K'sファイルNO.117:国籍を提供した外国人選手による日本代表 ①

f:id:hktokyo2017041:20190718003102j:plain


K's
ファイルNO.117国籍を提供した外国人選手による日本代表

無断転載禁止 お知らせ:K'sファイルは月2回、第2、4木曜日掲載予定

読者からの便り~

おはようございます。K’sファイルNo114115116を拝読しました。高校野球の名門私立高校を卒業している私にとっては、看過できない内容でございました。(私は、サッカー部主将でしたが。)母校の校門をくぐると添付写真の様な野球部の甲子園優勝記念碑のオブジェを目にする事ができます。この華々しい栄光の数々の裏で何が起きているのか、河田先生であれば容易に想像が出来るのではないでしょうか。(ちなみに、土のグラウンドはサッカー部のものです。硬くてケガの原因)当時私が、高校生だったころを振り返ると、野球部は特に異質な存在でした

異質と感じた理由としては、県外出身者が多い。出身を聞くと、当時は行った事もない様な遠い県の名前を聞かされたことを鮮明に覚えています。遠征でほとんど学校に来ない。当時の母校は、進学クラス(2クラス)・一般クラス(7クラス)母校は、中学校からの内進クラス(3クラス)・野球部・サッカー部・ラグビー部・吹奏楽部から構成されるスポーツクラス(3クラス)の合計15クラスで1学年が構成されていました。私は、進学クラスに所属し、18時間授業をこなして、サッカー部の練習に参加しておりましたが、スポーツクラスでは、午後2時には、授業が終わり、それぞれ練習場に向かっていきます。野球部は、特に遠征等でほとんど学校にいない子も散見されました

特待制度による入学金・授業料の免除、進学クラスの子(私ですら)受けられなかった特待制度をほとんどの野球部員が受けていた。学業との両立が成されていないことに疑問を感じていましたし、野球部員が特別扱いされているという印象と学校の知名度向上の為にただただ利用されているのだなと感じました

私の代は、夏の甲子園に出場していましたが、卒業後の彼らの運命は過酷なものであったと聞いています。勉強そっちのけで野球をしているので、学業のレベルは偏差値でいうと30から40程度で受け入れてくれる大学は少なく、運よく入学しても、大学の講義のレベルについていけなくて、中退した人も少なくありません。当時のレギュラークラスですら、例外ではありません。私の知っている野球部員は、大学中退後に、仕方なく長距離トラックの運転手になっています。 キャバクラのキャッチをしている人もいます。いちがいに人の幸せを測ることはできませんが、私には、彼らがいま、幸せなのかは、わかりません。

 自己責任と言ってしまえば、それで終わりですが、周りの大人たちはとてつもなく無責任だなと感じます。高校野球とは、何のために、誰のためにあるのか。どうあるべきか。再考すべき時が、来ているように思います。高校球児たちの努力の方向性を匡し、将来にわたる長期的なスパンで彼らの幸せを考える事ができるのは、我々大人だと思います

河田先生の発信で少しでも変化があることを祈ります

 

~激変して行く日本代表の概念~  

目次:

筆者の素朴な疑問と心情

1.ナショナルテイームのステイタスとは何

①日本代表に大義はあるか

②外国人ソルジャー導入の真意は何処

③被害者の救済を何とする

④今日に至る歴史とその歩み

⑤競技者達の動向と変化

筆者は、先ず外国人選手が日本代表になる事に対して反対しているわけでない事を述べさせて頂きます。外国人選手を導入するその趣旨・目的を責任ある各関係機関、組織・団体は、国民と社会に対するコンセンサスを得る必要があることを提案させて頂きます。競技スポーツであっても、日本代表とは、国家、国民、社会を代表するに相応しい資質の人材、テイームである事は基より、代表にはファエネスが重要なファクターであることを決して忘れてはなりません。

筆者の素朴な疑問と心情

@誰もが議論しようとしないタッチー(touchy)な問題とテーマなのか。

@外国人選手がいる日本代表テイームは、時代の流れと捉えるべきか。

@日本代表選手に伝統的な日本人が居なくなる日がやってくるのか。

@国際競技スポーツは国際競技スポーツ連盟(略:ISF)のルールが基本とされている

    が、これでよいのか。

@五輪、及び各競技種目別国際大会(ワールドカップ、世界選手権、等)に国名使用の

    意義が問われる日が来たのでないか。

@個々の選手は他国の代表選考にトライアウト出来る日が来るのか。

@競技本来の本質は差別化か。

@資本主義は、差別と矛盾の楼閣の上に位置するのか。

 

1.ナショナルテイームのステイタスとは何

①日本代表に大義はあるのか

1964年東京五輪当時、まさか今日のような日本を代表するナショナルテイームに「前」或は「元」といった、外国人選手がそれも大量に国籍を提供されて、日本代表として国際試合に出場するなど誰が予期した事でしょうか。日本を代表するテイームとは、日本で生まれ日本の義務教育を受け日本の国籍を有する、同一民族の集合体であると誰もが考えて来ました。それ故、今日のような日本代表選手の規定、定義については、外国人選手に国籍を提供して出場させる前に、国家、国民、社会は、日本を代表する選手、テイームへの伝統的な概念の改善、改革を議論すべきである事を強く進言したいと思います。その結果として、グローバルな国家、社会へと移行するのであれば法律に沿った、国内の競技スポーツに関する組織、団体の在り方、運営・管理を含めた新たなルールの設定が先ず議論されるべきではなかったのか。此のままでは、なし崩しの状態で各競技スポーツ関係者、機関、団体の思惑により目先の利害、利権に一層偏重した編成となり、若者達が代表になる権利を大人が奪ってしまう事になりはしまいか、また既に起きている事を重く受け止めなければなりません

 

②外国人ソルジャー導入の真意は何処

2019年ラグビーワールドカップ(略:ラグビーW杯)に於いて、日本のナショナルテイームは、レギュラーの半数以上(31名の代表の中15名外国人)が外国人選手により編成され、集団を形成しています。此のことに関して、読者の皆様の中には、少なからず違和感を持っている方がいらっしゃるのでないかと思われますが、如何でしょうか。そして、その中には名前に日本名の漢字を使用している選手がいます。これには、何か理由があるのでしょうが、滑稽にしか映らないのです。

筆者は、これらの選手達を目の当たりにして、彼らは国際競技大会の為のソルジャー(soldier=戦闘傭兵)と命名して、指揮官、コーチングスタッフも外国人に手渡しているのだから全員外国人部隊で編制する方が中途半端ではなく、勝利とメダルは金で買うとハッキリ国民に宣言するべきであると思いますが如何でしょうか。外国人部隊が日本代表を席巻する最大の理由がなんであるか、それらを日本国民、社会が理解した上でコンセンサスを得ているのであれば何の問題もありません

筆者は、国民、社会が理解し納得する為のプロセスが必要不可欠であったのではないかと正直思う次第です。何故ならば、我々日本国家は、単一民族として今日まで歴史と伝統を堅持して来たのではなかったのでしょうか。其の為にも我々国民、社会を代表するナショナルテイームは、国際ラグビー協会の解放されたルールに基づいたルールとは言え、また開催国として勝利最優先とは言え、もう少し日本文化を大切にする心と強い意識を持って欲しかったと願うのは筆者だけなのでしょうか。公益財団法人日本ラグビー協会は、嘗て日本で唯一最後の最後まで伝統的なアマチュアイズムを継承し、強く堅持した協会、及び関係者で在った事もこれまた皮肉な現実であると合わせてご報告します。

本競技スポーツの特徴は、身体能力(フィジカルアビリテイー)の高い選手が求められることに有ります。これを機会に他競技スポーツも、外国人選手達による助人集団へと邁進している事を読者の皆さんは既にお気付きの事と思います。サッカー、バレーボールの様なナショナルテイームもやがては、代表選手の中に伝統的な日本人を探すのが難しい時代が到来するかもしれません。大会毎に主催、共催、後援の看板を掲げる日本のマスメデイアは、自社の番組宣伝の為、商品価値を高めるための高下駄を日本代表選手達に履かせますが、いくら過大評価に心血を注いだとしても、その成果と結果が伴わない事も事実です。このような現実から、日本人選手の選手能力、戦力としてのコンセプトを抜本的に考える時期が来たと考える事は現実的です。しかし、それを理由に、日本の競技スポーツの伝統と先人達が培ってきた歴史を踏みにじることに成るのは如何なものかと思います。

 

③被害者の救済を何とする

此の事から被る、最大の被害者は子供達です。子供の競技スポーツへの夢を大人達の利害、利権により踏みにじられ、潰されて行って居ることを見逃してはなりません。目先の事しか考えない大人の利権亡者達により、子供達の出場枠が奪われだしたという事に何故責任者達は、目を向け熟考しようとしないのか怒りを禁じ得ません

先だっても中学、高校の部活指導者、教員、父母からこんな便りを頂いております。「子供達は、テレビでラグビー日本代表の試合を見ながら、もうラグビーを続けてもあのような外国から来たゴリラのような人達がいるので、幾らラグビーをやっても日本代表には難しいよ。とふと我が子が呟いた時に初めて気づかされた」とある父母がこの代表選抜の有り方を語っているのが印象的でした。

この様な状況は、他の競技スポーツに於いても他人事ではなく、国内に於けるフェアーなルール作りを国民、社会と共に行わなければ子供達からスポーツを奪ってしまう事に成りかねません。これは、ある意味に於いての大人の「暴力」に当てはまるのでないでしょうか。

お上は、全く調査も行わず、ただ安易に勝つ事、注目を得るための目先の結果にとらわれる為に国の未来の財産であるはずの子供や若者達の夢も奪っている事に誰も気付かず、議論の対象にもさせない日本のスポーツ界の実情を憂えてならないのは筆者だけでしょうか

驚くことなかれ、もうすでに地方の私立高校には、トンガ、その他から輸入された未成年のラグビー選手の活躍で毎年、高校選手権でシードを担保されて名声を博している学校がある事等、氷山の一角です。いみじくもこの高校の地元には、ラグビー協会の前会長で東京五輪組織委員会会長、元文科大臣の国会議員のお膝元でもある事を聞くに付け、誰もが問題を提起できないのかも知れません。此れもまた、日本のスポーツ界に徘徊する政治家達との負の遺産なのかも知れません。

このような底辺から聞こえる声は、我が国に於けるスポーツ・アドミニストレイションのレベルの低さを如実に物語る子供、父母、指導者達の現場の悲鳴で在りこの悲壮な叫びを何とするのでしょうか

 

④今日に至る歴史とその歩み

近年は、1974年にIOC国際オリンピック委員会)がオリンピック憲章から「アマチュア」の言葉を削除したことにより、以降世界の競技スポーツ界には大きな変革が及んでいる事は読者の皆さんもご承知の通りです。

世界一を決めるオリンピック大会に於いて、卓越した力量を発揮するプロの存在は無視できない存在へと変貌し、スポーツ界に押し寄せる商業化の波も避けられないものに変わりました。

時を同じくして、世界を襲った「石油ショック」は1976年のカナダ・モントリオール大会を直撃。開催にかかる莫大な費用を開催都市、開催国では賄え切れなくなり、莫大な負債を抱えることになった結果、各都市はその後の開催立候補に二の足を踏むようになったのです。アマチュア規定削除により、大きな転換点となったのが、1984年のロスアンゼルス大会でした。IOCが大会及び選手を商品としたコンセプトで管理したテストケースとして大きな注目を集めました。

ロス五輪組織委員会(略:LAOOC)委員長のP・ユベロス氏は、民間資本導入する為に「広告代理店の電通」をパートナーとして取り込み、何と日本経済がバブル期で在った事をよい事に、開催に必要不可欠な予算を「保証=ギャランテイー」させる契約を結んだのです。

その中で放送権料、入場料収入に関しては、電通との契約に入れなかったという強かな交渉(ネゴシエイション)をやり切ったのはユベロス氏のスポーツ・アドミニストレイターとしての、特にビジネス・アドミニストレイターとしての剛腕ぶりが発揮された成果と結果でした。

LAOOCは、大会の赤字を回避したのみならず、招致に際してのユベロス氏の公約通りに、合衆国、カリフォルニア州ロスアンゼルス市の国民、州民、市民の税金を1セントたりとも使わず、そして黒字化する事を実現したのです。

その後五輪は、肥大化の一途を辿り、2020年東京五輪に至っては招致活動時の公式プレゼンテイション内容とは全く異り、世界最大級の金のかかる五輪を演出してしまった次第です。これらは、誠実な大人の日本代表者達が行う真面な行為ではありません。此れ即ち、招致活動は、招致する為のフェイクのプレゼンテイションで在ったと言われても全く言い訳できないのは言うまでもありません。それに加えて、本招致活動に於けるIOC理事達の収賄疑惑は、竹田前JOC会長の辞任を持って責任の所在を未だ明らかにさせないIOCJOCのオリンピック運営、管理団体の真の姿なのです。

2020東京五輪招致の趣旨、目的は、一体何だったのでしょうか。政治家達と広告代理店の為の選手達をCOREとした世界で一番金のかかったイベントショーが間もなく開演されようとしています。

IOCJOC内閣府文科省スポーツ庁東京五輪組織委員会の責任者達、多くの関係した国会議員達は、本大会が最悪の酷暑の中で行われる事、この中でバランテイア活動を強いる方々へのリスク、等を如何思慮した上での招致で在ったのか等、誰も考えもしなかったようです。何故ならば、このような人達は、空調の効いた涼しいビル、車での移動、涼しい競技会場の特別室に身を置くことしか考えない人達であるからです。

2020東京五輪の招致活動は、最たる悲しいレガシーとして歴史に刻まれ次世代が延々とこの負の遺産を背負い続けて行かなければならいのです。

読者の皆様は、是非今日の五輪の肥大化の原因が何処にあるのかを考えて頂ければ幸いです。2020年の東京五輪の財政、財務状況をこのLAOOCの財政、財務コンセプトと比較して下されば、組織委員会の最高責任者の能力と実行力により国民、社会にどれほど莫大な負担を掛ける事となったかをご理解いただけると思います。本K'sファイルでは、当初より重大な問題とポイントについて指摘させて頂いております。

 

⑤競技者達の動向と変化

1980年のモスクワ五輪は、ソ連アフガニスタン侵攻により自由主義国がボイコットした事はご承知の通りです。この80年代を境にして、世界のトップアスリート達には、特に大きな動きが見え始めたのです。その最大の変革の根源は、IOCのアマチュア規定削除によりアスリート(競技選手)が、競技スポーツと言うイベント・オーガナイザー、スポンサーの代理としての広告代理店、TVマスメデイアによって、COREである選手がビジネスに利用、活用、展開されるようになったことです。

それに伴いアスリートは、そのイベント成立に必要不可欠なビジネスCOREとして、一躍商品価値が増大したのです。先ずその中でも特に個人種目に於いて世界記録を持っている選手、それに近い選手達の価値が増大し各国で開催される国際大会に於いては、引く手あまたとなりました。特に陸上競技大会に於いては、オリンピックを先頭に、世界陸上選手権大会、等と需要供給のバランス迄崩れてしまい、各国で開催される国際大会に於いては出場するだけで出演料(アピアランスフィー)を要求する選手達が常識になってしまったのです。その中でもトップアスリート達は、出演料以外に成功報酬(インセンテイブボーナス)と称して、世界記録、大会記録、大会順位、等々に値段を付けて主催者に約束させる風潮が1980年代から色濃くなって来たのです。アスリート達は、またスポーツメーカー社と個人契約をし、必要衣類、シューズ、等以外に大きな成功報酬の契約が付帯されているのです。

