「Xファイル(File)」に大変興味を得ていた時代背景もあったのだと思います。私の東京読売巨人軍での日々の業務の書面をGファイルとして、連日連夜小職に起きる出来事とその事実を1日の業務の最後に書面に纏め、必ず長嶋茂雄監督(兼常務取締役)宛に記録として送付、また、その一カ月の要旨は、長嶋名で最高経営者の渡邊恒雄氏に監督自らがお届けする手段を用いた次第でした。その最大の根拠は、渡邊、長嶋、河田の三者間の「齟齬(そご)」を最小限度に留めることに在りました。
小職の業務は、「長嶋茂雄氏を監督として勝利する」事が契約の趣旨・目的で在りましたので、本趣旨・目的に該当する「業務権限」を私(BBA)に与えられる事を条件とする為に契約書以外に覚書を交わさせて頂いたのです。
これは、一例ですが広報に関する一切の関りと責務を外して頂き、即ちマスメディア関係者達との接触をお断りし、球団広報役としては、渡邊氏、長嶋氏、そして球団広報部長氏を表に出て頂いた次第です。これは、渡邊氏にとっても長嶋監督にとっても、小職がマスメディアに出ない事が安心であり、都合がよかったのも承知していたからです。
その為に本社社会部のベテラン記者で在られた中村清昭氏(21年間警視庁キャップのキャリア)に本社から球団広報部長に移動して頂き、小職をサポートして頂く為に常に帯同を共にして頂いたことでした。このようなお約束は、関係者の皆様に徹底して頂いたことでマスメディアの関係者諸氏との接触は全てお断りさせて頂いたのでした。
お世話になった中村氏のお子息が、近年球団の広報に所属している事をお聞きしてこれもご縁だったのかも知れません。時の流れと共に当時のお父様の業務に興味を持たれたのかも知れません。当初私は、中村部長から「息子が読売新聞社に入社しました」とお聞きしたのが、つい先日のように思えてなりません。中村氏には、特に警察関係問題に大変人力して下さった数々の思い出が記憶に蘇ります。球団内部においては、本社内部の動きと球団内部の派閥、人脈の整理とその処理に大変力を貸して頂きました。
Gファイルの露払いとしてのプレジデント誌
Gファイルは、出版に先立ち2004年12月13日にプレジデント社(財界誌)発行のプレジデントに5回短期集中連載で「巨人軍衰亡」の内幕と題して第1回「第二次長嶋政権を救った秘密のGファイル」が始まりました。まさにこれが後のGファイル「長嶋茂雄と黒衣の参謀」の露払いとなった事は事実でした。
当時プレジデント社の編集部から小生に問い合わせが参った時には、既に同社は武田頼政氏をライターとして推薦して参られたと記憶しています。プレジデントは、月2回の発行雑誌である事からあっという間に財界からマスメディアに拡散され、当時は野球界のみならず一般社会の巨人ファンのみならずアンチ巨人ファンの間ではあらゆる憶測、推測が飛び交ったかに聞き及んでいました。その中でも一番興味を持たれたのは、財界の経営者、管理者の間での話題は中小企業の経営管理者に迄広がったとの情報が日本経済新聞社の担当記者氏から頂いていました。
財界の経営者、管理者の間では、本プレジデントが連載後に「この連載に関する書籍」の出版があるのでは、との噂が瞬く間に拡散された事を記憶しています。
Gファイル出版とその因果関係
私は、プレジデント社からの連載オファーを受けるころには既に「Gファイル」出版の意思を固め、準備をしていた時期でありました。
このプレジデント誌への連載が確か4回目が終了した頃でしたか、自薦他薦により本ドキュメンタリーを書かせて欲しいとの打診が持ち込んで参られました。その中でも大手広告代理店の当時の専務取締役からは、沢木耕太郎氏(ノンフィクション作家)に、そして知人でもありました佐野真一氏(ノンフィクション作家)、谷口源太郎氏(ライター)、その他と著名人からお声を掛けられた事には恐縮致した次第です。しかし、本書籍を出版する趣旨・目的は、小生の特殊な事情が深く関係していることから、著者の主観を移入される事を望みませんでした。よって、本件の著者は、Gファイル出版の趣旨・目的に沿った誠実で正直に表現される人物であって欲しかったのです。某大手出版社からは、著者は「河田本人」が表に出て頂き中身は出版の趣旨・目的に沿った内容、表現で書かせて頂きます。とのゴーストライターの準備まで申し出られた出版社も出てきた次第でした。