丁度この頃から、選手達、そしてそれを支援する代理人達には、それまでと比較すると遥かに大きなプレッシャーが、圧し掛かるようになったのでした。選手、指導者達は、そのプレッシャーを金銭に置き換える事によりスポンサーに多くの対価を求め、自身には、記録と怪我と言う対価を代償としたのも事実です。それがために、製薬会社との提携により記録を、また、怪我の早期回復を図るために強力な薬物に依存する事も厭わず、今日もその負のスパイラルから抜け出せない現実が此処にあるのです。

個々の選手達には、選手代理人代理人会社(スポーツ・マネージメント会社)が出現して選手のトータルマネージメント迄行うビジネスが世界中に拡散し、それが今日では、高度なビジネススキルを持った会社・組織として経営、運営、管理がなされる時代を迎えたのです。競技スポーツは、スポンサーにより支えられています。アスリート(競技者)は、スポンサーにより糧を得ているのも事実です。

文責:河田弘道

Ksファイル著者

スポーツ・アドミニストレイター

スポーツ特使(Emissary of the SPORTS

お知らせ: NO.116に付きまして読者からのお便りを頂きました。実体験された私学の現実をリアルにお伝えして下さり有難うございました。このリアリテイーを主催者の高野連朝日新聞社の役員には、どうしたら届きますでしょうか。NO.117は、読者の皆さんが素朴に疑問視している視点を取り扱いました。如何でしたでしょうか。次回NO.118は、さらに問題の本質を述べさせて頂こうと思います。TV、マスメデイアが話題にしない理由をご存知ですか。

注:次回は、9月26日木曜日、Ksファイル公開を予定しています。

K’sファイルNO.116:賛否両論の日本野球の伝統と美学

f:id:hktokyo2017041:20190718003102j:plain


K’s
ファイルNO.116:賛否両論の日本野球の伝統と美学

無断転載禁止            K'sファイルは毎週木曜日掲載予定

K’sファイルからのお知らせ:

残暑お見舞い申し上げます。

読者の皆様には、いつもご笑読下さりありがとうございます。またいつも貴重な読後感、書評、ご意見、励ましを頂きまして感謝申し上げます。次回K’sファイルNO.117は、夏休みを頂きます関係で9月第二週木曜日を予定しております

 

第三弾 高野連は教育者の立位置で

目次

Ⅰ.激動の日本野球界を経て

  ①肥大化した甲子園興業

  ②社会人野球プリンスホテルテイーム設立が激動に点火

  ③経営破綻に伴う球団の引き取り

  ④高校野球に及ぼした影響

Ⅱ.高野連は明快なルールブックを何故作れない!

  ①必要不可欠なルールブック

  ②明文化した規則・罰則が必要不可欠

  ③高野連は国民、社会に分かりやすく情報公開する義務有

  ④アンフェアーな事態を如何に裁くか

 

Ⅰ.激動の日本野球界を経て

①肥大化した甲子園興業

伝統ある公益財団法人日本高等学校野球連盟(略:高野連)は、国際オリンピック委員会(略:IOC)と酷似の状態のようです。利害、利権が絡み合った政治化した組織・団体であり、肥満化してしまった様相が今日の地方大会や甲子園大会の対策、対応から感じるのは筆者だけでしょうか。長い年月をかけて今日の春夏の甲子園大会は、日本の風物詩となりました。しかし、イベントが巨大化するに従い、高校生、指導者への多重な負担、教育という大義名分が建前化し、本大会に出場できない大多数の高校や選手達に対する対応がないがしろにされている現実をどう今後救済し、この大きな課題に対する改善、改革に何時誰が手掛けるのか考えさせられます。

果してこの肥大化した春夏の高校野球興業は、本当に現代社会、教育機関に於いて学業と競技スポーツのバランスの取れた教育指導体系になっているのでしょうか。天変地変の近年の酷暑、猛暑、災害を避けて、春夏の大会を一本化する時期に来ているとご提案申し上げます。この一本化により多角的な見地に立ってもっと多くの競技スポーツに触れ合う機会を与え、個々の能力に適合するスポーツを選択する事も教育者としての指導ではないかと考える次第です。大人とマスメデイアのエンターテイメントと化している今日の高校野球熱を、肌で感じるにつけ、総合的なスポーツ・アドミニストレイションに立って関係者のみならず、国民、社会やマスメデイアも一考する時が訪れたのではないでしょうか。

②社会人野球プリンスホテルテイーム設立が激動に点火

高校野球は、未成年者である生徒達の部活の一つとして、また競技スポーツを教育の一環として運営・管理する事が趣旨、目的であった筈です。それが1974年のIOCのオリンピック憲章の「アマチュア」削除以来、世界の競技スポーツは、一気に商業化、プロ化の道を辿って参りました。国内に於きましては、プロ野球界で西武・国土計画の球界参入があり、それと同時期の1979年に社会人野球プリンスホテル野球部の創設に伴い、ドラフト1位指名の高校、大学の選手達が、ドラフトを拒否し社会人野球のプリンスホテルに就職し、ドラフトボイコット事件にまで発展した事もありました。

プリンスホテル野球部設立当時の堤義明氏は、野球を次のオリンピック種目に格上げする事を画策、日本代表テイームとして、プリンスホテルテイームを丸ごと出場させる遠大なプラニングを持っていたのです。その後、ご存知の通り堤氏と当時IOC会長だったAサマランチ氏とのビジネス交渉で1998年に長野に冬季五輪を、そして野球を五輪種目に無理やり押し込んだのは御承知の通りです。

③経営破綻に伴う球団の引き取り

丁度その時期に、突然西武・国土計画は、経済的な問題を抱え経営破綻をきたしていたパシフィックリーグ所属のクラウンライターライオンズ球団の経営を引き受けざるを得ない出来事が起きたのです。読者の皆様の中には、いまだ鮮明に当時の日本球界の激動の記憶が蘇る方々もいらっしゃるのではないでしょうか。当時は、貸球場として建設中の西武所沢球場(現:メットライフ球場)に西武ライオンズ球団をフランチャイズとして福岡から所沢に1979年シーズンより移した次第でした。経営が成り立たなくなった福岡クラウンライターライオンズを引き取らざるを得なくなったのです。

当時、既に西武・国土計画は、大洋ホエールズ(その後横浜大洋ホエールズ)株を41%保有し、横浜スタジアムの経営、運営に参加し第三セクターの一角を担っていましたので、当時西武・国土計画は、横浜大洋を改修して将来セントラルリーグに参戦するのでないかとの噂が強く在った事も事実です。

この様に弱体した物件のクラウンライターライオンズですが、唯一付加価値のある商品が加味されていたのも事実でした。それは、前年のドラフトで1位指名した江川卓投手の指名権が付帯されていたことが唯一の明るいメリットであったのです。その事はその後、西武・国土計画対読売新聞社東京読売巨人軍との歴史に残る抗争に発展し行くのですが、筆者は、西武・国土計画側の江川投手の担当者であったのも因果と言わざるを得ない出来事でした

高校野球に及ぼした影響

この激動のプロ野球界、社会人野球界の状況は、大学野球界、高校野球界を直撃する事になるのです。

1974年のIOC五輪憲章から「アマチュア」削除宣言による世界の競技スポーツ界の商業化、プロ化は、急速な勢いで留まるところを知らない状況に成って来たのです。しかし、日本に於いては、伝統的なアマチュアリズムを後生大事に利権として抱え込む、JOC、各競技団体、勿論高野連もしかりでした。

確か当時高野連は、利権を犯されまいと声高く掲げたのが「高校野球は教育である」で筆者の記憶に強く残っている次第です

残念ながら時代の急激な変化の中にあっても、「高校野球は教育である」とのこの大義名分に胡坐をかいて、今やそのCOREである未成年の生徒、選手の人権も守れない政争、ビジネスゲームに奔走し、自ら掲げた御旗を見失った状況ではないかと筆者は思う次第です。

今日に至るまで長年高野連は、事あるごとに小手先による対応を行っても、真剣に高校球児の心身の健康を守ると言う観念が欠落していた事を物語るのが、この度の論争もその1つだと思います。無論、高野連には、スポーツ医科学の専門部署が設置されている筈ですが、名ばかりなのか発言力、行動力は成果と結果を伴わないのです

この野球界の様相を横目で見ながら、高野連関係者が指をくわえて眺めていたわけではないのです。

西武・国土計画の野球事業が現実的に振興するにつけ、マスメデイアは、連日連夜報道を拡散するのでした。それに伴い、当時の総理大臣を含めた政治家、日本体育協会(現:日本スポーツ協会)の重鎮達、JOCの重鎮達、各競技、組織・団体の重鎮達、勿論高野連のお偉方は、マスメデイアのトップの道先案内により、西武・国土計画の堤義明氏詣でが始まったのです。この後、堤義明氏は、JOC会長となり現在JOCの最高顧問として位置付けられています

 

Ⅱ.高野連は明快なルールブックを何故作れない!

①必要不可欠なルールブック

このような野球界の激動、激変に伴い、教育機関の野球指導者達は、この激動に乗り遅れまいと、特に野球に特化した大学、高校の指導者達はその変身ぶりに目を覆いたくなるような露骨な動きをし始めた時期でもあったのです。勿論、江川卓投手の泥沼のドラフト権利を巡る一連の社会問題が、大学、高校球界に衝撃のみならず、悪影響を与えた事も事実でありましょう。江川問題の次に起きた清原和博氏、桑田真澄氏のドラフト問題は彼らの人生をも狂わせた証でした。

この状況下に置いて野球を看板とした大学、高校の指導者の多くは、プロ野球界、社会人野球界を個人ビジネスの相手先としての活動を活発化させたのです。

即ち、指導者達の中には、所属する高校を野球選手の生産工房として、高校野球選手をブランド商品にする為に、同県の中学校所属の生徒の中から優秀な選手をリクルートする事が常とされていたのです。しかし、この球界の激動時期を境に真の郷里代表高校とは名ばかりとなって、今日では、特に私学の野球に特化した高校では県外から中学生をあらゆる手段を講じて越境入学させる手法が常態化しているのが現実なのです。近年では、甲子園優勝校の全選手がその県の中学に所属していた痕跡も無い事が判明しているのです。よってこのような中学生狩りをする事を仕事としている請負人が出現し始めたのもこの激動の時期からなのです。

これは、毎年開催される国民体育大会が、開催県が天皇皇后杯を授与される伝統的な慣習が在る事を読者の皆様は御承知でしたでしょうか。実はこれには、国体おばさん、おじさんによって支えられているのが長年の裏舞台なのです。このおじさん、おばさん方は、競技団体の役員関係者が主体であり、高校、大学の教員指導者も関わっているのです。優秀な選手、指導者を開催県にお世話する、優勝請負人として請負料が支払われているのです。此のような国体に何の意義、目的があるのでしょうか。このような無駄使いにもその源泉は、公金が日本スポーツ協会(旧:日本体育協会)から国体費用として計上された資金から流されているのでしょうか。此処に於いても、長年の文化から来る習慣なのか、ルールと言う規則・罰則を明文化しない不思議な実態の我が国のスポーツ界なのです。

高校野球界にも、国体同様な暗い闇商売が全国にめぐらされている事を読者の皆さんはご存でしょうか。勿論、ご承知の通り公益財団法人日本高校野球連盟を管理、監督するお上は、内閣府であり、文科省、実質は現在スポーツ庁となっている次第です。彼らは、長い年月の間にこの様な高野連の実体に対して何をどのように教育的な指導、改善、改革を実施してこられたのでしょうか。此れも、スポーツ・アドミニストレイションが我が国は貧困であると言われる所以なのです

②明文化した規則・罰則が必要不可欠

読者の皆様は、既にKsファイルNO.115でご紹介致しましたが、8月8日に共同通信社の配信によりますと、スポーツ庁鈴木大地長官は、『高校で燃え尽きてもいい』は時代遅れ。故障なく精いっぱい戦うことが重要」と述べ、過密な試合日程の見直しを含めた対策の必要性を指摘した、と発言したそうです。

投手の健康管理を重視する風潮が社会に広まりつつある中、「世の中の流れを敏感に察知し、高校野球は変わらなければいけない」と一層の改革も求めた。との記事が配信されています。これでは、事なかれ主義の優柔不断な思い付き発言にしか聞こえないのではないでしょうか。発言するには、責任の所在を先ず明確にし、責任者には罰則規定、規約の明文化が必要不可欠なのです

生徒選手達を商品としてビジネスとしている方々は、義務教育下にある中学生を商品としている所に日本のスポーツ界の未来が危ぶまれます。仲介人達は、需要先相手とネゴシエイション(交渉)をする術を身に着けだしたのも、この激動の時期からなのです。この術は、現在は当時より遥かに巧妙で陰湿な手口を用いているのも事実の様です。

残念ながらこの様な現実に高野連は、未成年の生徒選手及び義務教育下にある生徒選手が仲介者により売り買いされている実態を存じているのか否か、見て見ぬふりをして全く手立てを講じない現実が高野連の実体ではなかろうかと疑念を抱く次第です。これらは、高野連に明文化された詳細を記した「ルールブック、規則・罰則」が存在しないに等しいのです。高校野球に関係する全ての人達は、共通でリスペクトするルールブック無くして、何をジャステイス(正義)とフェアネス(公正・公平)の基準、基軸となすのでしょうか。

悪例を1つご紹介しますと、野球に特化した私立高校の指導者が、教え子の球児がドラフトされた際、その球児の契約金の何%かをトップオフしていた事を漏れ伝えて聞きました。そして、中には、指導者に何%かを渡さなかった球児に対して、指導者自らが上京してその取り立てを行うという闇金業者顔負けの教育者、指導者も居る事に、誰が球児を守ってあげられるのでしょうか。これは、一例に過ぎないのです。

 高野連は国民、社会に分かりやすく情報公開する義務有

高野連は、大手マスメデイアの朝日新聞社毎日新聞社によりサポートされている公益財団法人であります。そのため、これらマスメデイアを有効活用する事により、国民、社会、高校野球関係者達に開かれた情報を公開するこが出来る筈です。

高野連は、球児の健康管理は元よりこの様な教育者、指導者、関係者から如何にして球児、教育機関を守るのかの根本的な改革をやって来ていない事が今日の高校野球のアンフェアーな状態、現実を黙認しているのではないでしょうか

彼らは、公益財団法人の運営、管理者であることをどれほど理解、認識しているのでしょうか。公益財団法人ならば、何故もっと法人の理念、趣旨、目的に沿った活動を実現する為にも情報公開は不可欠です。

高野連の執行部、重鎮達は、今尚日本の伝統的な手法により選任されていますが、もっと分かりやすい教育的な手法で開示して欲しいと思うのは筆者だけでしょうか。グローバルなスポーツ界を目指す為にも目に見え、透明性のあるスポーツ・アドミニストレイションがなされない限り、高校野球界を照らす次世代への光は消滅してしまいます。

高野連は、お役人、お役所感覚では問題の改善、改革はできません。多くの若者達の夢、目的、目標を教育機関の指導を通して還元しなければならない使命を担っている事を個々の役員、職員、指導者は、肝に銘じていないのでしょうか。

例えば、春夏大会の興行収入、地方大会の興業収入支出は幾らで、それは何処に如何ほど流れて行って居るのかを社会、国民にもっと分かりやすい方法で公表する義務がある筈なのです。高野連を支えている大手マスメデイアは、勿論全ての状況、内容を把握している筈です。そして、その興業収入は、どのように運営管理されているのか、また、個々の高校、選手達にはどのように何が還元されているのか、もっと詳しい情報提供がなされるべきです。公益財団法人は、何か美味しい隠れ蓑でもおありなのか。

丁度高野連の状態は、大学箱根駅伝の収支決算を任意団体の関東学連が、情報公開を拒み続けている事に酷似の状態なのです。読者の皆さんは、如何理解されていますか。

この様な教育機関に直接関わる高野連は、任意団体でなく国が承認した公益財団法人として義務と使命を委託された団体なのです。このような状態では、日本の教育機関の競技スポーツの指導、活動が腐蝕して参るのも当然ではないでしょうか。このような教育機関の公益財団法人に於ける理事、評議員、職員が、推薦、任命されるシステムに構造的な欠陥があるのでないかとスポーツ・アドミニストレイションの視点から申し添えさせて頂きます。

④アンフェアーな事態を如何に裁くか

今日の目に余る現象としては、公立高校と私立高校に於ける野球テイームに対する趣旨、目的が大きく異なる点を指摘する事ができます。つまり、公立、私立の間には、アンフェアーな格差が限りなく助長されているのです

近年は、生徒数の激減から公立高校に於いて、選手数の問題でテイームが組めない状況が全国で発生しています。テイームが組めないので県大会に出場できない高校では、同様な高校が寄り合いテイームを編成するに至っています。

片や、私立高校は、公立と異なる経営理念から野球を同校の看板、即ち広告塔として全国から、一部海外からも未成年者を集め、プロ野球選手養成所と言われても仕方のないような突出したテイーム編成がされているのも現実なのです

このような突出した指導者達とその選手達は、マスメデイアの格好な話題として商品化されているのは御承知の通りです。しかし、このような高校野球の中で、確りと高校野球を通じて教育指導本文に沿った、大多数の公立、私立の指導者達が日々黙々と私的時間も顧みず、春夏大会出場へ夢見る生徒選手達の指導に当たられているのも事実です。しかし、このようなアンフェアーな競技の運営、管理状況下では、生徒選手達のみならず、大半の指導者達は浮かばれません

この様な状況下を野放しにしている高野連は、スポーツ・アドミニストレイションの視点から申し上げますと、非常に思考が偏った組織で機能不全となっている集団のようにさえ思えるのです。

歴代の頂点にある高野連会長は、スポーツ・アドミニストレイターとしての資質をお持ちの方々でなく、周りの役員が伝統的な経営、運営、管理を維持しやすい人物を歴代推薦、任命し、会長席に鎮座させる日本独特な談合制度を後生大事に守り続けていると申し上げて過言でありません。よって、現場の矛盾、非教育的な教員、指導者の生徒、選手への対応、現実などあまり理解できていないと思われます

筆者は、数年前に某大学の総長が高野連の会長に就任されました時に「公益財団法人日本高校野球連盟には、改善、改革が急務で在る事の具体的な内容を書面で送付させて頂きました。会長の所信表明(朝日新聞取材記事から)には具体性がなく、抽象的な表現では使命は果たせないので、高野連の最高責任者として何をどうするかを明文化し、責務の所在を明らかにする事が最大の使命です」と直接お届けいたしましたが、ご返事はありませんでした

この方も雛壇に祭られた操り人形であったのでしょうか、其の後静かに交代されました。これらが我が国の競技スポーツに関わる方々には、省庁、競技団体のスポーツ・アドミニストレイターとしての資質及び組織の体質、改善、改革が何にもまして急がれる事をご提案致します。この様な組織、団体は、構造的な問題を先ず改善、解決しない限り機能しないのは明白です。

以上この度の課題「賛否両論の日本野球の伝統と美学」の第三弾としてまとめさせて頂きました。高校野球に関する話題、テーマに付きましては、読者の皆さんのご要望も取り入れながら、スポーツ医科学の導入とその必要性を機会がございましたらあらためて述べさせて頂きます。本課題の連載にご興味を持って下さり沢山のアクセスを下さった読者の皆様に感謝申し上げます。

文責:河田弘道

スポーツ・アドミニストレイター

ベースボール・アドミニストレイター

スポーツ特使(Emissary of the SPORTS

お知らせ:第三弾は、取り留めない内容となってしまいましたが、読者の皆様には、高校野球の組織、団体に於ける本質的な問題を垣間見て頂けましたでしょうか。これらは、日本のスポーツ界のみならず、日本社会の縮図なのかも知れません。特に未成年者に対する指導、育成、イベントの経営、運営、管理は、如何に透明性を維持、確立するかが重要且つ教育的であるかではないのでしょうか。

次回は、9月第二週木曜日にK’sファイル掲載を予定しております。残暑厳しい日々、どうか皆様の体調管理とご健康を祈念しております。

K'sファイルNO.115:賛否両論の日本野球の伝統と美学

f:id:hktokyo2017041:20190718003102j:plain

K'sファイルNO.115:賛否両論の日本野球の伝統と美学

無断転載禁止            K'sファイルは毎週木曜日掲載予定

読者からの便り~

河田弘道

いつもSNSを通して河田様のK'sファイルを拝読させて頂いております。他のマスメデイアのスポーツ記事、報道より遥かに読み応えがありますのと迫力が違います。そして、なによりも内容が大変読みやすく分かりやすいです。スポーツマスメデイアの記事は、炭酸の抜けた内容なので味が無いです。しかし、河田様の実践に基づいた内容、ご指摘は、なににも勝るスポーツ界のバイブルの様です。それは、スポーツマスメデイアの記者達は、自身の経験でなく他人の言う事、聞き伝えを文章で繕っているからだと思います。河田さんの執筆活動は、真剣勝負なので大変だと思われます。しかし、毎週書き綴られて来られています記事は、いつか必ず日本のスポーツ界の指針、指導書となると仲間達で語り合っています。機会がございましたら直接ご講話を拝聴致したい事をお伝えして感謝の気持ちをお伝えさせて頂きます

 

第二弾 県立大船渡高校監督の苦悩と結果

目次

  Ⅰ.若き指揮官のマネージメント力

    ①先ず初めに

    ②指揮官の勇気と実行

    ③論争のファクトを明快に回答

    ④統括組織・団体には教育の一環としての指針が必要

  Ⅱ.国保監督は未知の世界でのマネージメント

    ①指導者の指導法は大学で得たか

    ②高校野球の特徴

    ③国保監督の反省点は何処に

    ④余談話

    ⑤佐々木投手が決勝戦出場可能な戦略とは

    ⑥まとめ

    

Ⅰ.若き指揮官のマネージメント力

先ず初めに

2019年の第101回全国高校野球選手権大会は、8月6日に甲子園球場で開幕しました。本大会を目指して全国各都道府県では、代表権争いが繰り広げられ、その中でも特に注目を浴びていたのが岩手県の代表決定戦でした。

本代表決定戦は、7月25日に私立花巻東高校 対 県立大船渡高校の間で行われました。本論争に付いて、スポーツ・アドミニストレイターとして、ベースボール・アドミニストレイターとしての視点から論じさせて頂いています。

①指揮官の勇気と実行

第101回大会を迎えて、高校野球界に革新的な問題提起を実践されたのが、この度の岩手県代表決定戦での大船渡高校の国保陽平監督(32歳)の選手起用法であったと思います。

今日まで長年に渡り高校野球界は、春夏の選抜大会と全国選手権大会の運営、管理の在り方のみならず、選手達の健康管理、指導法、起用法について疑問を持ちながらも公益財団法人日本高校野球連盟(略:高野連)、等の伝統を後生大事にされてきた人達が主流で、専門知識、判断力、勇気など発展的な思考回路などはあまりお持ちでなかったと理解する方が分かりやすいかと思います。

そして、この大きな障壁に楔を打ち込まれた国保監督の勇敢な決断には、今後多くの高校球児のみならず、多くの他の競技スポーツに心血を注いでいる高校生、大学生、及び指導者達に一考を与えた事は確かです。

しかし、決断、実行の前には、入念な準備が大事である事もこの度の成果と結果が教えてくれているのも確かです。此のことを本NO.115では触れてみようと思います。読者の皆様には、異論反論が出るかもしれませんが悪しからず。

②論争のファクトを明快に回答

国保監督の大会決勝戦後の取材に対する発言内容からもその姿勢と真意が読み取れます。試合後の取材インタビューに於いて、佐々木投手を決勝戦で投げさせなかった理由は、「故障を防ぐため」であったと述べています。また、補足コメントとして、「投げられる状態にあったかもしれない」が、私が判断した。「筋肉の張りという程度で、痛みとかはなかった」と明快に答えています。

此のコメントの内容から国保監督は、選手の怪我予防を最優先している事が明確に分かります。しかし、後に日刊スポーツ新聞の報道では、「温存の佐々木朗希肘に違和感、準決前に医療班に訴え」と掲載されている事に筆者は何か違和感を感じる次第です。何故なら、本件に付いて試合後大船渡高校の監督は、取材に対して明確に「痛みとかはなかった」と明言しています

日刊スポーツの担当記者は、本論争の重要なポイントの1つであるにも関わらず、ソースの出所は「医療班」と明記、その医療班が何処の誰か明確にされておらず幽霊情報が独り歩きしている次第です

問題は、本記事で断言している、同投手が準決勝前に「医療班に違和感を訴えた」事実を明確に記述出来ていない点です。例えば、「何処の医療班の誰からこの事実のソースを得たのか、専門医、トレーナー(有資格者)のチェックを受けた見解なのか」は、大変重要な視点であり、これだけの記事では読者をミスリードさせるのみならず、監督の取材回答を否定する事に成りかねない状態です。いかがなものでしょうか。

此のままでは、掲載記事に対するリアリテイーに疑問が残る、この度の論争を鑑みますと守秘義務の適用に当たらないと思われます。これに回答出来ないのであれば記者の捏造と取られても仕方がない内容であると思うのは筆者だけでしょう。本記事が事実とするならば、佐々木朗希投手の今後に何らかの影響を及ぼすかもしれません。また、これが事実なら監督は、取材会見で事実を公表しても何ら問題でありませんでした。

③統括組織・団体には教育の一環としての指針が必要

競技スポーツの目的は、同条件の下で競い合い勝利することが大前提です。しかし、教育機関に所属する生徒は、本来勝利と教育の両面を担った目的を背負っている筈です。そこで両面を司る高野連と各高等学校の運営、管理責任者、指導者は、バランスの取れた運営、指導、管理が必要なのです。

近年の高校野球は、このバランスが崩壊してしまっているのが実情です。その大きな要因としては、甲子園を目指した春夏の選抜高校野球大会全国高校野球選手権大会があり、この大会の商業化に伴う、TV、各種マスメデイアの過熱報道による高校野球選手、主に私立高校の広告塔としての宣伝を目的とした運営、管理に歯止めがかからなくなった事が挙げられます。このような状態化した現実に対して、本来プロトコールで在るべき高野連が伝統という鎧を着ていては改善、改革には程遠いと言われても仕方がありません。

勿論、高校野球の選手達の夢は、甲子園出場であり、プロ野球選手であり、あわよくばMLB選手として海を渡る事を純粋に夢見ている事に疑う余地はありません。この度のような現実的な論争が沸き起こる背景には、今日まで指導的な立場と運営、管理責任のある、高野連が、マスメデイアの顔色は気にしても、生徒選手の重要な現実の問題については、本来の教育という建前から形式的には注意を払っているそぶりを見せながらも、実質、実態はおざなりでお茶を濁す程度でしかないというのがあります

今日迄、同組織、団体は、権威主義的と申しますか、高校野球を利権化し閉ざされた組織、団体として長年闇の企業体を成して来ている事から、臭いものに蓋をする、何か起きればお茶を濁す程度の処方を見せる、全く実行力、実践力の無い組織、団体であることがこの度の論争でも明らかになったのでないでしょうか高野連を指導・管理する所轄組織・団体は、ご存知の通り内閣府文科省スポーツ庁です

8月8日に共同通信社の配信に寄りますと、スポーツ庁の鈴木氏は、『高校で燃え尽きてもいい』は時代遅れ。故障なく精いっぱい戦うことが重要」と述べ、過密な試合日程の見直しを含めた対策の必要性を指摘した。と発言したようです。

投手の健康管理を重視する風潮が社会に広まりつつある中、「世の中の流れを敏感に察知し、高校野球は変わらなければいけない」と一層の改革も求めた。との記事が配信されています。

これは、毎度おなじみのスポーツ庁長官の何かが起これば、これ「遺憾に思います」とのマニュアル通りの決まり文句ですこのようなコメントをしても、何の効用にもならないという事です。同氏のコメントは、何が問題で何を如何するとの具体性に踏み込まない限り、お上の戯言として誰も耳を傾けないと思われますスポーツ庁の長官たるは、「自信を持ってスポーツ界に求心力を発揮されない限り、関係省庁の棚に祭られた金メダリストのお雛様」と揶揄されることの無きようして頂きたいと願うのは、筆者だけでしょうか。実行力が伴わなければ、万民はリスペクトしないと思われます。

 

Ⅱ.国保監督は未知の世界でのマネージメント

①指導者の指導法は大学で得たか

国保監督は、日本の前近代的な野球論と近代的な野球論の間にあって試行錯誤しながらこの度の決断であったと推察致します。

我が国の高校野球界の指導、指導者には、大きく分けて二つの指導法に区分されます。その1つは、この度の論争で多くの賛同を受けている精神論(根性論)を最優先させる指導方法です。もう1つは、選手の健康、コンデイショニング、傷害予防を念頭に教育的指導をするタイプです。

前者の指導法は、我が国に於いては大半の野球指導のみならず、他の競技スポーツの指導も同様な「消去法」の典型がこの指導法なのです。それは、現実的に申し添えますと、指導者は、先ず肉体的に、精神的に強靱な選手のみを選抜、取り残された選手を切り捨てる指導法なのです。これは、本来のコーチングではありません。

消去法は、今日の伝統的な指導法として脈々とプロ野球界の指導法の主体と未だにされているのも事実です。此の指導法は、指導者の専門的な知識、技術、指導スキルが低く、失敗しても責任の所在が選手側の弱さにあったと転嫁できるメリットがある事です。逆に、指導者の一方的な押し付けから肉体的、精神的に持ちこたえられない選手達は時間と共に潰されて行くというデメリットが多いことが特徴です。読者の皆様の中にもこの潰された経験のある体験者が多いかと思われますが、如何でしょうか。

国保監督は、後者の指導法を優先される貴重な野球指導者であるとお見受けいたしております。そして、同監督の指導理念には、性格、信念はもとより大学時代(旧:東京教育大学、現:筑波大学)に受けた指導者、教育理念が彼の高校野球コーチングに根強く反映されていると申し上げた方が賢明なのかも知れません。それは、未成年でまだ身心の発育発達が成長期にある事を重視した教育的な指導方法です。しかし、本指導法は、現在の高校野球界ではマイノリテイーに属し、潰される現実であります。この度の論争は、その証でもあるのです。