Gファイルを語るに当たり、どうしても語らなければならないのは、私が日本企業に最初にお世話になった西武・国土計画でした。そしてそこでは、当時西武王国の天皇と迄言われた堤義明社長の下で野球事業に特化した特命事項を遂行する中で読売巨人軍の経営、運営管理に携わる政治家を含めた日本プロ野球界の構造、主従関係から各球団間の貸し借りに至るまで、あらゆる人間関係の実態を学ばせて頂き、身に着ける機会を与えて頂いたからです。この実践経験は、その後自身の身を守る所作さえも自然に身につけて行ったのだと自負する次第です。
読者の皆様は、東京読売巨人、江川卓投手と来ると「空白の一日」と思いが浮かぶのではないでしょうか。この時の西武・国土側の江川の担当者が私こと河田であったのでした。西武・国土計画の代表として江川氏に会ったのは、後にも先にも小職のみだと思います。この当時の西武・国土は、対読売新聞社に対する対立構造は、半端ではありませんでした。本件は、日本プロ野球機構の金子コミッショナー氏の如何わしい裁定により、現代まで禍根を残しているのです。その後金子氏が所属していた住友銀行の大量の西武・国土担当役員が処分されることに相成ったのも先日のように思えてなりません。この日本社会を巻き込んだ江川騒動の中心に余儀なくされた若輩の小職の心境を読者の皆様は、どのように推測されますか。
この様な事態の一部始終を最初から存じ上げている小生が、東京読売巨人軍の常務取締役兼監督補佐に迎えられたのですから、一番驚いているのは本人の私です。通常であれば、このような事は、先ずありえない日本社会であります。これは、神様の悪戯なのかはたまた小生のDestinyなのか。我が人生は、波乱万丈で明日何が起きるか神のみぞ知る事を認識したのはこの時からでした。
東京読売巨人軍では、1996年に当時西武ライオンズの看板選手でした清原和博選手の巨人移籍に関わる件では球団の幹部会で全会一致で小職が清原選手の窓口にされ実行致した次第です。此処では、最高幹部会であったため編成担当常務取締役兼監督の長嶋氏が他の幹部達が、本件に関わる事を怖がっている様子を見て、本件のセッティング並びに面談を河田に頭を下げてお願いされた様子が印象的でした。これを受けて小職は、全会一致が条件である事を伝え、長嶋氏にその旨を白紙用紙(A4サイズ)に手書きで書いて頂きました後、出席者全員に同意の証の署名をして頂きました。此処迄徹底致さなければ、この業界では信じられない事が起きることを自覚していたからだと思います。
この時は、当時の西武・国土時代の江川卓選手の件とは真逆な対応を強いられたのでした。これも運命の悪戯なのか。
このような事が起きるたびに小職は、過去の実践経験と人を大切にして来た自身の所業に感謝を忘れませんでした。
契約更新とその矛盾
日本プロ野球界は、慣例で球団の雇用体制は基本的に1年契約の更新が定着しています。フロントは、契約スタッフ、契約職員、契約社員、親会社からの執行社員、役員、等々と多種多様な雇用形態をなしています。監督は、何年契約とよく言われていますが、米国MLBのような契約ではなく形式的な物が一般的であります。先だっての阿部監督の様な件は、特殊なケースです。形式的には、辞表を提出が型どおりですが、その前に上司から肩を叩かれるか、言い含められるか、後の始末を含ませるか、日本独特な社会慣習がプロ野球界には今日もなお行き渡っているのも事実です。
小職の契約は、これらの慣習とは異なり契約内容、同意書内容、及び渡邊氏、長嶋氏との個々の信義を反故にされるような事が起きた場合でも当方からお断りするお約束になっていた事でした。
此のことから、長嶋監督と小職の間での信義が一つ反故にされた事、もう一つは全く別件で渡邊恒雄氏の側近が起こした信義が一つ反故にされた事でした。
これにより長嶋氏は、小職が退任後2年間話し合いを継続されましたが、小生は彼からの話は一切受ける筋の物でない事を申し上げお断りをさせて頂いた次第です。
一方、渡邊氏の側近の問題及びそのやり取りは、渡邊氏と直接コミュニケイションラインを持ち、率直な意見を約2年間行いましたが、同氏の側近が事実を認めず嘘を通したために、その事実の証を渡邊氏に届けました後、音信不通となった次第です。その後、再度長嶋氏が伝令役で条件提示までなされましたが、お断りさせて頂いた次第です。
Ⅱ.Gファイル出版を決断
Gファイル出版の目的
小職は、信義の価値観とその重みを渡邊、長嶋両氏が理解しようとされず、長嶋氏は渡邊氏の顔色を窺っていると判断致した次第です。その為に退任後2年数カ月を要し対話を申し出られて来た時の内容と対処法で嘗ての西武・国土の経験から、これは本件の真意を明確にお知らせした方がよいのでないかと熟慮したのであります。