スポーツ報知が高校野球界の嘗ての超ベテランで実績も申し分ない智辯和歌山高校の高嶋仁前監督を取材し、つぎのようなコメントを掲載していました。

大船渡高校の佐々木朗希投手の登板回避に関するコメントは、「これで壊れるなら、プロに行っても壊れる」との内容が掲載されていました。

筆者は、このコメントを拝見しまして強く感じた事は若しこのコメントが事実であるならば、この指導者の指導理念は教育が対象ではなく、プロ野球選手の養成とただ甲子園に出る事が指導理念の主体になっているのでないか、と疑念を抱きます。

長年高等学校の教育者として、野球部監督として輝かしい成果と結果を残されているわりには寂しい内容であったのに驚きました。

高嶋氏には、「国保監督が若輩にも関わらずしっかりとした教育者として、指導者として生徒に対する指導理念と使命を苦しみながら貫かれ、決断された事」を擁護しなくとも理解を示すコメントであって欲しかったと思う次第です

高嶋氏は、張本氏と同カテゴリーの野球人とは申しませんが、同世代であることに違いありません。高嶋氏は、国保氏と同じ教育者、指導者を目指して養成する大学で教育指導を受けて来られましたが、双方教育、指導に対する理念が両極端な大学で教育を受けられた様な気が致しますが、これは筆者の深読みでしょうか。

高校野球の特徴

大船渡高校監督のテイームマネージメントに於いて中途半端が、今回の騒動を引き起こした最大の要因の一つでもあるのかも知れません。此処は、ベースボール・アドミニストレイターとして述べさせて頂きます。

高校での競技スポーツの特徴は、野球に限らず他の競技も同様に本来は教育が主体であり、その中に置いての部活動の一つとして指導し、取り扱われている筈なのです。しかし、高校野球では、春夏の甲子園を目指したトーナメントを勝ち抜くことが最大かつ最終の目標に成っている事により、どうしても完成したテイームとして競技に参加させることが求められています。このために、テイーム優先に於いて個が犠牲になる環境と土壌が伝統として培われ、それを人は「美徳」と置き換えてしまって居るのです。犠牲的精神を試合に於いて表現している証は、「犠牲バントサクリファイスバント」を多用する戦術が此処から生まれていますこれらを含めた高校での部活は、3年間という制限された時間帯の中で競争を強いられる構造とシステムに成っているのが特徴です

 国保監督の反省点は何処に

この度の同監督の反省点を強いて挙げるとすれば、本人は勿論の事、保護者、関係者達は甲子園出場を夢見て、岩手県大会の決勝戦には佐々木朗希投手が登板する、と誰しもが確信し疑いの余地は無かったのが正直な偽りのない事実であったと思われます。

しかし、この事実に反する投手起用をしたのが国保監督の決断でした。この決断に対しては、第三者がとやかく述べる事はフェアーでありません。

筆者が此処で述べるのは、国保監督の教育、指導理念を基軸にして、佐々木投手に決勝戦を投げさせる方法、手段は無かったものかとの思いでプロのベースボール・アドミニストレイターの立ち位置から述べさせて頂きますので悪しからず

国保監督には、大変厳しい内容になるかと思いますが、貴殿は若くバランスの取れた教育者であり、野球指導者である故にこの誰もが経験できなかった体験を糧として、今後の指導者人生に生きた教材として活かして頂き、さらなる高い志を持たれて生徒達に手を差し伸べてあげて頂きたく願う次第です。

論争の争点にあるのは、中途半端な指導、指揮を行なったのがこの度の岩手県代表予選会であったのではないでしょうか。此処で言う中途半端とは、計画性に於いても実行性に於いても不安と葛藤を抱えながらの本番に挑んだが為にこのようなスッキリしない成果と結果を伴った事に対しては反省の余地が大きいと言わざるを得ないのです。

中途半端な決断から来る誤解、誹謗中傷は、選手達に不安と悔いを残す事に成り、最終的に教育的指導の面からもこの度の貴重な実践の成果と結果が消化不良となり、胃炎を起こしたのではないでしょうか。

国保監督は、本予選大会に際して実行するに当たってのマニュアルが準備されていなかったのでないかと思われます。

その証の1つとして、佐々木朗希投手の役割分担が挙げられます。投手起用のマネージメントに於いて、大きな失敗が見受けられます。これは、貴殿のテイーム、個々の選手への指導方針に沿った内容でないプログラムが佐々木投手に与えられている事です。

それらは、7月16日に佐々木投手を試運転ゲームで、19球投げさせています。7月18日には、93球投げさせています。そして7月21日には、194球(二試合分)を投げさせ、7月24日には、129球投げさせているのです

筆者の客観的な視点で申しあげますと、佐々木投手は、18歳の成長過程にある選手です。よって、身体の発育はまだ成長期にある事があの体型、体格から容易に推測できます。勿論、高校選手にも個人差があるのも十分承知しています。

投手として、あのスピードボールを投げる為に肩、肘への負担のみならず、背筋、腰筋群、ハムへの負担も半端でありません。

その同投手に7月21日二試合分の194球を投げさせた事は、監督のプログラムを破綻させてしまった要因ではないでしょうかあそこで同投手に194球投球させる監督が何故7月25日の決勝戦に先発させなかったのかが、監督のマネージメントに矛盾を指摘させて頂く大きな根拠が此処に在ると思いますが如何でしょうか

これは、監督自身が本大会の戦略、戦術のマニュアルが無かった事を意味します。本大会は、トーナメント方式で勝ちきる為に絶対的に必要不可欠であった「大会コンセプト」が明確で強靱でなかったのでないかと指摘させて頂きます。

④余談話

筆者は、日本プロ野球に於いて東京読売巨人軍長嶋茂雄監督補佐をさせて頂いていました時に二度の日本シリーズ(トーナメント方式)を体験いたしました。一度目は、メイクミラクルを完成しました年にシリーズでは、森監督率いる西武と対戦しました。二度目は、メイクドラマを完成しました年にシリーズでは、仰木監督率いるオリックスと対戦しました。

一度目では、7戦目で勝利する明確なコンセプトを持ち合わせていましたが、二度目では、そのコンセプトが揺らいでいました。その理由は、その年の7月5日までペナントで11.5ゲーム差があり、投手陣に多大な負担を強いたためにシリーズでは鞭が当てられなかった事。そして、球団内外での諸般のポリテイカルゲームを内部で煩わされて、私自身が集中力を失った事がその要因でした。(Gファイル:長嶋茂雄監督と黒衣の参謀)に明記。

このような経験から、国保監督のこの度の限られた戦力と教育的な立場も鑑み乍ら、孤軍奮闘されたであろうお気持が察せられます。

⑤佐々木投手が決勝戦出場可能な戦略とは

それでは、どのような大会への戦略、戦術が在ったかと申し上げますと、先ず監督は、本大会の目的、目標を明確にし、事故の無い限り揺るぎない強い意識を持って貫くことを己に確認する事でした。そして、その意思をテイーム及び、個々の選手達に指導方針と方向性を明確に説明し、納得させ準備を共にするべきでした。それにより、佐々木投手以外の3名の投手達も自分たちの役割分担を理解し、自分達の持ち場でベストを尽くす心の準備とコンデイショニングの準備を学んだことでしょう

このコンセプトのキーワードは、エースの佐々木朗希投手に決勝迄に如何に投球数を軽減できるか、であったと思われます

例えば、佐々木投手に1試合ゲームを任せる場合は、投球数を90~100球と制限し、それで勝敗が付かない場合は他の投手を投入する。それで敗戦した場合は、監督も選手達も納得するのです。何故ならば、大会前から明確なコンセプトの基に大会に臨んで準備して来たからです。

筆者は、監督に本大会前に選手個々、テイームと共に「決め事、約束事」をしておいて頂きたかった次第です

監督は、同校テイームに対して高校野球に対する趣旨、目的を日々の練習において徹底されて来ている様子が、選手個々の言動、態度から品位を感じられます。此処が、同監督率いる大船渡高校とプロ選手養成所のような私立高校との違いなのだと思われます。

高校野球は、教育の一環と延長線上である理解と認識を生徒達に日ごろから指導が出来ていると思われますので、監督の大会へのコンセプトは素直に理解し強化に繋がったと確信致します

監督は若干32歳の若さでよくぞ決勝戦までテイームを導かれました。しかし、競技の本質は、勝利するという厳しい掟もあります。若い監督に取ましては、これからが大切です。

⑥まとめ

失うものも大きかった、しかし、一番大切な事に挑む時、事を起こす時には、準備の大事さ、大切さを経験されました。何事を成す為にも必ず準備が必要。高校は、3年しかない。教育が大事、競技は勝つ事、勝たせることが大事

県立大船渡高校の野球は、スポーツマスメデイアが期待するプロ養成所ではないのです

教育を大前提とした練習、指導、試合が大切で在る事を忘れてはならない。即ち、教室での学習と実践学習(野球)を通しての教育指導をされているのです。勝ち負けは、成果、結果であり、1人の選手に多大なストレスを与える事は教育界ではアンバランスな指導と教育となると思われます。また、それは、生徒選手達に対してフェアーなコーチングではありません。高校野球界は、プロ野球界に在らず。

筆者は、学生、生徒を目的、目標に向かって導く為には与えられた環境と財産(戦力)を如何に有効活用するかにより、効率よく最大の効果も得られる手法もある事を提案させて頂きました教育機関に於ける、ベースボール・アドミニストレイションと理解して頂ければ幸甚です。

他の競技スポーツの指導者、管理者の方々にも一助になりますことを祈念致しております。

文責:河田弘道

スポーツ・アドミニストレイター

ベースボール・アドミニストレイター

スポーツ特使(Emissary of the SPORTS

お知らせ:NO.115、第二弾は、如何でしたでしょうか。ベースボール・アドミニストレイションには、色んなマネージメント手法が在る事に気付かれましたでしょうか。次回、NO.116は、本シリーズの最終回を予定しています。

 

K'sファイルNO.114:賛否両論の日本野球の伝統と美学

f:id:hktokyo2017041:20190718003102j:plain

K'sファイルNO.114:賛否両論の日本野球の伝統と美学

無断転載禁止            K'sファイルは毎週木曜日掲載予定

K'sファイルからのお知らせ:K’sファイルでは、今日まで高校野球をテーマにした事は在りませんでした。筆者は、国民的な話題として論争が巻き起こり収拾が着かない現状を察し、読者の皆様に知識と認識を新たにして頂く事を目的に本論争の視点をスポーツ・アドミニストレイターとして、また、ベースボール・アドミニストレイターとして交通整理をしながら、複数の異なる角度から、事の次第を解りやすくご説明できればと考えております。

第一弾:伝統の美学を継承する野球人達

目次

I. 張本勲氏は何故バッシングされる

  ①本件の概略

  ②問題の元凶は何であったか

  ③同番組コメンテイターの張本氏は何を語ったか

  ④何故1コメンテイターが矢面に

  ⑤野球人張本勲氏の野球観は

Ⅱ.筆者の素朴な疑問

 

Ⅰ.張本勲氏は何故バッシングされる

①本件の概略

2019年第101回の全国高校野球選手権大会は、8月6日に甲子園球場で開幕されました。本大会を目指して全国各都道府県では、代表権争いが繰り広げられ、その中でも特に注目を浴びていたのが岩手県の代表決定戦でした。

本代表決定戦は、7月25日に私立花巻東高校 対 県立大船渡高校の間で行われました花巻東高校といえば、読者の皆様の中にはご存知の方が多くいるかと思われます。西武ライオンズに所属し、現在はMLBシアトル・マリナーズに移籍している菊池雄星投手、日ハムファイターズに所属し、現在はMLBのカリフォルニア・エンゼルスに移籍し活躍している大谷翔平選手・投手の出身校です。片や、大船渡高校は、本年度高校生投手として超注目度の高い佐々木朗希(ろうき)投手を擁するテイームで予選を勝ちあがり、晴れて岩手県代表を賭けて決勝戦に臨んだのでした

本決勝戦は、TV、マスメデイアを通して日本全国の高校野球ファンのみならず、国民、社会の注目を浴びる地方大会で球史に残る論争を巻き起こした試合となりました。その主役は、高校球児として最速163キロと言う超スピードボールを投げる佐々木朗希投手(3年生)と同校監督の国保平氏(32歳)です

本第一弾では、本件の論争に油を注いだ元プロ野球選手の張本勲氏(現:TBS 日曜日、通称サンデーモーニングのバラエテイー番組のコメンテイター)の暴言に近い私的見解がTBSという公共の電波を通して野球ファン、視聴者、社会、国民に発信された事を取り上げたいと思います。

しかし、本論争は、或る意味において夏の高校野球大会に対する異論はあっても、正面から問題を実践で提起された事は在りませんでした。それ故に、この度の本件は、大きな障壁に風穴を開けた事になるかも知れません

この張本氏の問題発言とされるポイントと内容を取り上げる事により、読者の皆様には問題の本質とその視点がよりフォーカスできるかと思われます。筆者は、この張本氏に対するバッシングを生きた教材とさせて頂き論争の真意と問題点を探って参ろうと思います。

②問題の元凶は何であったか

問題の概略を説明しますと、最大の焦点は注目の主人公であります大船渡高校のエース佐々木朗希投手が岩手県大会の代表決定戦に先発せず、ベンチで控え選手として試合終了を迎えた事でした。このゲームは、2対12で大船渡高校が敗退しました。

ここでの問題点は、大船渡高校の国保陽平監督は、「何故佐々木投手を先発させなかったか、何故最後まで決勝戦で打者としても投手としても出場させなかったか」という点です。これが問題の元凶になっている事を先ず整理致しましたまた、此処にサブテーマとして掲げました、「張本勲氏は何故バッシングされる」は、上記世論の批判を背にTBSの同番組のコメンテイターの張本氏がご自身の私的見解に感情を込めて同監督と同投手を辛辣な言動と表現で独善的に公共の電波を使用して撒き散らし、論理的な解説が欠落していた事だと思われます。

③同番組コメンテイターの張本氏は何を語ったか

此処で筆者は、張本氏の言動に付いてとやかく述べるつもりはありません。張本氏には、言論の自由が約束され法により守られているからです。同氏のコメント内容を整理致しますと以下の通りです。

コメント内容:7月28日、日曜日、TBSサンデーモーニング発言より

1)最近のスポーツ界でね、私はこれが一番残念だったと思いますね。

2)32歳の監督でね、若いから一番苦労したと思いますね、絶対、投げさせるべきな

       んですよ。

3)前の日にね、129球投げてますからね。大体、予選で4回しか投げていないんで

       すよ。合計で430,450球くらいしか投げてないのよ。

4)昨年、吉田輝星(金足農校)が800球くらい投げているんですよ、1人で。

5)監督と佐々木君のテイームじゃないだから。ナインはどうしますか?一緒に戦って

      いるナインは。1年生から3年生まで必死に練習してね。やっぱり甲子園は夢なん

      ですよ。私は夢が欲しくてね、小雨の路地で泣いていた事が在りますよ。2年生も

      1年生も見ているんだから。

6)最後に言いたいのは先発させてナインに「早く点を取ってやれよ、3点でも5点で

        も」と。そしたら代えてやることもできるんだから。先発させなかったのは間違い

         だったと思いますよ。

7)彼は(国保陽平監督)、アメリカの独立リーグに居たんですよ。アメリカ流に考え

        ているんですよ。アメリカは(投手の肩や肘は)消耗品だと思っているから。日本

        は、投げて投げて力を付ける。考え方が全然違うんですよ

8)ケガが怖かったら、スポーツは辞めた方がいい

9)将来を考えたら投げさせた方がいいんですよ。苦しい時の投球をね、体で覚えて大

        成した投手はいくらでもいる。楽させちゃダメですよ、スポーツ選手は。

10)ケガをするのはスポーツ選手の宿命。痛くても投げさせるくらいの監督じゃないと

        ダメ。

張本氏の発言内容は、彼が歩んできた人生観、野球観を凝縮した内容であったと理解します。この言動は、少なくとも40年以上前の社会、スポーツ、野球界の環境で在りましたら、何の問題も批判も受けなかったのでないかと思われます。しかし、近年は、グローバルなスポーツ社会の近代的な指導理論、そしてその科学的な分析等を含めた情報、資料がマスメデイア、特にSNSにて情報が氾濫している時代です。よって、この度のような論争に於いても、コメンテイターの張本氏、番組デイレクター、プロデユーサー、関係者より遥かに一般社会の視聴者、ファンの方が近代的な知識を多く担保している事も論争が留まるところを知らない要因であると考えられます。

筆者は、21世紀になった今日上記のような本件に関するコメントをさせたTBS情報リテラシーに問題があったのでないかと思う次第です

それは、同コメンテイターが本件に対する十分なコメント内容とその対応能力がともなったコメンテイターであるか否かが問われていると思われます。読者の皆様は、どのように受け止められているでしょうか。この件に付きましても、これから問題の本質が何処にあるのかを具体的に述べさせて頂きます。

読者の皆様には、個々の知識を総動員して頂きながら問題とされるパズルの抜けた箇所に、K’sファイルから得た資料と知識のピースをインプットされる事により問題のパズルは完成する事が出来るかと思われます。但し、人は、十人十色と申しまして、人それぞれの思考、キャリア、境遇、等により感受性が異なる事も念頭にしてお考え下されば幸いです。

今日の競技スポーツ界は、現代スポーツ医科学の進歩と発展により、我々の理解を遥かに超えた次元に位置している事を認識する必要があります。即ち、日本野球界の医科学的知見と先進国のベースボールのその差がそのまま指導者、管理者達の専門知識の差に等しいと思われます。読者の皆様は、この事を少しだけ心の片隅に持たれてご笑読下さい。スポーツ医科学は、時として我々の夢も感情をも壊すリアリテイーという怖い現実を突きつけられる事もご承知おき下されば幸いです

④何故1コメンテイターが矢面に

異なる視点から~私は同氏のこの度の発言は、お気の毒とさえ思う次第です。

番組で指摘した張本勲氏には、責任が伴うか

何故なら、彼はTBS、番組コメンテイターとしての出演契約により報酬を受けています。しかし、彼は、本番組で本テーマを与えたのは番組編成、制作担当責任者であり、プロデユーサー、デイレクターが発言、内容を同意していると理解できるからです。番組責任者は、彼にその専門知識、経験が伴うかどうかも契約者側が十分承知していて、他の芸能タレントさんと同様なスタンスでレギュラー出演依頼している筈です。

筆者は、張本氏の発言内容に対して今更のように騒ぐ事自体が問題なのでないかと思う次第です。何故ならば、張本氏は、本番組に置いて長期に渡り前任者(大沢啓二氏)の後を受けて元来はプロ野球に関してのコメントから始まり、今日ではマルチスポーツのオーソリテイー(専門家)の如くのコメント、批評、批判を我が物顔でされているのはご存知の通りです。しかし、彼のコメント、表現は、番組MCのリードにより殆どが根拠のない、いわば暴言的な発言、表現をされているケースを多くお見受け致しております。筆者は、本番組を毎週拝見しているわけでありませんが、あまりレベルの高い内容の番組コンテンツでないと理解致しております。多分局の本コンテンツは、日曜日の午前中に視聴率を取るため、視聴者層から笑いを取る番組と考えた方が分かりやすいかも知れません。

★問題の本質

公共電波を預かる民間テレビ局は、特にバラエテイー番組が段々と過激で劣悪になってきている様子がこの度の本件に付いてもその傾向が大であると思われます。問題の一つとして、この類の番組では、常に善人と悪人を両サイドに擁立し、悪人をより悪人に見せるための取材、演出を徹底した手法を取っている所です。善人は、大切に常に擁護し、悪人は誰だと言わんばかりに攻撃をする、これほど劣悪で陰湿な演出方法に至っているのに視聴者、番組審議委員は、気付かないのでしょうか。

 この事は、数年前から日本国内で起きているスポーツ界のパワハラ体罰と称する暴力不祥事に対するマスメデイア、特にこの類のテレビ番組にはマスメデイアの情報発信による視聴者、国民、社会へのモラルハザードに起因していると強く感じるのですが如何でしょうか。

番組制作側に問題はないのか

この度、視聴者、他のマスメデイアが張本氏のコメントの揚げ足を取っているのは、TBSの7月28日、日曜日の定番となっている「サンデーモーニング」という番組の中で、7月25日の大船渡高校の佐々木投手が代表決定戦で出場しなかった事に対する社会的、国民的な論争が巻き起こり、この話題性からマスメデイアは商品として話題をファイアーアップする為にさらに過激な話題を取り上げ商品をチューンナップしているのでないかと推測致します

商品価値を高めるための一つの手段、方法として、都合よくTBSの本番組で張本氏という特異なキャラクターを仕立て上げて、さらなるバッシングを浴びせてこのコンテンツをビジネスに生かそうとする思惑がちらついている事に読者の皆さんは気付かれていますでしょうか。

これは、丁度過去に於いてスポーツ界の暴力事件をマスメデイアが社会、国民の心情、感情を逆手に取り問題の本質を語らず、善人と悪人を立ち上げ、悪人を徹底的にバッシングする事により問題の本質からは離れ、唯ひたすらにマスメデイアのミスリードに視聴者、社会、国民は気付かず、引きずられて行き本来の問題の本質に蓋をしてしまう。関係者達には、遺恨だけが後に残骸として残る手法である言わば芸能界スキャンダル報道手法と申し上げた方が理解し易いかと思われます

これはまた、TBSに於いても同様な手法が取られているのかも知れません。それは、番組の性格上番組プロデユーサー、デイレクターは、コメンテイターの張本氏の性格からも事前に何を喋るか、喋って頂くかの打ち合わせ、すり合わせは当然行われている筈なのです。張本氏が番組で張本節をさく裂させ徹底的に大船渡高校の国保周平監督をバッシングする事も想定内であったはずです。

張本氏の国保監督を悪者に仕立て上げたコメント内容には、論理的な根拠が皆無で在り、同氏が野球界で得た野球観を表現したまでであり、本件のコメントとしては成立していない所にバッシングの真相、深層が在るのではないでしょうか。張本氏がTBSの番組コメンテイターとしての資質を問われる事に至ってしまった理由が此処にあると思われます。果して、本番組を支えているCMスポンサー達は、視聴率さえ確保すれば良しとの考えなのでしょうか。

⑤野球人張本勲氏の野球観は

張本氏は、1959年日本プロ野球東映フライヤーズ球団に入団、1973年日拓ホームフライヤーズ、1974年日本ハムファイターズ、1976年東京読売巨人軍、1980年にロッテオリオンズに入団して1981年に現役選手を引退された、名実ともに実績を残された外野手でした。

張本氏の野球イズムが炸裂したか

張本選手が野球界、プロ野球界に在籍していました状況、環境を少しフラッシュバックして見てみましょう。

1945年終戦、その後間もない時代に既に日本プロ野球は、創世記を迎え苦難の歴史とともに歩み、現在に至っています。多くの子供達は、野球という新しい夢と希望に向かって心を弾ませ皆プロ野球選手に憧れ、一画千金を夢見て子供も親も関係者もが、野球選手に憧れていた時代です。高校生は甲子園を目指して、そしてその後はプロ野球選手、読売巨人軍阪神タイガースを目指して野球小僧達は、夢を野球に託した時代であったのです。勿論張本少年もその極め付きの人生を歩む事に成ったのだと思われます。

当時の野球選手達の練習は、99%が指導者による強制的な指導体系が主体で、指導者側の一方的な押し付け指導と申し上げて過言でありません。

例えば、投手は、毎日200球投げ込む事を理想とし、打者、野手は、1000本ノックを受け、練習中の水分補給は御法度、夜が来ると打者は1000回スイング、投手はシャドウピッチング、そして練習後は、使用した肩、肘を冷やさないようにと年中毛糸で編んだ肩当、肘当を使用し、それらは市販されていたのでした若い世代のマスメデイア、選手達、指導者達には、信じがたい非生産的な日本野球の伝統を背負ってきた経過と歴史が在る事を否定できないのです(現代スポーツ医科学とは真逆の処置。本シリーズで後に紹介予定)

野球人に閉じ込められた伝統

丁度張本氏は、このような環境下で子供のころから野球に没頭し、その後プロ野球選手として活躍し、引退されるまでただひたすら、これが正しい野球道として叩きこまれた代表的な選手で、この時代に生きて来た野球人で在る事を先ず理解する事が重要です。

このような歴史の負の副産物は、現在も尚野球少年からプロ野球選手に至るまで、暴力という指導体制での不祥事、事件が絶えないのはこの時代の富国強兵の精神から来た、兵士の強化育成、指導方針がそのまま野球選手の指導体制、指導法の根幹を成し、長く現在まで伝統として継承されて来ている次第です。このような野球界で生きて来た野球人にスポーツ医科学、教育に付いて論じる事は、非常に酷なテーマであり、彼らが思いこんでいる「美学」を打ち壊す事にもなるのです。このような劣悪な環境の中で生き延び、そしてプロ野球選手として輝かしい実績を残して引退された張本勲氏は、奇跡に近い存在なのです。

彼らにとっての伝統とは、発展させていく事でなく大切に鍵をかけて保管しておく事なのかも知れません

このような論議が、この度の張本氏の野球観、野球論理の根底を支えており、動かぬ同氏の人間形成の礎にも成っているのであろうと容易に推測が出来る次第です。よって、同氏のコメントに対する批判、論評は、近年のスポーツ医科学の知識を少しでも持っている野球ファン、関係者、視聴者に取ましては自然な流れであります。

問題は、同氏が本件に対するコメンテイターとしてこの様なテーマが適していたか否かが問われるべきであるのではないでしょうか。この論理から致しますと、自ずとして張本氏のコメント内容に対するバッシングは如何なものか、バッシングする相手は、他にある、居ると言う事です。よって、同氏は、体験以外の知識、論理を持ちあわされていないと理解されると納得できかも知れません。

その方に、近年の野球論理、医科学的な発想、等を含めた観点からコメント、理解を求めるのが酷というものではないのでしょうか。

Ⅱ.筆者の素朴な疑問

この度の一連の論争の中に置いて、誰もが指摘、論じない共通のテーマがあります。それは、本件の論争に重要且つ不可欠なスケルトン(骨格)無き論争をしている事です。

高校野球の原点は、教育の一環であり、教育の延長線上ではないのでしょうか。公益財団法人日本高校野球連盟を運営・管理する管理者達は、高校野球、選手、指導者を商品化し、ビジネス化することも近年は必要不可欠でしょう。しかし、今一度生徒選手は、教育機関で教育を受けている心身ともに成長過程にある未成年者達である事を忘れているのでないでしょうか。

本競技スポーツを運営・管理する指導者、管理者達は、教育者としての重い使命を最優先に担っている事を決して忘れてはならないと思います。日本高校野球連盟は、高校野球の本質を真摯に理解し強いリーダーシップの下、指導、運営、管理をする使命があります。この指導と実行力の欠落は、このような論争を起こし、収集できない状況となっているのではないでしょうか

高校野球の根幹を支える定義が教育であるなら、これらの論争は全てこの教育か否かの原点に立ち返る事により自ずとして終結すると思いますが如何でしょうか

 

文責:河田弘道

スポーツ・アドミニストレイター

ベースボール・アドミニストレイター

スポーツ特使(Emissary of the SPORTS

お知らせ:第一弾では、論争の元凶とTBSのコメンテイターの張本氏の言動を生きた教材として活用させて頂きました。次回のK'sファイルNO.115は、誹謗中傷されている国保陽平監督、佐々木朗希選手、県立大船渡高校野球部に視点を当ててお送りする予定です。

K'sファイルNO.113:女子レスリング”巌流島の決闘“それとも?

K'sファイルNO.113:女子レスリング”巌流島の決闘“それとも?

無断転載禁止            K'sファイルは毎週木曜日掲載予定

大学生からの便り

【河田先生、自分は大学で部活を行いながらスポーツマネージメントの勉強をしています。先生のK’sファイルは、先日他大学の高校時代の親友から存在を口コミで知りました。悔しくてたまりませんでした。先生のようなプロフェッショナルなスポーツ・アドミニストレイターが日本においでて、それも日本に専門家は一人しか居ない事を知りました。大学で教授もされていた事を知りもう唖然とし、何も手に付かない日々が続きました。大学のスポーツの分野の複数の教員に勇気を出して先生の存在をお聞きしました。その中の1人は、先生を直接ご存知ではないようですが、先生のプロ野球界でのご活躍、NEC Sportsでのご活躍、中央大学での講義、ゼミもご存知でした。どうして学生達に教えて頂けなかったのかと詰め寄りましたが無言でした。先生のようなお方から学生達、選手達は、直接学びたいのですがその方法を教えて下さい。どの様な方法にでも従います。先生のEメールアドレスは、必死の思いで見つけました。一学生が生意気な事ばかり書かせて頂きお許しください。しかし、僕の将来がかっていますので、このメールが届いています事を連日連夜、神頼みをしています。】筆者からの返信:確かに拝受しています。私の学生時代を思い出します。貴方様のような多くの読者の方からも同じメールを頂いております。何が知りたいのですか。スポーツ塾の設立が必要かも知れませんね。私で役立つ事が在ればメールして来てください。よく見つけられましたね。感謝

f:id:hktokyo2017041:20190718003102j:plain

女子レス二大巨頭の出現が悲劇の始まりか

目次

Ⅰ.女子レス界の女王達の葛藤

  ①パワハラ問題告発を発起させた要因とは

  ②引退に関わる心の葛藤

  ③吉田沙保里氏は次代のスポーツ長官か

Ⅱ.筆者の私見

  ①パワハラゲームに参戦しなかったのは賢明の知恵

  ②引き受けて欲しかった吉田沙保里親分

 

 Ⅰ.女子レス界の女王達の葛藤

パワハラ問題告発を発起させた要因とは

女子レスリングのパワハラ問題は2018年1月、伊調馨選手と指導していたコーチの田南部力氏らが、日本レスリング協会の強化本部長だった栄和人氏からパワハラを受けたとして、関係者が代理人を通して内閣府に告発状を提出したことに端を発しました。伊調馨選手は五輪で四連覇した金メダリストであり、国民栄誉賞受賞者、全日本チャンピオンです。この選手を指導して来た栄和人コーチは(前至学館大学監督)であり、伊調選手は同大学の一学生選手でもありました。