しかし、最終的には、小生を引き留めるための手段として、日本テレビの取締役のポジションを準備され、最後には、長嶋氏に白紙小切手迄準備させての土下座外交と品の良い話では無くなったのでした。
これは、物事への価値観の相違があまりにも異なってきたので小生自らコミュニケイションに興味を持たなくなったと申した方が読者の皆様には、分りやすいかと思われます。このような件は、西武・国土計画においても自身が経験、体験をしていましたので、驚くこともありませんでした。
結果として、渡邊恒雄氏は、自身の信頼されている側近の保身の為の嘘を問い質せなかったと理解しました。BBAは、このGファイルにその事実をお伝えし、東京読売巨人軍に関わる本社内部の関係者の浄化並びに責任者達の信義の重要性とその重みをお伝えする事がその主たる目的であったという事です。
このようにGファイルは、日本プロ野球界の伝統的な球団の経営、運営、管理に親会社の私物化により、公私混同したベースボール・アドミニストレイションが行われている関係の実態を小職を招聘して下さった渡辺恒雄氏にご報告する事を目的としたある意味報告書でありました。
Gファイルは5800ページであった
800ページは如何に
公開されていますGファイルは、5000ページに及ぶ秘密のファイルとなっていますが、実はGファイルは5800ページのファイルであります。その中の800ページは、ご紹介できない代物なのです。当時友人の法律家の方々からは、「河田さん、大事な資料を抜かれていませんか」とご指摘を受けましたが、実はその通りでありました。
発売1週間前には、出版社より初版が届きました。その初版に親書を添えて、1冊は、堤義明氏のご自宅宛で、2冊目は、渡邊恒雄氏のご自宅宛にそれぞれ送付させて頂きました。長嶋茂雄氏へは、当時病に伏せられリハビリをなされていましたのでご遠慮させて頂きました。しかし、あの渡邊氏は、発売日に本社局長クラスが大騒ぎされている中、何一つ語らず部下達にも何の指示も出さなかった事が、内部幹部から風の便りで耳にした次第でした。
この渡邊氏の対応は、後に社外のマスメディアにおいても、「あのナベツネ氏が何故反論しないのか」と七不思議の一つに数えられているようです。その後、読売新聞本社から一人の渡邊氏の側近中の側近であった方が、地方の読売新聞社、そして次に日本テレビ系列の局を転々とされてサラリーマン人生を閉じられたかに聞き及んでいます。
Gファイルは、日本プロ野球史、東京読売巨人軍、長嶋ジャイアンツ、メイクミラクル、メイクドラマが語られる時に誰かがまた国会図書館に足を運ばれて、長嶋ジャイアンツに起きた史実に興味がある読者の目に触れる事があるかも知れません。
またこの未開封の800ページのGファイルは、誰の目にも触れることなくお蔵入りとなる事を願う次第です。小職にこの800ページを開示させなかった渡邊恒雄氏は、真の政治ジャーナリストであったのでしょうか。
本書を出版するに当たりましては、小生の欲得が絡んでいたのではありません。その証として本書籍の印税は、著者の武田頼政氏に寄贈することを文藝春秋社の発行者に文書でお伝えした次第です。小職の意向でGファイルの印刷部数は、制限させて頂きましたので、全国の皆様に行き渡りませんでした事をここにお詫び申し上げます。
文責 河田弘道
スポーツ・アドミニストレイター
スポーツ特使(Emissary of the SPORTS)
紹介:Gファイル「長嶋茂雄と黒衣の参謀」文芸春秋社 著 武田頼政 本著は、2006年10月13日発売、翌年完売の為現在はAmazonで中古オークションで入手可能。河田弘道の西武・国土計画、東京読売巨人軍での激闘の日々のドキュメントです。登場人物は、全て実名です。
お知らせ:
KファイルでこのようなGファイルのキーワードが紹介されることを読者の皆様は、驚かれたのではないでしょうか。東京読売巨人軍は、長年に渡り日本プロ野球界を牽引して参りました。しかし、長嶋ジャイアンツのメイク・ミラクル、メイク・ドラマ以降燦燦と輝いていた太陽は消えてしまいました。時代と共に読売新聞社、東京読売巨人軍の最高経営者も交代され、野球事業も新時代に突入する中で巨人軍が取り残されることなく、新時代に相応しいベースボール・アドミニストレイションが執り行われますことを心より祈念致しております。小生は、幼少期から熱狂的な巨人ファンであり、長嶋茂雄選手を超えるのだと日々野球に没頭していたころが懐かしく思います。その長嶋茂雄氏と一心同体で戦って参り、憧れの同氏の懐に入れて頂き同氏の本質に触れさせていただいた事は、小生の貴重な新たな財産となりました。深謝