読者の皆様は、此処で1つ大きなポイントを見逃しているかも知れません。それは、至学館大学には既に五輪三連覇を果たし、国民栄誉賞にも輝いた「吉田沙保里選手」がおり、筆者は吉田選手も本パワハラ問題の本質に起因しているのでないかと思う次第です

吉田選手は、今日の日本のスポーツ界に女子レスリングの存在を轟かせ、そしてその名も吉田沙保里此処に在りを打ち立てた最大の功労者です。そこにリオデジャネイロ五輪で4連覇を成し遂げた同門の伊調選手の出現。吉田選手はリオ五輪では別階級(53キロ級)で決勝で敗れ、銀メダルでした。これにより国内に置いて、女子レスラーの二大巨頭が台頭した次第です

当時、両選手は、至学館大学を卒業後、警備保障会社のALSOKに入社、同時に同社はレスリング部を設置、企業スポーツ部として連盟、日レス協会に登録され社会人選手として活動をしていたのです。両選手のALSOKでの業務は、皆様もご承知の通り、同社の広告塔としてマスメデイアを通して広告宣伝を主体としたCMに登場し始めたのです。特に吉田選手は、CMの中心選手でもあったのは言うまでもありません。この頃の女子レス界は、吉田沙保里選手が頂点に君臨しALSOKCMからも吉田主、伊調従の序列で在った事が容易に表現されていました。

そして、リオ五輪直後の2016年9月、日本政府は女子個人種目で五輪史上初の4連覇を達成した伊調馨選手に国民栄誉賞の授与を決定した次第ですただ、国民からスーパースター的に英雄視されている吉田選手と同じ国民栄誉賞を授与されたその事情は今一つ不明確のように思われました。本来、国民栄誉賞は、どのような価値評価があるかは個々それぞれのご意見もあろうかと思われます。そして何故か、国民栄誉賞に常に関与するのが国会議員という名の政治家達の利害、利権との関係が常に付いて回っている事がクリーンではないイメージを助長しています。国民栄誉賞が国民の総意として、授与される賞であるならば内閣府は、受賞キャンデイデイトをリストアップして国民投票を行う事が唯一の価値評価を与え維持できる手段と方法のように思われます。此のままでは、政治家、国会議員達の人気取りに利用されている様子は否めません。

ご存知の通り、国民的大ヒーローのMLBで活躍された野茂英雄氏、鈴木一郎氏は、各当時の現在の内閣から三度にも及ぶオファーを受けながら丁重にそれぞれの理由でお断りされている経緯もあるようです。此処で、国民栄誉賞の価値、概念を論ずる事は控えさせて頂きます

同門の両選手には、大人達の思惑か親心で伊調選手が五輪四連覇を成し遂げたので吉田選手と同格の印をとレスリング協会に関係したこれまた国会議員達が働きかけたのかも知れません。公益財団法人の協会に政治家、国会議員が関与することは、スポーツ・アドミニストレイションの本質を歪める初歩の問題です。スポーツと政治は、切り離すべきであると声高に連呼している御仁こそ東京五輪組織委員会JOC、各競技団体の役員、等から身を引きクリーンな環境にする義務と使命があるのではないでしょうか。

②引退に関わる心の葛藤

吉田選手は、2015年12月24日、本年を持って所属先ALSOK(特別契約社員)を退社することを発表したのです。そして本人は、「自分への新しいチャレンジ。新たな気持ちで五輪4連覇に臨みたい」と述べ、また「芸能活動を中心に幅広く経験し、競技に生かしたい」と付け加えていたようです。今後の所属は未定で練習拠点は至学館大学とする事を明言していました

丁度この前後頃から吉田選手の動向に異変が伴うようになったのかも知れません。その大きな現象の一つとして挙げられるのが、ALSOKを退社し、母校至学館大学の何と副学長に就任へのオファーが在ったのかも知れません。

母校至学館大学の経営者、大学管理者は、五輪三連覇し、国民栄誉賞受賞者の吉田選手を大学の顔として迎える事の選択をする決断をこの時期にした様子が時系列からも伺える次第です。しかし、筆者は、同選手に日本の最高学府の大学教育機関で最高教学指導、管理者の重要ポジションの肩書を全く教職、教員、指導、管理の経験の無い一人のアスリートに軽々しく与える大学経営者、教学管理者のご見識は如何なものかと直感したのが第一印象でした。

この肩書は、何方がどの角度から評しても同大学の学生集めの手段としての広告塔に過ぎないと指摘されるのは無理からぬ事ではないでしょうか。その要職のオファーに対して、同選手は、NOと言わなかったのはその重さと職責、責務、等の社会常識、通念を理解されて居なかったのか、経営者、管理者に説得されたのかもしれません。大学競技スポーツ、学生選手を大学の受験生集め、広告塔、等と偏った価値観を持つ、大学経営者、管理者達が昨今特に目立つのは、如何かと思わざるを得ないのですが、読者の皆さんはどのように思われますか。個人差があるのも理解出来ますが、これでは余りにもアスリートが軽視されているような存在に思えてなりません。

至学館大学の女子レスリング部で育成された二大スターの出現は、経営者、管理者は何方を大学の看板として残すか、残した方が大学に取って有利か、得策か、しばし混乱された様子がこのような人事からも窺えます至学館大学では、二大スター選手を何故活かそうとされなかったのかどの時点で何を根拠に吉田選手を大学側に留めて、伊調選手を切り離そうと決断したのか。この決断に対する判断と理由その動きを吉田、伊調両選手は、微妙に感じ取ったと同時に、それを外部の他意ある関係者に両者を切り離す為の隙がパワハラ事件の最初の機会と動機であったのではなかろうか、とスポーツ・アドミニストレイターとしての立場で感じる次第です

その後、伊調選手は、2016年リオデジャネイロ五輪58キロ級で金メダルを獲得女子個人種目で五輪史上初の4連覇を達成したのです。2016年09月13日、政府は伊調馨選手に国民栄誉賞を授与することを決めたのです。同選手は、記者会見で受賞の喜びと感謝を述べる中で「2020年東京五輪に挑戦したい気持ちになることもある。年齢は関係ない。色んな選択わざの中で決めていけたらいい。時間をかけて考えたい」とも述べていました。吉田選手退社後のCMに暫く出演していましたが、同選手も突如CMから姿を消された頃に「パワハラ告発」が突然マスメデイアを騒がす事になったのです。

吉田沙保里氏は次代のスポーツ長官か

筆者は、K'sファイルNO.47で確か述べさせて頂きましたが、「吉田、伊調両選手は、リオ五輪帰国後、何故延々と引退か、現役続行かの結論を引きのばしたのか」非常に不可解な態度であったと思います。

今日のグローバルなスポーツの世界では、「競技選手が引退云々を告知する必要はない」と述べられる方も居て当然です。読者の皆様は、現代のアスリートにアマチュアもプロも存在しない事は御承知の通りですこの引退か、現役続行かの態度、告知は、少なくとも「今まで支援、応援して来てくださった方々への一つの社会人としての社会的なけじめ、自身のけじめ」と理解するべきマナーであるとは思いませんか

伊調選手、田南部氏のパワハラ問題が進行中、公益財団法人日本レスリング協会は、記者会見を行いました。その会見の途中で日レス協会副会長、自民党国会議員、元文科大臣の馳浩氏は、伊調馨選手の現状について、「今練習に励んでいます」との不自然なタイミングと場所で告知をされたことが記憶に残っています。確か、その前後にも伊調選手は、現役続行云々に付いての発言はパワハラ問題同様にひかえていたように記憶しています。

片や吉田選手は、リオ五輪後「引退、続行」の意思表示を2019年確か春まで伸ばしに伸ばして、最終的に「引退」を告知したのでしたその時には、既に至学館大学の副学長の職責を降り、至学館大学、女子レスリング部コーチに肩書を変更していた次第でした吉田選手は、パワハラ問題がマスメデイアを通して大々的に騒ぎが拡散している最中でも、一切口を閉じ興味も反応も示さなかった理由が此処に在ったと思われるのですそれは、自身で感じ取れたのか、或は第三者からサゼッションを受けていたかは存じません。しかし、自身が指導を受け関係の深い栄和人氏に対して、同門、戦友である伊調選手に対しても、一切のコメント、擁護の言動、態度を控えた吉田選手の当時の確固たる姿勢に対して、筆者は、彼女の一世を風靡した女子レス王女の確立された対応力を強く感じた次第です

もし吉田沙保里氏が今後政治に興味を持つならば、今日までスポーツ界から出馬され国会議員のバッジを胸に付けた、付けているどの方よりも遥かにスポーツ界のみならず、社会、国民に信頼され、寄与できる器の女性が現れたと大変期待する次第です。

それは、また今後彼女がどのような方法と形で社会に於いて必要不可欠な専門知識と実践キャリアを会得するかで、彼女のカリスマと求心力が磨かれるのでないかと勝手に期待致す次第です。

Ⅱ.吉田氏に関する筆者視点

パワハラゲームに参戦しなかったのは賢明の知恵

吉田沙保里選手は、リオ五輪の結果以降「引退」に付いてどう思案していたのかスポーツ・アドミニストレイターとして興味がありました。確かに、吉田選手は、リオ五輪前後から自身の体力、気力の限界も見えて来た頃であったのも正直な心境であったことでしょう。しかし、三度も五輪の頂点に立ったスター選手が、そうやすやす煩悩を切り捨てることなど非常に難しいのも十二分に理解できます。自分の引くタイミングは何時なのか。されど此のままでは終われない。

彼女の深層の心理では、「今後は名声を基盤とした道を歩むか。まだ頂点を狙った修羅の道を選ぶか」―、日々葛藤が絶えなかったのも事実でしょうしかし、一度頂点を極めたアスリートは、いつか必ずこの心境の時期が来る。それは、度重なる怪我に見舞われ出した時か、頂点を極めていた自分の居場所に不安がよぎったその時なのです。筆者は、今日までトップを極めるアスリート達をプロのスポーツ・アドミニストレイターとしてその現場に立ち会って参ったので選手達の心境も、指導者達、そしてその取り巻き達の状況、現実的な問題も手に取るように理解できる次第です。

彼女の心に大きな動揺と決断を与えたのが恩師栄和人氏のパワハラ問題の動向であったと推測できます。吉田選手は、本パワハラ問題、不祥事に付きましての事実関係は誰よりもよく理解していたと推測するのが自然でしょう。吉田選手は、栄氏、伊調選手、田南部氏、両サイドに付いて、知り尽くしているのでパワハラ問題は一切を語らず今日に至っているのが正直な心であり、それは彼女、関係者にとっても賢明の判断であったと思います。

勿論、このようなポリテイカルゲームの中に置いて、自分が現役を続行するとしたらどのようなシチュエイションの中で競技者として競技をしなければならないかのシュミレイションも当然した事と思われますもし、続行を選んだ場合は、勿論57キロ級参戦となり、吉田、伊調、川井の三つ巴の状況も想定した事でしょうし、逃げられない状況となる事も想定した筈です。また、三つ巴となって、伊調、川井両選手に敗れた時の自身の立ち位置も勿論想定したに違いないと思われます

吉田選手が最終的に選択した結論は至学館大学の副学長を降り、部のコーチの肩書を維持しながら、嘗ての実績、名声を有効活用できる「芸能タレント活動」を現在に於いては選んだのだと推測します。この活動は、今日までの彼女のアスリートとしての活躍へのご褒美の1つではないでしょうか。これは既に2015年12月24日の退社会見でも述べている内容と一致する次第です。この選択と結論には、誰も議論する余地はありません。彼女には、中途半端な活動ではなく、将来を見据えた志の高い活動である事を切に願う次第です。

③引き受けて欲しかった吉田沙保里親分

筆者は、この度の川井梨沙子選手と伊調選手との決闘、死闘はひょっとして「伊調対吉田」であったかも知れなかったと思う1人です

よって、吉田さんには、至学館大学の肩書がコーチである事実からも、この度の天下分け目の決闘、死闘では、川井選手のコーチ・セコンドとして立ち会って挙げる事が、自身の名代でもある川井選手、後輩戦友への援護射撃になったのでないかと思うのは吉田さんには酷だったのかも知れません。川井選手は、どれ程心強かったかと思うにつけ何故と思わずにいられませんでした。

吉田沙保里さんは、最後まで女子レスのパワハラ問題に関する全てから距離を置くことを決断したのです。その真意は、本人のみぞ知る。

筆者が誤解を恐れず推測致すと、彼女は、自身が築きあげたこれまでの実績、功績を死守する事は基より、彼女が今日の女子レスラー達とは此処まで同じ釜の飯を食って来た仲間であり、戦友達を傷つけたくないとの思いが大きかったように思えてならないからです。吉田沙保里さんは、誰よりもクリーンで強い求心力のある誠実な政治家、管理者になる素質がある様に思えます。その為にも、今日まで疎かにして来られた部分を是非補強されて国民栄誉賞に相応しい、国民、社会に貢献して頂ける人物に成長して頂きたいと願う次第です。必要な勉強をされた後には、スポーツ庁長官の席が無いとは言えません。片や、伊調馨選手には、その強い精神力と信念を貫く為にも、他人の思惑に惑わされる事無く、今後もぶれない伊調道を求められることを切に願います。

両者へのご健闘を祈ります。

筆者個人としては、吉田沙保里さんが川井梨沙子選手に梨沙子、セコンドは私がやる。任せなと言って介添え役として帯同してあげて欲しかったのでした。それは、あなただからできたのです。

文責:河田弘道

スポーツ・アドミニストレイター

スポーツ特使(Emissary of the SPORTS

お知らせ:

K'sファイルNO.111112は、女子レスの世紀の決闘及びそれに至るバックグラウンドを紹介させて頂きました。読者の皆様は、どのような思考を展開されていたでしょうか。決闘の重量感が何処から来ているのかを少しでもご理解して頂けましたら幸いです。

NO.113に於きましては、女子レス界の女王吉田沙保里氏の存在は、この度のプレーオフに於いても、これからの女子レス界のみならず、日本の女子競技スポーツ界の改善、発展には欠かす事の出来ない求心力のある人材が出現した事をお伝えして本シリーズを閉じさせて頂きます。

K'sファイルNO.112:女子レスリング”巌流島の決闘“それとも?

 

K'sファイルNO.112:女子レスリング”巌流島の決闘“それとも?

無断転載禁止            K'sファイルは毎週木曜日掲載予定

f:id:hktokyo2017041:20190718003102j:plain

吉田沙保里氏は次代の政治家資質あり

女子レス・パワハラ問題の争点整理

Ⅰ.当時の状況

①真の告発主は誰なのか

②日レス協会会見の趣旨・目的は何だったか

Ⅱ.女子レス・パワハラ問題の本質とその起因

1.関係者の立ち位置を確認

      ①栄和人氏:

      ②田南部力氏:

      ③伊調馨選手と田南部氏の関係:

2.筆者の素朴な疑問

 

Ⅰ.当時の状況

①真の告発主は誰なのか

パワハラ騒動は、伊調馨選手と栄和日本レスリング協会強化本部長との間でパワハラがあったとする、第三者から内閣府に対する告発状に端を発した事件でした。

何故第三者代理人弁護士)は、内閣府に依頼主を公表せず告発状を出したのか。一般の読者は、不思議に思われた事でしょう。また、代理人弁護士は、主を明確にしなかったことは非常に不自然且つ疑念を持ったのが本件の第一印象でした。

告発を決断したのであれば、真の告発者は、堂々と最初から名乗り出て欲しかったです。後からマスメデイアを通してぞろぞろと関係者の名前が出てくるのは、本件の趣旨、目的からして如何なものでしょうか。特に選手生命、指導者生命がかかっている事のみならず、多くの関連、関係した若い選手達も何らかの影響と心の傷を負うことからも最初に実名で告発する事が望ましかったと筆者は思います。読者の皆さんは、如何でしたか。現に本プレーオフの立役者の川井梨沙子選手は、直接的に関係の無い最大の被害者であると言えるのではないでしょうか

告発人は、通常でありますと本競技種目の選手、指導者を登録し統括運営、管理をしている「公益財団法人日本レスリング協会(略:日レス協会)」に申し出るのが筋です。それを行わず、あえて内閣府に提出した理由は、日レス協会は公益法人であり、その許認可権を有するのが内閣府であると判断されたのかも知れません。しかし、内閣府は、許認可を出すのみで解答を期待できる機関ではないと思われます。此れは、丁度文科省が大学設置の許認可は出しても各大学の問題は、われ関せずと全く関知、関与しない姿勢と同じなのです。

或は、告発関係者達は、協会内部を十分に熟知していて、協会に提出する事により、本告発状が内部派閥により握りつぶされる可能性を想定されたのかも知れません。また、協会内部の利害、利権に大変興味をお持ちの重鎮が別の権力を利用し他意のあるシナリオを描き、マッチポンプして誘導している可能性も捨てきれません。

一般的には、先ず日レス協会に告発状を提出すべきです。そして、どうしても内閣府に提出されたいのであれば、そのコピーを提出して於くのが一般社会常識ではないでしょうか。何故代理人は、正攻法を依頼主に指導されなかったのか。

日レス協会の謝罪会見では、何か誠実とは反対な様子が透けて見え、これが日本の伝統的なスポーツ競技組織の利害、利権ファーストの最たる例のように感じたのも、筆者だけでしょうか。

②日レス協会会見の趣旨・目的は何だったか

日レス協会の会見は、明快なファクトが欠落し、第三者委員会のメンバーも選考方法の開示も無く、何の根拠をもって第三者委員会が正当と言えるかの尺度を見せないのも権力側の都合のよい、新たな談合の手法と思います。

パワハラ、セクハラ、等を含む暴力は、ハッキリと弁護士を活用しての司法による決着がグローバルの世界での正義(Justice)と公正・公平(Fairness)にマッチした処理方法ではないかと思います

スポーツ界に於いては、本来なら先ずスポーツ仲裁裁判所を現状態から格上げして法的な効力が伴う強い権限を持った真の第三者委員会とすることが急務であります

それにより、弱者の立場の被害者が個人の負担を最小限度に留めて、フェアーな裁定を受けられる公的な機関が必要不可欠なのです。弱者は、上下関係の圧を気にすることなく駆け込める環境の裁判所が必要なのです

三者委員会のような新たな手法は、我が国のスポーツ界のみならず一般社会に於いてもまた闇取引の横行を助長しても競技スポーツに於けるクリーン、フェアネスは醸成されないと思います。如何でしょうか。

 

Ⅱ.女子レス・パワハラ問題の本質とその起因

本件の問題をスポーツ・アドミニストレイターの視点で指摘させて頂きますと、ポイントは幾つかあります。そのポイントを指摘するに当たりパワハラ問題の要因とその誘引、起因を述べる事によりその真意が見えてくると考えられます。

本件は、先ず伊調馨選手が栄和人強化本部長よりパワハラを受けたと認識した事。次に同選手を指導している田南部力氏もパワハラを受けたと認識した事です。そして、両名は、どうして栄強化本部長からそのような行為を受けるに至ったかが問題の本質だと思われます。

1.関係者の立ち位置を再確認

栄和人氏:

栄氏は、至学館大学の監督であり公益財団法人日本レスリング協会(略:日レス協会)の男女強化本部長としての地位を得ていた事です。本来ならば、栄氏は、日レス協会から男女強化本部長としてオファーを受けた時に、至学館大学の監督職を今後も継続するのか、或は、ナショナルテイームの強化本部長職を受託するのか何れか決断をすべきでした。

栄氏は、至学館大学から生活の糧(報酬)を得ており、強化本部長としても協会からも報酬、或はそれに見合う対価を受けていると理解できるからであります。この状態は、栄氏自身が指導者としてすでに業務上コンフリクト(利害の矛盾)を起こし、権力の集中に至っているからです。

日レス協会の強化本部長としての職責がバランテイアー活動として位置付けられ、本部長職が無給であるとするならば、栄氏には、協会の指導、管理責任の重責は問えなくなります。つまり、これは栄氏の問題ではなく日レス協会の伝統的な組織的構造と体質に起因していると考えられます。(この状態は、公益財団法人日本体操協会の先だってのパワハラ問題と全く酷似の強化本部長の立ち位置、職責・責務と言えます

栄氏の問題に関しては、日レス協会から栄氏に強化本部長としてのオファーがあった時点で、栄氏か大学側、またその双方が両職責を手に入れる事がメリットと考えたのかも知れません。そのメリットとして考えられる最大の1つは、本部長として大きな国際大会への選手選考権限であると考えられますこの意味は、栄氏自身並びに所属している至学館大学に利益還元できる行為とみなされるのは自然な成り行きなのです。

それを嫌う反体制派の攻撃がパワハラと言う問題に置き替えられたのかも知れません。そう考えますと、伊調選手は、反体制派に取り込まれ利用されているのかも知れません。読者の皆さんは、この構図、内容から体操協会のパワハラ事件を思い出されるのではないでしょうか。これは、日本の個人競技スポーツを司る組織・団体の伝統的な内部構造の典型的な例だと思われます。

この度の本件に関して協会側、大学側、マスメデイア記事では、誰もがこの重大なポイントを指摘、触れないのはどうしてでしょうか。単に気付かなかったとは考えにくのですが。このような状態が既にパワハラ問題を誘引した大きな原因の1つでもあると思われます

田南部力氏:

次に、伊調選手を指導している田南部コーチは、日本体育大学の指導者で在り、日レス協会の男子強化コーチでもあるマスメデイアは報じています。

此れが事実なら、本件は、別の問題を協会側、同コーチ側及び所属大学が何かを意図的に見過ごしてしまっている事に成ります。

田南部氏は、日レス協会の男子強化コーチであり、日体大の指導者としての要職にありながら女子レスの伊調馨選手の指導に何故手を出したかの説明が事件当初より今日も尚誰もが触れない、語らない不思議さに驚かされています或は、何らかの理由で黙認しているのか、という事です。此処に置いても、田南部氏は、伊調選手に対して、また、日レス協会の男子強化コーチとしての職責、責務からも越権行為でないかとの疑念が出るのも自然な成り行きなのです。

田南部氏は、伊調選手のバランテイアー指導者なのか、日体大以外から生活の糧(報酬)を受けているのかどうなのか。これが、明確であれば答えは自ずとして出て来ます。田南部氏の立場に於いては、伊調選手を指導するには明快な依頼書、或は同意書があるはずです。依頼書が発行されているなら、その中に必ず職責、責務に対する対価も明記されている筈です。この部分に付いても、日レス協会の会見では、一言も述べられていませんでした。

田南部氏が個人的理由でこのような状態を維持していたのなら、これは、彼の越権行為以外の何ものでもありません。組織の人間としては非常識極まりない指導者として断罪されてもおかしくないのです。栄氏のパワハラ行為を批判する以前の問題であります。

この問題が伊調選手、田南部氏、双方から明確に事情聴衆し、公表しなければ、栄氏へのパワハラ云々の判断と会見は甚だ片手落ちではなかったでしょうか。伊調選手にも重大な問題があるのでないかと推察します。明らかに不明確、不明瞭なファクターが未確認過ぎます。これらもまた、パワハラ問題の大きな見えない要因の一つだと思います

田南部氏が所属する大学には、スポーツ・アドミニストレイターの肩書を持たせた担当者がいるようですが、大学指導者に対する指導、運営、管理が全く出来ていない、或は肩書だけを付与させた見せかけだけのスポーツ・アドミニストレイターであるのかも知れませんこれは、この肩書を持たされた本人の問題ではなく、持たせた管理者自身がスポーツ・アドミニストレイションは何たるかを理解できていないのだと思います。この様な実態は、田南部氏のような現場指導者への指導者指導が出来ていない最大の要因であり、社会的な常識を逸脱した指導者が増殖している要因でもあるのかもしれません。

伊調馨選手と田南部力氏の関係は

伊調選手が所属する「ALSOKと田南部氏との関係」はどうなっているのかという事もキーワードになっています

それは、伊調選手が至学館大学を卒業して社会人となった時点で所属、選手資格、指導者、等の告知、情報公開を行ったのかという事です。通常、日本人選手が日本の大学から会社企業所属に移籍しますと、マネージメントは、会社企業の所属部が運営管理する事に成ります。伊調選手が現在所属する会社企業は、ALSOKと理解しております。ALSOKには、レスリング部が設置され、監督も存在します。伊調選手の練習拠点は、ALSOK社に存在し指導者も確保され、日レス協会のみならず、実業団連盟にも選手登録がなされている筈です。そうでないなら、日レス協会の許認可、管理責任とALSOKの運営管理責任が問われるわけです。

伊調選手が信頼して指導を受けている田南部氏は、ALSOKと雇用関係に在るのかないのか重要なポイントとなります。本件を今もってハッキリしない、させなない理由は何なのか。

此処で田南部氏の職責は、日体大に所属する教員、指導者であり、日レス協会の男子強化コーチである事は再三再四申し上げてきていますこの立ち位置の田南部コーチは、何故女子強化選手、ALSOKの会社企業所属、登録の女子強化選手を指導しているのかは、今尚告知されていません。しかし、この事は、スポーツ・アドミニストレイションに於いて重要且つ、明確にしなければ組織としてのガバナンスが維持できないのです

残念ながら上記項目に関しての説明並びに情報公開、告知は、パワハラ問題発生から今日2019年7月に至る迄、各所属教育機関、会社、企業、日レス協会と何処もが口を閉ざしたままである事が不自然で在り、本件が闇に葬られている証であります。

この問題は、田南部氏が日体大の組織で在れ、日レス協会の組織で在れ、各組織、団体に所属する者として遵守しなければならないルール、指導者倫理がある筈です

筆者は、何か見落としているのでしょうか。また、伊調選手が田南部コーチに指導を個人的にお願いしたのか、田南部氏が伊調選手にアプローチしたのか、この所は、重大なファクターであります

この二人の関係は、少なくとも伊調選手が所属する企業、田南部氏が所属する大学、そして伊調選手のコーチであると日レス協会がオーソライズ(権限を与えなければ)しなければ本来認められないのです

伊調選手と田南部コーチとの関係を明確に告知、公表することは、本件の解明と問題解決に大きく前進する事であります。或は、関係者達が口を閉ざす理由が他にあるのかも知れないと考えるのも自然かも知れません。

問題があれば、そこで改善すればよい事であり、情報公開をすることで伊調選手も田南部氏も言われなき誤解を招く必要も無くなるのです。また、伊調選手は、ALSOKの練習施設で練習しているのでなく何故か日体大を練習の拠点としている事もことの真意を複雑化している要因でもあります

 

2.筆者の素朴な疑問

伊調選手の練習拠点問題で筆者の記憶が蘇ります。確か、過去に酷似の事例が在ったように思います。それは、当時女子柔道の田村亮子(現:谷亮子さん)学生選手が帝京大学卒業後、日体大に練習拠点を移しその後いつの間にか日体大大学院に入学、日体大は、「田村亮子選手は日体大現役選手でオリンピック代表選手、金メダル獲得」と日体大キャンパス内外は勿論、マスメデイアもが告知していた事が強く記憶に残っています

2020年東京五輪開催決定後、日本体育大学松浪健四郎理事長は、20東京五輪日体大現役学生から70名の代表選手を送ると内外に既に公約・公言されています。同氏は、実績のあるオリンピック、パラリンピック代表選手を集めるプロジェクトに伊調選手も入っているのかも知れません。しかし、この度の結果が思惑通りに進まなかったので、今後は「日体大女子レスリング部の指導者として」云々の発言を既にコメントされているようですが、まだ諦めず9月の世界選手権の動向、或は階級を変更して挑戦する機会は残されています。よって、松浪氏は、自身の公言・公約を成就する為にももう少し粘り強く事の次第を静観されては如何でしょうか。

次は、至学館大学ALSOKでなく日本体育大学伊調馨選手として日体大代表者公言・公約の70名に協力してあげて欲しいと願う一方、日体大が学生選手をコーチングにより育てる事を放棄して、国際の舞台で活躍が約束された夏季、冬季オリンピック代表選手を安易に獲得して大学の代表としてカウントする事は大学の伝統的な理念と大義に反するので筆者は甚だ悲しくも寂しくも思わずにいられない

 

筆者は、上記①②③の問題点のファクト(事実)が明快になれば、本件の問題、事件は、自ずと明快な真実と結論が出て、対処法が整うと考えます。これらファクトが、現在出ていない前に謝罪会見が行われ、本件の結論及び、その改善、改革を明言しない公益財団法人日本レスリング協会は、スポーツ・アドミニストレイションのレベルが問われても仕方がありません。

 

文責:河田弘道

スポーツ・アドミニストレイター

スポーツ特使(Emissary of the SPORTS

お知らせ:K'sファイルNO.111112は、女子レスの世紀の決闘及びそれに至るバックグラウンドを紹介させて頂きました。読者の皆様は、どのような思考を展開されていたでしょうか。決闘の重量感が何処から来ているのかを少しでもご理解して頂けましたら幸いです。

次週NO.113は、いよいよ本シリーズの最終編としまして、「女子レス二大巨頭の出現が悲劇の始まり」をお伝えする予定です。ご期待ください。

K'sファイルNO.111:女子レスリング”巌流島の決闘“それとも?

K'sファイルNO.111:女子レスリング”巌流島の決闘“それとも?

無断転載禁止                            K'sファイルは毎週木曜日掲載予定

前回の中大シリーズに対する読者からの便り~

【河田ゼミの中大シリーズが終わりましたが、感動的なシリーズでしたね。「スポーツ」アドミニストレーションというより、まさに「アドミニストレーション」のゼミ。課題を設定し達成していくという社会、組織活動に必須の汎用的な実学ゼミですね。ここで学ばれた卒業生たちの職業生活に大いに役立っていることが感じられます。清水さんはKDDIとのこと。KDDIの前身の第二電電は、稲盛和夫さんが創業されました。その大きな動機は戦争で苦しんだ沖縄の人々に安い電話を提供したいということだったと思います。当時は海上距離もカウントされて沖縄との電話代は大変高かったのです。そこで、稲盛さんはまず九州―沖縄ルートを開設されました。実は私も長く通信関係の仕事をしており、稲盛さんは郷土の尊敬する大先輩。私も声をかけていただき、鹿児島での開通式典に伺いました。清水さんも働き甲斐のある仕事をなさっていることでしょう。清水さんはじめ卒業生の皆さんのご活躍を祈っております。】

f:id:hktokyo2017041:20190718003102j:plain

          東京五輪では不可能な女子レスリングマッチ

Ⅰ.“巌流島の決闘”女子レス明暗の深層

先ず初めに

この度201976日、埼玉県和光市総合体育館で行われた女子レスリン57キロ級マッチは、世界レスリング選手権(本年9月、カザフスタン)への出場権を賭けた代表選考のプレーオフ(決定戦)として、それも無観客試合(実際は関係者入場)と銘打たれ、日本テレビが急遽生中継した異例な競技大会でした。

このようなシチュエイションマッチは、めったに巡ってくるものでない事は読者の皆様もご承知の通りです。よって、その反響・批評も多種多様となるのも自然な成り行きと言えるでしょう。読者の皆様は、既に経過も結果もご承知の通りです。

この状況、環境は、まさに佐々木小次郎宮本武蔵のあの巌流島での決闘伝説を蘇らせた、それも女性同士による極め付けの真剣勝負が繰り広げられたと申し上げて過言でありません。

しかし、本レスリングマッチは、両選手共に重い過去の「遺恨を背負わされて闘わされた」今回の決闘であったに違いないと評する視聴者が居ても可笑しくありません。それは、当事者選手以外の何か不自然な理性を欠いた指導者の退場処分からも窺えたのではないでしょうか。

筆者は、女子レスリングの技術的専門家で在りませんので、スポーツ・アドミニストレイターとスポーツ・アドミニストレイションの視点で述べさせて頂きますのでご理解とご了承頂ければ幸いです

①決闘は何故注目された

筆者は、本マッチを日本テレビ及びBS日テレの生中継を通して6分間の制限時間(実際は、タイムアウトを入れると約16分間以上)を観戦、観察致しました。

本マッチのCOREである伊調馨選手は、ALSOK所属で至学館大学出身、そしてコーチは、日体大卒の日体大現職指導者です。一方川井梨沙子選手は、ジャパンビバレッジ所属で至学館大学出身、そして前コーチは、前協会強化本部長、前至学館大学監督で日体大卒の現在フリーの立場での指導者です。両選手は、無観客試合でのメインイベントに相応しい緊張感と重圧を背負っての闘いでした。

きりっとした伊調選手は無表情の佐々木小次郎に酷似、川井選手は野性味あふれる宮本武蔵だったと筆者の目には映った次第です。両選手共に心の整理、身支度も整いいざ出陣を今かと精神統一をしていた様子が洞察出来ました。

一歩前に先ず進み出たのは、先輩伊調選手でした。続いて前に出たのは、川井選手でした。丁度小次郎が決闘場に一足先に乗り込み武蔵が現れるのを待つ伊調選手、そして間合いを取り呼吸を整え決死の覚悟で決戦場に現れた川井選手は、まさに近年まれに見る真剣勝負そのものでした。

これは、2020年東京五輪女子レスリングの優勝決定戦を前年に観てしまった感がいたしたのは、筆者だけでしょうか勿論、これ以上の女子レスリングの極みは、東京五輪では絶対にお目にかかれない、これが最初で最後のただ一度の決闘だったかも知れません。それは、それぞれの大人の「遺恨」を背負っての決闘だったからかも知れないのですしかし、可能性として9月の世界選手権の結果次第では、本決闘の再戦が理論的には可能であるが、幻になる可能性が現在に於いては高いとされています。

ただこの決闘に挑んだ両者は、共に女性で在った事が何とも言えない悲壮感と切ない運命を背負ったように映りました。二人のレスラーの心境を察しながら息を潜めて画面を食い入るようにただ一点に集中させられたのは事実です。

粋な川井選手は、その姿が「吉田沙保里選手」の名代にさえ映ったのは、筆者の強い思いだったのかも知れません。本件に付きましては、次週パワハラ問題のまとめで述べさせて頂く予定です。

この二人の対決は、利害と利権に塗れた教育機関、企業、組織・団体の深く関わっている代理戦の様相を成していたところが、巌流島の決闘とは異なる何とも言い難い物悲しさを醸し出していたところです。その反面、この様な様相は、TV中継のビジネス価値を高めた皮肉さを垣間見る事に成ったのも事実でした。

筆者は、両者にはこのようなしがらみを背負わせること無く、世界選手権代表決定戦として一点の曇りも、遺恨もない状態で悔いのない闘いをさせてあげたかったと、両選手がマット上で一礼した時に強く感じた次第でした。読者の皆様は、如何でしたでしょうか。

②筆者の素朴な疑問と回顧

★嘗てのパワハラ事件を背負った二人の代理決闘

パワハラ問題では、既にK’sファイルNO.47の特別寄稿、「レスリング協会の謝罪会見に思う~」で明確に改善の必要性と問題点を述べて参りました。

本件の問題の本質は、まさにスポーツ・アドミニストレイションの根幹になるスポーツ・アドミニストレイターとしての資質に起因している事を指しています。指摘されても今尚改善できない、しない理由は、伝統的な利権体質が横たわっているのかも知れません。一体このような組織・団体を改善、指導する立場の機関及びその責任者は、我が国に於いては何処の何方なのでしょうか。現状では、組織・団体の改善、改革は何も変わらないのが現実だと思います。

パワハラを受けたとされる伊調選手は、一切前に出て主張をせず全て同選手の取り巻きの人達が告発をしたという異常な状況下で進められました栄和人氏(当時強化本部長、至学館大監督)は、解雇、辞任のみで本重大問題は蓋をされ今も何も変わっていない状態でこの度のプレーオフが行われたのです。

此の程の二人の女性レスラーによる試合は、伊調選手のコーチによる試合中断の行為からも競技スポーツの組織・団体のスポーツ・アドミニストレイションのレベルをまたしても露呈してしまったと言えます。パワハラ問題の告発は、第三者委員会のレポートによる協会の最終判断、結論後、具体的な改善、改革も無く双方に根深い「遺恨」を残したに過ぎなかったかに見えるのは筆者の思い込みなのでしょうか。

本問題の根子には、両選手の指導者達が日本体育大学の同門の先輩、後輩である事、伊調選手が至学館大学出身であるにも関わらず、何か日体大に連れて来ようとする意図が見え隠れしている事が本件の特徴のように思えるのです。今後伊調選手の動向により本件の舞台裏が明らかになるかも知れません。これは、まさに体操協会のパワハラ問題、コーチの暴力事件に酷似の構図と様相である事も見逃せない事実だと思われます。

★真剣勝負中に「レッドカード」退場を受けたコーチ

これは、決闘の後半に於いて伊調選手不利に傾いた時、伊調選手のコーチ・セコンドを務めていた田南部力氏が審判に暴言を吐いた事により、レッドカードが出され、一発退場処分となった事件です

このような事は、指導者としてあるまじき言動と行為でありテレビ中継を通じて全国に配信されたのは御承知の通りです。この行為の最大の被害者は、真剣に闘っている両選手であり、それは背信行為であったと思われる事です

田南部氏は、嘗て伊調選手と自身へのパワハラ栄和人氏から受けたとする告発状を弁護士に託して内閣府に送付した関係者とされている人物でもあります。此のような行為は、通常現場の1指導者が思考し、行動に移すとは考えにくいように思われます。

本事案をスポーツ・アドミニストレイターの視点で申しあげますと、伊調馨選手は、現在社会人となり警備会社(ALSOK)に在職し、同社のレスリング部に所属、同社のレスリング部は実業団連盟、公益財団法人日本レスリング協会に加盟登録している企業テイームであり社会人選手です。

プレーオフには、同社、同部の大橋監督が現場の責任者として帯同していました。競技中の審判へのクレーム、アピールは監督に与えられた権限であります。

何故、伊調選手のコーチとして登録されている田南部氏が監督の専権事項を犯してまで競技規則に反する行為を犯すのか、犯せるのかは以前にも疑問視した事でした。本競技の規則・ルールは、責任審判をリスペクトする事に始まり、疑わしき場合は選手を管理、監督する選手側監督の専権事項であり、協会に対して正式に不服申し立てが出来る事になっている筈です

部マスメデイアでは、「伊調がマットから降りたため、試合結果が覆ることはない」との論調を目にしましたが、「申し立て」が効かないとでも言いたげな論調に筆者は疑問を呈します。あの競技中の場面で、伊調選手が審判に異議申し立てが出来る筈もありません。

現に、日本協会の斎藤修審判委員長は「審判として適切な判断。抗議なりが出たら対応する」と述べている事から、同コーチに不満があるなら規則・ルールに則った方法で堂々と正式なアピールを行い、審判部の最終結論を受けることが正論であったのです。片や、川井選手は、セコンドに妹の川井友香子選手を付け、正式な立場のコーチすら付けていない中で闘っているのです。

嘗てのパワハラ告発問題、この度の違反行為は、同社レスリング部の責任体制と田南部氏との関係が明快に公示、説明されていないところに同コーチの指導者としての立場に問題が潜んでいるのでないかと筆者は疑念を抱く次第です

真剣勝負の最中に選手が不利な流れになったタイミングでの指導者の此の感情的な行為は、決してフェアネスの観点からも認められる行為ではありません。ましてや、同氏は大学という教育機関で指導、教育している立場からもこの振る舞いは如何なものでしょうか。所属大学は、どのような指導者指導がなされているのか大学管理者にお聞きしたいポイントの1つでもあります。(全米大学競技スポーツ協会、略NCAAには、女子レスリング競技種目は存在しません)

パワハラ問題以降、協会は何を改善したのかを、この程の事件で再度疑念を抱いた次第です。競技スポーツの主役は、あくまで競技者でありサポーター役のコーチではない事を未だ学習出来ていな事が残念です。

この行為は、真剣勝負をしている両選手達に対する冒涜であり且つ精神的な動揺と負担を強いた事に対する責任において逃れることは出来ません。不平、不満、不正があるならルールに則った手段、方法がある事を指導者として何故理解し、弁えなかったか。或は、当該コーチは、目立つ為のスタンドプレイであったなら、それはまた別の次元の異なる問題なのかも知れません。

清くクリーンに闘った二人の女子レスラーの勇姿

マットに上がった両者は、最初から最後までクリーンでフェアーに闘った事を関係者、TV視聴者は見届けました。

終始甲乙付けがたい両者には、両者を勝者として称えてあげたかったと評するのは一般視聴者の偽らざる気持ちであり本音ではなかったでしょうか。

本当に伊調、川井両選手は、全身全霊を持って最後まで集中力を切らすことなく闘ったあの姿は、真の個人競技スポーツの格闘技の真髄に相応しい内容であり、フェアーなアスリートの真の姿であったと感動させられました

これぞアスリート本来の姿であり、スポーツファンとして、視聴者、国民としても心より称賛に値する両者の闘いであったとプラウドする次第です

本来なら両者に主催者、イベントスポンサー、TVスポンサーから日本記録更新に値する賞金、商品を他の競技スポーツ同様に贈呈する事が近年のグローバルな競技スポーツ界の常識であると思うのですが、そのような発想がないのが、この組織・団体、関係者の悲しい現実を垣間見た思いがします。

試合後、TV関係者が勝者にマット上で申し訳なさそうに手渡す「グッズ」を観るにつけ両選手へのリスペクト精神、そして最高の闘いをしたアスリートへの価値評価への対価としてはお粗末な姿と内容であったのが残念です。

改めて、伊調馨選手、川井梨沙子選手には、心より競技選手の鑑で在った事を称賛させて頂きます両選手のこの度の決闘は、「令和元年の歴史的決闘」に相応しい闘いであり、今後語り継がれると確信します

伊調馨選手が真剣勝負後に語った「やるべきことをやって準備してきた。悔いなく挑戦できた。梨沙子が強かった」と勝者への賛辞を送って敗戦を認めた。このコメントこそが、嘗ては至学館大学の同門で同じコーチの指導を受け育った女王が、後輩に送る最大かつ愛情の籠った言葉では無かったかと思う次第です。立派でした。

片や、川井梨沙子選手は、無心で闘った様子が試合後短いコメントに込められていました。川井選手の精神的な抑圧は、それは受けた本人にしかわからないとてつもない重量であったと察します。その重量には、女王伊調選手、パワハラの遺恨のみならず、引退して行った吉田沙保里の心中をもキャリーしていた事でしょう。それらを跳ね除けるその努力と我慢強さには、胸を締め付けられる思いがしました。これからまだまだ57キロ級の世界の頂点を極める為の険しい闘いが待っています。身心の健康には、くれぐれも自己管理を怠る事無く、常にベストを尽くす川井選手の信念に対して心より健闘を願っています。

Ⅱ.スポーツ・ビジネスの視点から

①主催者の対応に異議あり

ただ、今回のプレーオフには疑問点が残りました。

何故、無観客試合と銘打っての試合となったのか。主催者の公益財団法人日本レスリング協会の発表では、日程や場所の問題、等から和光市総合体育館(収容人員:700人)しか確保できなかったそうです。

残念ながら主催者が確保できるキャパシテイーは、700名収容の体育館であったという事が同協会の実力なのかも知れません。

スポーツ・アドミニストレイションのスポーツ・ビジネス(事業)マネージメント部門に於きましては、このような商品価値の跳ね上がっている国内の競技スポーツイベントのビジネス化は当然真剣に考えられなければいけない時代と状況であります。

特に2020年東京五輪を控え、東京五輪を盛り上げるためにも、また日本レスリングの強化、向上対策に於いてもこんな美味しい商品価値のあるイベントを何故誰もが認識しなかったのでしょうか。この度の男女レスリングの最終決戦は、東京五輪組織委員会がスポンサーになっても全く遜色なかったこの上ないイベントで在ったのです。

競技スポーツのレスリングに於いては、プロゴルフ競技同様に女性選手に人気度が偏重しているのは事実です。双方共通する問題は、男子選手にスター選手が居ない事もその最大の要因なのかも知れません。

②スポーツ・ビジネスの活用と選手への対価

筆者がもし、日本レスリング協会のスポーツ・アドミニストレイターであったとしたらどのように対処したでしょうか。日本に於けるこのオリンピック競技スポーツ種目が、それも国民、社会が注目する本レスリンプレーオフ大会を日本レスリング協会の本年度の最大のメインイベントとして、最大限の商品価値のある事業として、複数の大手広告代理店にセールスしたと思います。

勿論、その企画の最大の商品は、メインイベンターの「伊調VS川井」の対戦です。勝者への対価は、勝者に3000万円、敗者に1000万円の価値は最低限の金額ではなかったでしょうか

本企画の趣旨・目的は、20東京五輪へのプロモーション活動の一環として、日本レスリング協会の事業拡大及びジュニアーレスラー育成、COREとなる選手個々への対価と慰労を掲げる事になります。

しかし、公益財団法人日本レスリング協会には、スポーツ・ビジネスのノウハウの持ち主が不在の為、今回大きなチャンスを逃してしまった次第です。協会役員の皆さんは、個々の利害、利権にばかりあくせくせず、協会の資金づくりにもっと目を向けられる人材の発掘・育成が不可欠だと思います日本レスリング協会は、今後の日本レスリング界の発展に寄与できる才能ある経営者と、真に選手の事を最優先できる運営、管理者の確保が明るい未来への組織作りになるのではないかと提案させて頂く次第です。

 

文責:河田弘道

スポーツ・アドミニストレイター

スポーツ特使(Emissary of the SPORTS

お知らせ:読者の皆様は、女子レスの世紀の決闘をどうご覧なられたでしょうか。少なくとも筆者は、近年にない記憶に残る真剣勝負を両選手により見せて頂きました。次回NO.112では、パワハラ問題の整理をまとめてみたいと考えています。